第15話 出会いの実践授業

 車窓から見える光景は大きな川を越えた辺りから一変する。それまでの住宅や畑が立ち並ぶ風景から、タケノコが伸びていくがごとくビルが立ち並び、商業施設がその隙間を埋める、都会といった様相へと。

 

 俺の住む街から特急電車にして二駅。

近年再開発が進む隣の稲ヶ崎市には様々なオフィスやショッピングモール教育機関がこぞって進出し、かつてとは違った洗練された街並みに、足を踏み入れるのを少したじろんでしまう。


 電車を降りると、駅から直結する商業施設に向かって歩く人々の波に続いて歩く。

途中でその波からはぐれ、道路を挟んで向かい側のまだ建てられて間もない新しいビルの方へと進む。

 

 駅から連結するデッキを通ってボンヴォヤージビルと書かれた建物の2階に入ると、入り口には3階から4階にかけて確かにLR学園との表示があった。


 ついにこの日がやってきてしまった。

いざ実際の校舎が入っているビルを前にすると、昨日までの意気込みは消え失せ

緊張感が高まるのを感じてしまう。

 

 いよいよLR学園での実践授業の日、今日が初日なのである!


 エレベーターの来るのを待ちながらリラックスしようと心がけていると、

背後からカシャン、カシャンと物が軋む音が聞こえてくる。


 その音から杖をついて歩く老人が来るのを想像してゆっくり後ろを振り向くと、意外にもそこにいたのは俺と同じくらいの年頃の女の子の姿だった。

 

 かなりの大股で、ゆっくりと確かめるような足取り。彼女が歩くたびにカシャンという音がするのが分かる。

やがて近付いてきたその女の子は横に並んで立ち、何故か目を丸くしてコチラを眺めていたが、俺はキレイな子だなという感想を胸に潜め、あえて意識しないフリをしていた。


 エレベーターが来て乗り込み3階のボタンを押す。


 同じく乗ってきた女の子はボタンを押さなかったことからすると、彼女もどうやらLR学園の生徒ということになり妙に意識して横目で見てしまう。

 数秒の気まずい沈黙が続いた後3階に着いてドアが開くと、動かない彼女をよそ目に俺は先に進み、LR学園の校舎が入るフロアへと足を踏み入れた。


 「こんにちは!LR学園の生徒の方ですか?」

ドアを開けるとすぐに受付があり、アイメイクを際立たせたお姉さんが明るく迎えてくれる。

「はい、今日は実践型の授業の初日であって来たんですけどぉ、あの~頼田って言います」

 キョドりながら俺は答える。目線が定まらず辺りを見回していると、さっきの女の子が案の定後ろに続いて立っているのが分かった。

「かしこまりました。頼田さんですねー。・・・・・今日は経済学の講義ですね。この先にある2-Aの教室へお進みください」


 促されるまま受付の先を抜けると右手に、大きなガラス窓に椅子やテーブル、ソファーが整えられたカフェラウンジのような開けた空間があり、BGMとしてノリの良いポップジャズまでかかっておしゃれさを演出している。


 これまで経験した学校とはまるで違う雰囲気にしばし面食らい、呆然と観察してしまう。数人の男女が飲み物やお菓子をつまみながら雑談している様子からすると、ここはLR学園の休憩スペースか食堂といった場所なのだろう。


 このオシャレ空間に俺は馴染めるんだろうか?と再び不安な気持ちを感じながらも気を取り直して、とりあえず教室へ向かって歩き出したところ、カシャンという音と共に廊下を歩いてきた先ほどの女の子と出くわした。


