第16話 セルフプロデュース

「よっ、よろしくお願いしまーす、頼田でーす・・・・・」

 自己紹介の冒頭、まずあいさつから入るが皆の反応は特にない。

にやついた表情のレイやさっき知り合った盛川さん、後ろの席の玉野くんが俺のことを見ている。


 皆の視線を一身に浴びると不思議と気分が高揚していった。

予定していた資料を前のボードに映すのを急遽止めることにした俺は、

スマホを取り出しミュージックの再生ボタンを押した。


 ズッチャ♪ズッチャ♪と、テンポを刻むリズム音が響き始める。

「あっあっ♪俺はライタ―ライトー!この街の隣のー東ノ宮シティ生まれー!

おっおっ♪」

 胸にこぶしを打ち当て、手振りを交えながら即興ラップに乗せて自己紹介を奏で始める。


「ちっちゃい頃から野球ばっかしーバカばっかしー♪

それしかやってねぇーし後は知らねぇヨーなんも知らねぇゼッ!ゼッゼッ!

ガキだったゼェー!おっおっ♪・・・・」

 

 教室内がざわめくのを感じる。

笑い声や話し声があちこちで起こっていた。


「よおっよおっ♪ついに出れたぜー憧れの聖地―栄光の聖地―♪

夢にまで見たよなフィールドオブドリームス♪一瞬のシャイニング!

見上げた空に光る一筋のボールー♪堕ちるスピードがハンパねえ落下―!

とっさに掴んで投げたボールが描く軌跡でダイサンジー!イェッ!オッオッ♪」

 

 自然発生的に教室内には、バンッバンッとビートを刻む手拍子が鳴り始めていた。


「トコトン落ち込んでたぜーゾンドコにダウンしてたぜブロークンハート♪

全てのことからドロップアウトー!ずっと部屋にコモってた日々―無限に続く

自問自答の日々―!心配かけたゼーオッカサンー♪」


ドンドンチャッチャ!ドンドンチャッチャ!

 ノリの良い生徒による足踏みでの拍子打ちや、机を手で打ち鳴らすリズムも加わりさらに昂っていく。


「試行錯誤したけどーやっと見つけたぜ進路―!キミやキミたちー

みんなのおかげでーたどり着いたゼ新たなるスタートー♪

進入可能な第一歩ォー!イェッ♪イェッ♪・・・・」


 そろそろ締めに入ろうかと最後のワードを頭で練り上げていると、

横にいた講師の先生が何やら手で合図しているのが見えた。

やがて俺と前にいる生徒たちとの間に立つと、手でバツのポーズを作り全員に向け

アピールしている。


 「ハイ終了―!頼田くん終わりね―!」

 俺は歌うのを止め、ズンチャズンチャ鳴っていたスマホの音もすかさず停止する。

バンバン打ち鳴らされていたリズムも一斉に潮が引くように収まって、教室内は静寂に包まれた。


「はあ~頼田くんやりすぎ、うるさいよ。独自性出すのは全然いいんだけど、これは一応経済学の授業だからね、音楽クラスじゃないよ。そのへん考えて。

あと皆もうるさいよ、他の教室授業とかやってるからね、本当にうるさいよ」

「・・・・・はあ、すんません」

 皆が一様にうなだれて謝る。


どうにもうるさ過ぎたようだ。

うるさくさえ無ければ良かったのかもしれない。

「以上頼田でした、自己紹介終わります」

 

 講師の注意をツッコミだと捉えれば、いいオチが着いたと思えなくもない。

席に戻る途中皆がにこやかに拍手してくれたのも嬉しく、やり切った後の清々しい気分を味わっていた。


 自分の出番を終えた充実感に浸っているヒマもなく、続いて自己紹介に立った後ろの玉野が俺を驚かせてきた。

最初のうちはモジモジとやりにくそうにしてたので、場を荒らしたことを申し訳なく思っていたのだが。


「あの~僕は玉野理人たまのりひとといいます~15歳です。

僕は歌って自己紹介とかできないんですけど~・・・・あっえ~っとじゃあ

モノマネやります」

「やらんでいいぞ玉野、合わせなくていい。芸人養成コースじゃないんだ」

 これ以上うるさくされては敵わんと、

講師が即座に玉野のチャレンジ精神を否定する。


「いやっでもこのモノマネは僕の目標であり、今後目指しているプランにも関わってくるので、そのやってもいいですか?」

 モノマネが目標と関わるとは?

