第18話 エゴと欲求

「あ、あの盛川さんちょっといい、今度の休みって空いてる?」


 レイと玉野によってフィールドワークの予定や場所の日取りが話し合われていた時、どこか人任せ体質な俺は上の空で話の輪に加われずにいた。

 その時、カシャンカシャンと近づいてきた彼女の気配が意識を呼び戻し、とっさについて出た言葉がそれだった。


 レイと玉野、周辺にいる同級生それぞれ盛んに言い争う声がピタッと止んで、

一瞬、空気が固まったのを感じた。

 当人である話しかけた俺と話しかけられた盛川さんが固まり、互いのことを不思議そうに見ているだけだったからすぐに喧騒は戻ったのだが。


 「えっ・・・・・わたし?」

 驚いて目を丸くした表情の盛川さんが、しばしの沈黙の後ようやく口を開き問いかけてくる。

それまで硬い表情しか見せたことのなかった彼女の口をあんぐりと開けている姿が見れたことで、何となく救われた気がした。


「あのさ、もし良かったらなんだけど盛川さんも一緒にフィールドワークの課題、俺たちと一緒にやらない、かなぁ~なんて思ったんだけど・・・・どう?」


「えっ、頼田、アンタ何言ってんの・・・・・?」

 隣で俺が言うことに聞き耳を立てていたレイが、即座に言葉の真意を問いただしてくる。

「そっそうだよ、何で私と?全然関係ないじゃん。それにハッキリ言って私やる気ないよ」

「うん、まあそうかもだけど。・・・・・でも、だから一緒にどうかなって思ってんだけど」

 

 本当に人と折り合う気がないのなら、ただ一言断ってそのまま帰ればいいはず。

だけどその時の盛川さんの表情は困惑したもので、気持ちが揺れ動いているのが明らかだったから。

 彼女は以前の俺と似ていて、きっと誰かの手を求めているんじゃないかと、奢りかもしれないがそう思ったから、今一度問いかけるように手を差し出してみた。


「しんどいことは一緒にやった方が楽できると思う。ここには4人もいるから、ただいてくれてるだけでもいい、いやむしろ全然それでいい。だから一緒にどうかな、やってみない?」

 

 俺たち3人の顔色を窺ってから下を向き、自分に問いかけるように盛川さんは零した。

 「・・・・・どうしよう、分かんない」


「まあそうですね。僕はあと一人くらい入ってもいいと思いますよ。

だって男2女2とちょうどいいグループ分けが出来て作業しやすくなりそうですし」

見かねた玉野が助け舟のつもりで出してきた言葉に、レイも触発され対抗してくる。

「うんまあそうだね。でも男女一人ずつペアになって調べるってのが、グループ分けとしてはいいんじゃないかとウチは思うな」

 

 二人のニュアンスに違いはあっても、概ねメンバー全員の賛同が得られたことで、盛川さんが断る理由もほとんど無くなっていたようだ。

「でも私、迷惑かけるかも・・・・・」

最終的には盛川さんは自分の意思より、俺たちに決定権を委ね返した格好になる。


「迷惑って何?」

すぐさまレイがツッコミを入れる。聞いてるのはアナタの意思だと。

「えっと、邪魔になったりするかもって」

「だから邪魔とか迷惑とか、何で仲間に加わるだけですぐ思っちゃうのって言ってんでしょうが!」

「私そんなつもりで言ってんじゃない!ただ、私は他の人に・・・・・・」

 クラスの注目が二人の声に引かれて再び集まりだす。

このままだと要らぬ揉め事が起こり、まとまる話もまとまらなくなりそうだったから俺は言い出しっぺの責任で強引に話を進めることにした。


「じゃっ、じゃあさハッキリ言う。おっ俺は盛川さんにメンバーに入ってほしいんだ。一緒に課題に取り組めるって考えただけで嬉しい!・・・・・じゃダメかな?」


「頼田さん・・・・・?」

「はぁ?何それ頼田、

アンタひょっとして盛川さんのこと狙ってる?」

 さっきまでサポートへ傾いていた、二人の視線がまた訝し気なものに変わる。


 「えっと・・・・・やだ」

 言葉が直接的すぎたのか、その場にいることに耐えきれなくなった盛川さんは、俺の誘いを振り切るように教室を出て行ってしまった

 「へっ・・・・今のダメってこと?」

 最終的に断られてしまったと沈んだ俺だったが、後日、学園における生徒間の連絡をおこなうためのチャットツールを通して、何故か玉野のアドレスに盛川さんから連絡があったことを知らされる。


『私も、フィールドワークのグループに参加していいですか?』と。



「・・・・てな感じでさあ沙月さん、最後コイツがほとんど口説き台詞みたいなの吐いたおかげでさ~、その盛川さんて子がウチらと一緒に今日フィールドワークをやるってことになったわけよ~。マジウザでしょコイツ~?」

 ひと通り盛川さんを口説いたという話をし終えると、沙月さんが大きくうなずきレイに同調しだす。


「まあねーコイツそういうとこ案外抜かりないからねー、ちょっとタイプの女がいたらすぐ声かけるんだー。アタシの時もそうだったもん。ねえその盛川さんって娘もキレイ系なんでしょ?」

 美人に抜け目ないは言いがかりだが、俺の呼称がコイツで定着しつつあるのは確かだ。

「盛川さんもまあ、どっちかつーと顔はまあまあキレイ系かな?

