第17話 フィールドワークへの道
LR学園で授業を受け始めてから1か月ほどが経ったある日の週末、その日は学校もバイトの予定も無かったのだが、俺はある約束と、そのアポイントメントをとるため沙月さんのいる藤間マートを訪れていた。
「うわぁ何なのこれ~!?フィールドワークを通して地元経済を活性化させるプランを考えてみよう?アタシ分かんな~い」
「あの、それがLR学園で受けている実践授業で出された課題なんですけどね。言葉だけ聞くとイマイチかもなんですけど、要は地元の商店や会社の現状を自分たちで実際足を運んで調査して、売上とか客入りとかを盛り上げる作戦を考えてみようってことみたいなんです」
数枚の資料を見せながら、今日ここへやってきた主旨・要件を伝えていると、
「やっほー沙月ちー!頼田いるー?」
と言って、何故か俺がここにいることを想定済みのレイがお店に入ってきた。
「ほっらーレイいるよー頼田くんも。また何かめんどくさいこと言っちゃってんだわ、コイツー」
コイツて!急に言葉荒くなるなあ沙月さん。
「あっそれフィールドワークってやつでしょ?ウチもそれやるから、ねー頼田。そんで絶対コイツ藤間マートにまず寄るだろって思って来たんだー」
「えっレイもそのタウンワークなんとかって一緒にやるの?へぇ~二人同じクラスなんだ~。良かったじゃん」
「いやぁまあしょうがなくぅ?ウチと頼田は同じ経済学の授業入っちゃったし、コイツ寂しそうにしてたからウチから誘ってあげたんだ。どう?一緒にやってあげよっかフィールドワーク?って」
こいつコイツと人を厄介者みたいに言っているが、今回はどちらかというとレイは俺によってサポートを受けている側なのだということを理解してもらうため、もう少しさかのぼり順を追って経緯を説明することにした。
「え~皆さんには毎週授業を踏まえたレポートを提出してもらっていますがー、今度はもう少し長いスパンでの実践的な課題も出したいと思っています」
先週ある日の授業終盤、LR学園講師の橋岡から新たなる課題が説明され、それが実践型の授業だと分かると教室内は期待と不安からざわつきを見せていた。
「いよいよ本格的に実践型の授業をスタートさせていきますよー。皆さんにはまず、地元の商店や企業などに絞って調査に行ってもらいたいと思います。
それぞれの企業のこれまでの実績や経営努力、抱えている問題などを取材を通して調べて、要点にまとめて発表してもらいます。改善案やビジネスプランも考えて出来れば加えてください」
ため息や意気込みの声が入り混じる中、いくつかの質問が飛ぶ。
「先生それって一人ずつやるんですかー?グループとかで調べてもいいんでしょうか?」
「いつ頃の発表ですかー。いつも通り授業受けながら企業にも訪問とかしてレポートにしてると時間かかると思いまーす」
落ち着かせるため両手を挙げた姿勢で、
出尽くすのを待ってから講師は質問に答えていく。
「さっき言ったようにこの課題は少し長いスパンでとなります、発表は2か月後くらいです。あとグループで調べてもらっても全然構いません、でもその代わり求める発表レポートの基準は高くなりますからねー」
端的に質問に答え終わると全員に、
【フィールドワークの概要】と書かれた資料を配り始めた。
そこには実際に街に出てお店や企業を訪問する際の手順、マナーなどがチャートフロー形式で説明されており、何していいか分からなくなればこの通りにせよと、訪ねるお店や企業の実際の名前や連絡先までを例として挙げている丁寧っぷりだった。
「まずプランを組んでから調査先を決め、アポを取っちゃってから順次進めていってください。早くやるに越したことはないですからね。それでは授業の残り時間、それぞれ資料を見ながら考えてみてください」
ペラペラと資料をめくりながら、
俺は何となく藤間マートのことを頭に浮かべていた。
自分のバイト先だけを対象にするのは視野が狭すぎるし内容も薄くなる気がするから、商店街の周りのお店もいくつか聞き込みにいってみるかなど思案していた時、前後に人の気配を感じて俺は顔を上げた。
「あっあの頼田さん」「ちょっと頼田」
ほぼ同時に声をかけてくる二人がいた。前からレイ、後ろから玉野。
玉野の話す言葉にカブせ気味に話し始めたレイが、そのまま用件を伝えてくる。
「あのさ~ウチこのフィールドワークってのやり方よく分かんないしさ、頼田手伝ってくんない?ね、二人でやった方がいいでしょ?」
「あっ僕も頼田さんと、フィールドワーク一緒にやりませんか?どこに行くかは頼田さんに任せます」
レイに続いて玉野まで、二人がほぼ同じアプローチをかけてきたことには正直戸惑っていた。
レイと俺、俺と玉野は線で繋がっていたが、レイと玉野に交友はなくお互い気まずい思いをするのが明らかだったからだ。
「えっとその~、俺は藤間マートと商店街辺りで調べみようかなって思ってんだけど、それでよかったらどっちか一緒に調べてみるか?」
「そっか~だね。それでいいじゃん頼田!うんウチもそれでいいと思ってた。よしっじゃあウチと頼田の二人で、まずは藤間マートからいってみるかー!」
なんとかどちらか一人との関係をまとめようとする意図を汲み取ったレイが、我先にと誘いに乗っかってきたのだが。