意図はよく分からないが玉野の意思は固いようで、モノマネでの自己紹介を強行する。


「え~っと、じゃあまずはプロ野球選手のイチェローのバッティングフォームやります・・・・」

 そう言うと、実際に玉野は超有名な選手であるイチェローのバッティングフォームで素振りをやって見せる。

 それが驚くほどそっくりにコピーされていることに俺は度肝を抜かれた。


「あっ、野球とかあんま知らない人もいると思うんで、今からその選手の映像を前のボードに映します、ではどうぞ・・・・」

 パソコンを操作しイチェローの映像をボードに映しだすと、その前で玉野は同じように打つフォームや投げるフォームをそっくりに真似た。

ぽっちゃり系の玉野とイチェローの体形はまるで違うのに、何故か動きが重なって見えてしまう。

 その後も続けて2人のピッチャーやバッターのフォームを、玉野は完ぺきにコピーして見せた。

 映像と重ねて見ていた周りの生徒からも感嘆の声が上がっていた。


「えーっ自分で言うのもなんですけど、ほぼ完コピできていると思います。

単純に見てマネしたってのもありますけど、実はこれには理屈がありまして、

今のように選手の動きをマネすることが出来ていたのは、僕が選手たちの動きを完璧に動作解析していたからなんです」

 そう言うと玉野はパソコンを操作し、再びイチェローの映像を映し出した。


 それは実際のイチェローと、コンピューターグラフィックで表現されたイチェローを並べて構成した映像だった。


 コンピューターグラフィックスのイチェローはいくつもの棒状の線で構成されていて、玉野はその映像の棒の動き一つ一つを通して、身体がいかに連動しているかというメカニズムを簡潔に説明していった。

 

 そして最終的にまとめとして、もう一度マネをすると言って実際の選手の映像を流しだす。

それはどこで拾ったか俺、頼田ライトの映像だった。

「なっ、何で俺の!?」

「せっかくなんで、頼田さんを使わせてもらいます」


 俺の映像もイチェロー同様に棒状のグラフィックスに変換され、その人形が送球するシーンが映し出される。

これまたとんでもない大暴投だった。


「知らない人もいると思いますが、ここにいる頼田さんはその肩の強さによって

甲子園に出たことある凄いプレーヤーなんですね、一応」

 コイツよく知ってやがる、選手の特性を。って一応ってなんだよ!