 目の前に立ってコチラを向いており、俺たちは期せずして正対して向かい合う形となった。


「あっ、あの・・・・・」

「えっと・・・・」

 何となく気まずくなって互いに何か言おうとするが上手く言葉にならない。


「あの、えっと骨格がいいですね」

「えっ!?おっ俺の?」

 思いがけず初っ端から体格の良さを褒められたことに戸惑い、相手のことも褒め返そうと女の子の姿にもしばし目を凝らしてみる。


 表情は凛々しく意志の強そうな顔をしている。人の体格に意見できるということは彼女もおそらく何かしらの競技経験者なのだろう。

 その証拠としては女子にしては立派な体つきをしているし、下半身は黒いタイツに覆われてよく判別できないが。俺の見立てでは、かなりのレベルの競技者ではないかと。


「あれ、キミって陸上やってたで・・・・」

「頼田くん、ですよね?」

 俺の思索と反応を待つまでもなく、彼女はプロファイルをかけてくる。


「えっ?・・・・あっああ、俺です。ひょっとしてこないだのプログラミングの授業受けてた?」

「うん、まあね。私はもりかわ、盛川由夢もりかわゆめっていいます、よろしく」

「ああ、こちらこそよろしく。で、盛川さんの骨格もアレだ、やっぱり陸上で・・・・・」


 初対面のLR生との交流を深めようとした俺の発言も虚しく、カシャン、カシャンと音がしたかと思うと、彼女はあっさりと前を過ぎ去っていた。

そしてある教室の前で立ち止まると、スライドドアを引いて中へと入っていった。



 盛川さんの後に続いて、【2-A】と掲示された部屋へと向かい、そのドアの前で立ち止まる。

大きく深呼吸し、自分に気合を入れるように勢いよくドアを開くと、

ガツン!と大きな音がして、部屋の中にいたみんなの視線が一斉に俺に集まった。


 少し肩の力を入れすぎたらしい。

自分がマッドネスアームだということをもう少し自覚すべきだった、


「おっ、おはよー!」

注目が集まっている以上何か言わなければ収まりがつかない。

「・・・・・・はよー・・・・」

反応が薄い。

挨拶に返事をしたのは今目が合っている盛川さんを含め、2人ってとこだろう。


 見たところ教室内にはすでに12,3人の生徒が揃っていたが、やはり全員がほぼ初対面ということもあって緊張感が漂い、会話している人もまばらにはいるがどこか遠慮がちに声を潜めているほどだ。

 この前の俺の顔見てウケてた奴どうした、茶化してた奴もこの中にいるんだろ?