・・・・で、頼田はどうなの、何を思って盛川さん誘っちゃったわけ?」


 要らぬ勘繰りをされるのも嫌なので、俺は正直に彼女を誘おうと思った時の心境を話す。

「うんまあ少し似てるって感じたからかな、俺とさ。シンパシーってやつ?

なんかほっとけなくなって、俺もかなりこっぴどい挫折をしたから・・・・、

もしかして盛川さんもって思ったんだ。前にスポーツやってたって言ってたし・・・・」

「なに、最初の自己紹介で不貞腐れてたから?あ~彼女バスケやってたとか言ってたもんね~。それであの脚のことがあるし何かあるかもって頼田気になっちったワケか~、なに?あんたって結構気ぃ使いなんだね~」


「アシのことって何~?」

話の流れから自然と、沙月さんが脚という言葉に引っかかる。

「・・・・・いや何ていうかね、ちょっと悪いみたいで」

言わずもがなだ。俺のこと気を使いすぎだと評したレイだって、盛川さんの脚のことで言葉を濁していた。

 誰だって人のデリケートな部分には少なからず気を使うもんだろう。

「足が悪いって、この脚のこと?」

この人は例外だろうが。


 沙月さんが自分の太ももを指さしてさらに問いかけてくるため、

しょうがなくレイはありのままの盛川さんを描写した。

「うん、盛川さんってよくは知らないんだけど、脚に何か付けてるみたいでさ。

歩くたびに何かカシャカシャ音がするの。多分どこか悪いんだと思う」

「そっかあそれで。つまり彼女は脚にハンデを抱えてるわけだねー。そんな

苦労してる彼女だからこそ、頼田くんは放っとけない思ったわけだ、やっさし~」

「いやそれだけじゃない・・・・ですけど」

訳知り顔で人の心理について述べる沙月さんに、反感を覚えた俺は当然それを否定する。


「で、触ったの?」

「えっ?何を?」

前の文脈に関係なく、沙月さんが直感的に言葉を発してくるせいで度々会話に詰まる。

「脚だよ。その盛川さんって子の脚、実際どうなってるか触って調べたの?」

「ぜっ、そんなの絶対に出来るわけないでしょう!」

「なんで?」

 決してふざけているわけではないことは沙月さんの真顔を見ていれば分かる。

だが、人間が社会的に養っているであろう心理面についてイチイチ説明するのは骨が折れる。


「だって脚が悪いのは明らかじゃないですか、それを触るってほとんどイジメみたいなことになりますよ・・・・・」

「なんで、むしろ逆じゃない?気を使ってるつもりか知んないけど、あえてそこに触れないことの方がアタシはイジメてるみたいに感じるけどな」


 これ以上議論している時間もないので、もうこの話題は適当に切り上げて待ち合わせの場所に向かうことにした。

「はいそうかもしれません。俺が勝手に気を使って彼女を傷つけてるかもしれないです。でもこの後彼女は来てくれるみたいなんで、きっと俺たちのサポートに悪い気持ちはしてないんだとは、必要なんだとは思います・・・・・、それじゃあ」


 「エゴだね」

 店を立ち去ろうとする俺の背中に、ボソッと言葉が吐きかけられる。

「ハンディを背負ってる子だからきっと傷ついてるだろうって、助けてやんなきゃなんて、それは普通を自称している者のエゴだよ」

 呪いのように吐き出されたその言葉は、俺の背中に重たくまとわりついて。心が塞がった気がした


「じゃ、じゃあ沙月さん、ウチらそろそろ行くから、ね、また今度じゃ~ね」

 重たい空気を察してあえて明るく振舞うレイが、何も言えないでいる俺の背中をそっと押しながら店を出る。



「ごめん、ウチが調子乗って話過ぎたかも」

「い~や全然。だって良くも悪くも、沙月さんはああいう人だから」

店を出てすぐに気を使い謝ってくるレイを、俺も気遣って気にしていないとアピールする。 


 これが普通ではない、互いに思いやるのはあるべき姿ではなく単にエゴだと。

これから交流しようとする同級生たちに、ためらいの気分が生じている俺の表情はどのように映るんだろう?

 店から外に出た時の日差しがまぶしすぎて足取りが重くなった俺は、帽子をもってくりゃ良かったと頭を抱えた。


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