「で、頼田さんはとてつもなく強いボールを投げられるだけの筋量はあるんですが、いかんせんフォームがバラバラでいかんですね~、実際こんな感じになってます・・・・」

 そう言うと俺の投げるフォームをストップモーションでマネて見せた。


 腕が真っ直ぐ縦にピンと伸びているが顔は明後日の方を向き、顎はしゃくれて歪んでいる。

客観的に見るとお世辞にもキレイなフォームとは言えず、これではとんでもない送球してしまうのもむべなるかなと、今更ながら反省させられてしまった。


「頼田さんの場合、身体の軸と腕の動く向きを強制すれば、もっと素晴らしい送球が出来るようになりますけど、詳しくはこの場では関係ないんで止めときます。

ね頼田さん?野球辞めたんでしたっけ?」

「あっああ、ウン・・・・・」

俺より自分の身体のことを把握してそうな玉野の目つきに、少し寒気を覚えた。


「まあ僕はこのように、ある現象のデータ解析を趣味としていまして、

ゆくゆくはデータアナリストとして生計を立てていこうと考えています。

手っ取り早くは、僕は野球が好きなので趣味と実益を兼ねてこの学園で学び、

プロ球団への売り込みを図っていこうと考えています。

ねえ先生、このLR学園の親会社ってスポーツ分野のコネクション持ってますよね?」

「ああ。素晴らしいプレゼンだ!みんな拍手!」

 玉野のすでにビジネスを視野に入れた自己紹介に、講師の機嫌はすっかり良くなっていた。

「以上、玉野理人でした、ありがとうございました」


「ふぅ緊張した」とこぼしながら席まで戻ってきた玉野は席に着くなり

「すいません勝手に」と俺に一声かけてきた。


「えっ何が?ああ俺の映像使ったことか?いや全然気にしてないぜ」

 律義にフォローを入れてくる年下の男に対し、余裕を見せた対応する。


「あの、頼田さんのラップでの自己紹介は試みとしては面白かったんですけど、その~途中で終わっちゃったし、野球とか知らない人にしたら意味フなバカ野郎と思われるのもイヤだったんで、その点微力ながらカバーする意味で頼田さんの映像も使うことにしました」

「ええっ!?ああそっか、だよね~助かったぜ。へへへ」

 

 コイツ、そこまでフォローアップ考えて自分のプレゼンに使ってたんかい?

コワっ!もう一社会人として充分やっていけんじゃね?


 その後も、皆それぞれの自己紹介は続いていき・・・・・。

「わたしは加山レイチェルっていいます。ちょっと人見知りなんですけど、気軽に話しかけてください。えっと、ウチは将来カフェのお店を開きたいと思ってるんで~、この学校では、経営学をめっちゃ一生懸命勉強したいと~思ってます。

うん以上です」

 さすがに公な場で自分の名前をハショれるはずもなく、レイは割とすんなり名前を言い切っていた。


 そして最後に自己紹介に立った盛川さんも、ある意味皆の注目を引いた。


 カシャン、カシャンと教室の前に向かって歩くたびに、彼女の脚から音がするのに

気付くと皆が不安げに盛川さんをじっと観察する。


「私は盛川由夢といいます。よろしくお願いします」

 皆の視線を特に意に介することもなく、遠くの一点を見つめた盛川さんは毅然とした口調にて自己紹介を始めた。


「私は皆みたいに目標とかやりたいことはありません。ただ行ける学校がここしかなかったから今ここにいます。以上です」


 あまりに冷淡とした盛川さんの自己紹介により、皆が一様に呆気に取られていると、講師がすかさずフォローを入れその場をなんとか取り繕う。

「えっえ~っと、盛川さんはそう、以前バスケットやって結構凄かったって資料には書いてあるけどなあ。謙遜してるのかな、ハハ。まあそのうちやりたいことも見つかるといいね・・・・・」


 そんな汗する講師を特に気にする様子もなく、カシャンと足音を立てながら彼女はすでに席へと戻っていた。


 俺も盛川さんと同じだ、特に目標なんて見つけられず、とりあえず行く場所を求めてこの学園に入ったに過ぎない。

なのに彼女との自己紹介はまるで正反対で、あえて陽気な自分を装った俺に対し、盛川さんは素直すぎるぐらい自分の心情を吐き出していた。


 お前のやってることは欺瞞だぞ、と盛川さんにキツいボディブローをもらった気分がして斜め後方にいる彼女の方を見やると、

一瞬目が合った俺のことをキリっとした目で睨みつけた気がしたが、すぐに顎ひじをついて窓の外を眺めていた。


「あっハハハ。じゃあ皆の自己紹介終わったとこで、残りの時間で授業始めますかー」


 すっかり落ち着きを取り戻した教室内に、講師の語り始めた講義の声が虚しく響き渡っていた。


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