 「おはよーございます」

 教室の中ほどの席に腰を下ろすやいなや、すぐ後ろから声がかかる。

見ると童顔でぽっちゃりと、可愛らしい顔した男がニッコリと柔和な笑みを見せ立っていた。


「おはよう、あっキミもこの経済学の講義?」

「もちろん、あっ頼田さん、ですよね?」

 後ろの席に着いた彼は荷物を置きながら確認してくる。もはや先日の授業のおかげか、俺の顔と名は自然に一致するらしい。


「ああ、俺は頼田。えっと・・・・キミもこの前のプログラミングの授業見てたの?」

「ハイ見てましたよ。でも僕はそれ以前から頼田さんのことは知ってましたよ。野球好きなんで。テヘヘ、見てました甲子園。あっ、僕は玉野って言います。よろしくです」

「そっか、あのことで・・・・・」


 もう遠くに振り切った過去のつもりだが、こうして知っている人に会うとまだどんな顔して語るべきか、語らざるべきか複雑な気分になる。


「それで頼田さん、また野球のことで・・・・・」

 玉野と名乗る彼はまだ少し話したそうにしていたが、ドアを開けて講師と思しき大人の男性が入ってきたことで、俺は前へと向き直った。


「おはようございまーす、さあ皆さん席に着いてください、ドアのところにいる人たちも、さあ自由に席に着いてくださーい」

 講師と一緒に数人の生徒が追加で教室に入ってきて、その中に見知った顔がいたことで意表を突かれた思いがした。


 レイだった。


 赤い髪を目立たせるギャルファッションのレイが教室内に立っていた。

同じ学校だから合間に会うことぐらいは楽しみにしていたが、まさか同じクラスで授業を受けられるとまでは想定していなかった。


 じーっと見つめている顔に気付いたのか、レイもコチラを見返してウインクでアピールする。そして何も言わないでと人差し指を唇に当てた。


 斜め前辺りの空いてる席に、レイはスカートに手を当てながら腰を下ろした。

一連の大人な振る舞いをするレイにドキッとした俺は、照れ臭くなって顔を背けてしまう。


「さあて皆さん席に着きましたかね。

では初めまして、今回から経済学の実践授業を担当させていただきます。私、担当講師の橋岡と申します。よろしくお願いします」

 各々が席に着き、講師による紹介の言葉が始まると教室内の緊張感はさっきより若干緩まったように感じる。

ここまで来た目的がいよいよ達せられるという安心感だろうか。


「え~っ、これからの講義を通して、ぜひ皆さんにはお金の仕組みを通した経済学というのを学んでいってほしいと思っています。それが実践型の経済学の授業です。世の中ではお金がどのように循環すれば、・・・・・」

 授業導入の説明は続いているが、それがすんなり入ってこない俺は周りにいる生徒たちの方が気になって眺め回していた。


 じっと講師の説明に聞き入っている奴や律義にノートをつけている奴、ノートパソコンを開いて書き込んでいるのも数人いる。


 制服はレイに聞いていたようにそれぞれが好きな格好で臨んでいた。

髪の色もレイだけじゃなく、派手な金や緑のカラーに仕上げた人が数人いて、

見た目がそれぞれに違っている教室内は、とても学校とは思えない彩りの豊かさを感じた。


「・・・・・と、説明は以上で。先生が一人で喋ってても何だし、皆もまだ緊張感もあるだろうから、とりあえず実践型の授業としまして、まずは自己紹介からやっていきましょうか。え~と、今回の講義、参加者は19名ですね。・・・・・ではコチラの端の列から順番に進めていきましょう。プログラミングの課題でページを作成してきた人はそれも用意してください。」

 

 教室内の音が途端にざわめき出す。

「やべー」や「うわー」などの誰に言うでもない唸り声が、そこかしこで上がっているが、前回のプログラミングの授業で晒し者になっていた俺からすれば、この場はある程度リラックスしてむしろ楽しみな心境で迎えられそうだった。



「えっ、よっよっ、よろしくおねぇがいしま~す。・・・・・僕は、服部公介って、言いま~す・・・・・・え~っとそのっ、好きな、僕は好きなことはめっメカニックで・・・・」

 まず最初に指名された一人から自己紹介は始まっていく。

よりにもよって真面目そうな男からとなり、こっちが心配になるぐらい緊張感が伝わってきて失礼だがおかしくて微笑んでしまう。


「え~私は酒井仙一と言います。とりあえずコチラの私が制作した、自己紹介ビデオをご覧ください。どうぞ・・・・」

 軽快な音楽と共に、スーツ姿の男がウロチョロ街を彷徨う映像がしばらく流れ、そのままその人物のインタビュー映像へと変わる。要はこいつはベンチャー経営者目指しているということらしい。


「あの~アタシは副島奈留といいます。えっとアタシはプログラミングの授業取ってないんで、その自己紹介の映像とかは無いんですけど、なんで、演説みたいな感じになっちゃうかもなんですけど、とにかくやっていきます・・・・・」

 この女の子は下に置いた紙を見ながらも、ほぼ前を向いて自分の趣味や個性をハキハキト述べていて聞き入ってしまう。

動物保護と写真に興味があり、それを生かす仕事をしたいとな、めっちゃ良い子やん。


 ここまで7,8人の自己紹介プレゼンが終わり、出来の良し悪し、用意された資料などに差はあるにせよ、それぞれに個性や目標が感じ取れる面白い自己紹介だなと、興味深く眺めていたが、そんな俺にもついに出番が回ってきてしまう。


 プログラミングの課題で作成した資料をセットして、教室の前へと歩み出る。

彼らに触発された俺は、もうちょっと大きなインパクトを残せる、大ボケをかませないかなという本来いらぬパフォーマンス精神が、胸の中に湧き上がってくるのを感じていた。

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