「じゃあ僕もそれでいいです」
何故か玉野も譲らなかった。
玉野とは初めて会った日から野球という共通の趣味があるおかげか割と馬が合い、休憩時間や帰りを共にすることも何度かはあったのだが、自分をしっかり持っているタイプで、こんなに人に縋ってくるとは思ってもみなかった
「何で?ウチらは藤間マートでバイトしてるからそこ中心で調べようってなるんだけど、玉野くんは知んないでしょ?藤間マートとかそこの商店街とか?それに玉野くんなら一人でのほうが充分調べられるんじゃない?」
「いや役に立ちたいんです。僕は調査したことをデータやグラフに落とし込む作業ができますし、便利だと思いますよ。ねっ全部やりますから、それでいいでしょ頼田さん?ねえ~頼田さんに聞いてます」
どうしてもと頼み込む玉野を無下にはできず、調査面での性能ではレイを遥かに上回ることは明らかだったので、レイをなだめて折り合ってもらうことにした。
「まあいいんじゃないかな~3人でも。なあレイ?」
「ふん、まあ頼田がいいんならウチはいいよ。・・・・・でも玉野、言っとくけどあんたは年下だし雑用だからね!色々面倒ごとでこき使ってやるから覚悟しなさい、アンタがやるって言ったんだからっ!」
「よしっ!それじゃあ来週の休みの日、その商店街で待ち合わせてさっそくフィールドワークの下調べに取り掛かりましょう!」
「ついでの人がなに勝手に仕切ってんのさー玉野!?アンタは商店街の場所も知らないでしょうが!」
・・・・・と概ねこのような流れで、現在ここに至った経緯を人間関係も含めて、俺は淡々と沙月さんに説明していった。
「ふ~ん。で藤間マートとこの近所の商店街をキミらで廻ってその調査をすることになったわけねー」
「まあそういうことで、沙月さんにもそのフィールドワークってのを協力をお願いしたいんですけど、いいですかね?このお店の経営に関して実績とか苦労話とか聞かせてもらいたいんですけど・・・・」
すんなり受け入れてもらえると勝手に思っていたのだが、沙月さんから色よい返事はすぐには返ってこなかった。それどころか、
「やだな」
そうボソリと呟いたっきり何を考えているのか、お店の天井の端辺りをただボーっと眺めている有様だった。
「はあ~やっぱり玉野みたいに他所の人がお店の調査に入るってのが気に障るんじゃない?沙月さん的には~」
不満げに俺を見つめレイは言っているが、税務調査じゃあるまいし同級生に過ぎない玉野一人入る云々は沙月さん的にどうでもいいと思うぞ。
むしろこの浮き沈みの激しさは沙月さんの個人的な性格面から発生していることは明らかで、レイだってそれは気付いていることだと思うが・・・・。
「あっそうだ。でその玉野くんてのは?一緒に来てるんじゃないの?」
そしてまたある一つのワードに引っかかりスイッチが入ったのか、沙月さんが聞いてくる。
「いや別に藤間マートで待ち合わせってわけではなくて、俺もレイもお互い今この店にいるのは鉢合わせの形で偶然なんです。実際今日待ち合わせしている場所はここじゃなくて、少し先の商店街近くの公園なんで、多分玉野って奴もそこにいます」
「そうそうウチは先に沙月さんに話通しとこって思ったから、約束の時間前にここに来たんだけど~、同じこと考えてた頼田も来てたってわけ。ねえコイツったらフフフ」
コイツの行動などお見通しだと得意げに沙月さんとの会話を続けるレイが、このまま要らぬ話を膨らませそうなので、待ち合わせの時間がそろそろ迫っているからと俺は時計を指し示して促す。
「じゃあそろそろ行こうかレイ。沙月さんこの話はまた今度のバイトの時にでも・・・・」
言い足りない様子のレイはさえぎる俺の手をパンッと払いのけると、お前先に行ってろと言わんばかりの顎をしゃくるジェスチャーで外を示し、案の定要らぬ話を膨らましだす。
「ねえ沙月さん聞いてよ。玉野って奴だけじゃないんだよコイツー。今日の集まりにもう一人誘ったんだよ~、それも女子!ウチあの時驚いちゃったよ~!」
「へぇ、さっきの玉野って子以外にもう一人?えと玉野くんは男の子だっけか」
「当たり前じゃん、だって玉野はゲイっ違っ、おっ男だって言ったでしょ!も~」
何がも~だ。今さりげなく玉野への先入観モロ出しの発言がこぼれ出てたぞ。
「でさ~その子盛川さんって女の子、暗い子なんだけどさ~、さっき言った玉野って奴と3人で組むことになって、今日のこの予定のこととか話し合ってた時に何でかコイツ、急に帰り際にその盛川さん呼び止めて、君もどう?とか言って誘ってやがんの。ホントやめてほしいわ」
最初にお願いしてきたのはそっちなんだから、俺の思い付きの意見の一つぐらい素直に容認賛同してもらいたいもんだと、レイの話にそばで耳を傾けながら、再びあの日のことを思い返す。
自分でも考えなしで思い付きで誘ってしまったとは思う。
ただ何となく彼女、盛川さんのことは最初に会った日から気にかかっていたのは確かで、いつか話すきっかけを探っていたからこそ、あのタイミングで不意に言葉がついて出たのだろう。
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