第14話 オンライン授業の罠
春―それは出会いの季節。で本来あるはずなんだろうが俺は今部屋で一人。
虚しくコツコツとパソコンのキーボードを叩きながら課題に取り組み、無性に人恋しい想いに駆られていた。
この春から俺は無事LR学園に入学することになったのはいいが、これまでのところ一週間まだ誰とも顔を合わせていない。同級生とも先生とも学園長とも。
入学式やガイダンス等全てオンライン上で行われてしまうので、それをただじーっとパソコンの画面上で見つめているだけであり、本来そういう式典や行事であるはずの感慨なんかも特に感じることはなかった。
想像はしていたことだが実際オンライン授業というものを体験してみると、なかなか精神的に根気がいるものであることが分かる。
画面の向こうでは熱意を持って知識を授けてくれようとする講師が弁を振るってはいるが、それを聞く自分は今部屋に一人、誰か周りにいるわけではないし当然見られている感覚もない。
ボーっと鼻くそほじってようが、爪切ってようが別に咎められるわけではないのだ。
講師の熱弁をどの程度理解して知識として自らに落とし込めるかは、自分自身のやる気と努力次第と言っていい。意欲のある奴はドンドン知識を吸収して成長するだろうしやる気のない奴はトコトンふるい落とされていく。
全部自分で決めていい、今になってレイが言っていたことを改めて思い返す。
裏を返せばLR学園では全部自分でやらなきゃならない。全てはアンタ自身にかかっている、そう言えばそんなこともレイは言っていたなぁ。
入る前は漠然と規則に縛られないゆるい学校だと考えていたが、実際ここは意識を高く、己を厳しく律する者だけが成長できる虎の穴的スクールではないのか?と何となく友達に勧められるがまま入学してしまった意識地べた系の俺には、早くもちょっと後悔の気配が立ち始めていた。
「はぁ~やるしかないか。とりあえずは来週に向けて、今出来ることをコツコツ積み上げるしかないよな」
俺の場合カリキュラムは完全にオンラインではなく、クラス単位で行う実践授業も取り入れていたことで、まだ多少孤独に授業を受ける中でも張り合いがあった。
来週になれば、LR学園に通っている同級生たちと初めて実際の校舎で顔を合わせることになる。その時なるべく良い表情をして皆に自己紹介したいし、色んな奴と交流したいと思っている。
不貞腐れた態度なんかではなく、顎を上にとんがらせた天狗な俺を見せるために、今は一人での時間を耐えていられる。
そのためには、今与えられた課題を投げ出すわけにはいかないのだ。
将来に向けて役に立つと、さかんにLR学園が推奨してきたプログラミングの授業を、俺は自分のカリキュラムの中に取り入れ受講していた。
そのプログラミングの授業の中で最初に与えられた課題こそ、今取り組んでいる自己紹介ページを作成することなのだ。
この作成した自分のページを元に、来週実際のクラスメートを前に発表しなければならない。この出来如何によってはLR学園での俺の命運が決まると言っていい、というのは少し言い過ぎかもしれないが、不安と期待の想いを半々にした今の俺にとって、自分が今の課題を不可なくこなせているのかとっても不安に駆られる要素だったのだ。
「まずは自分の名前とニックネームもあれば表示設定して、っと・・・・・・
おおっ出た!」
プログラミングというものを初めて触った俺でも、さすがに初心者コースに与えられた最初の課題ということもあって講師の説明をハンドブック片手に眺めながら受けているとそれほど苦も無く課題をこなすことはできる。
何度か間違えながらもコードを打ち込んでいくことで、それがやがて自己紹介ページに反映されて仕上がっていくのを見ると、自分がやり遂げたことへの一定の感動もある。
・・・・・ただ、これが何だというのか?これぐらいのもんで、本当に大丈夫なんだろうか?
自分の作成した自己紹介のページを見てもイマイチ自信らしきものが感じられない。
名前とニックネーム、他に趣味や好きなスポーツ・音楽などあれば表示して、ついでにフェイバリット動画などもあれば貼り付けてっと、とりあえずレクチャー通りのものは出来た気がするのだが。
実際他のみんながどんなレベルで自己紹介ページを仕上げているか分からない以上ホントにコレでいいのか不安ばかりが頭をもたげてくる。
これを基にみんなの前に立ち説明する、いわゆるプレゼン形式にて自己紹介するんだ。ということを画面上の講師は説明していたが、そう考えると通り一遍の紹介ページでは何か物足りない・・・・・。
ひと捻り、ひとボケかますぐらいのパンチの利いたページにした方がいいのかも?
笑いを取るためのネタの一つや二つ頭に浮かびはするのだが、ただそれをどうやってプログラミングによってこのページ上に反映させるのかまでは分からず、全然初心者レベルの頭で考えているにも限界がある。
オンラインではあるがコレはれっきとした学校の授業、困ったときは恥ずかしがらずに先生に聞くべし。
こういう時のために手を挙げ質問というシステムがあるのだ。画面越しでもそれは変わらない道理だ。
オンライン授業のしおりを取り出し、困ったときのページを開ける。
「なになに質問があるときはドンドン聞こう。内容をメッセージ欄に入力すればいいだけ、講師が答えてくれるよ。とな」
どの程度のタイミングでレスポンスがあるか分からないが、とりあえず画面右下にあるメッセージ欄に俺は質問を書き込んだ。
《講師に質問です、自分の作った自己紹介ページにイマイチ自信が持てません。
ウケを狙った要素も少しぐらい入れた方がいいのかな、と思ってるんですがどうでしょう?》
こうして自分の書いた質問内容を読んでみると、俺の疑問は技術的な面というより、どちらかと言えば不安から出るお悩み相談に近いなと感じて、講師に伝わるのが少し恥ずかしくなってきた。
もっと専門用語とか理解していれば、技術的に何がしたいと聞きやすいのだろうが・・・・。
後に的確なアドバイスが得られることを期待しつつ、飲み物を補充しようとパソコンの前から離れた。
・・・・・その時。
≪ハイ、今頼田くんから質問いただきましたー!
パソコンから突然俺の名前を呼ぶ声が聞こえ、脳を鷲づかみにされた感覚が走る。
≪自分の作ったページに自信が持てません。とのことで、うんうん、そうですか~、そうだよね~≫
撮影された動画のものだと思っていた講師が、リアルタイムで俺の質問に反応しているではないか。
「えっ何で・・・・・?オンラインってえっコレ今、ひょっとして全部見えてるの!?」
恐る恐るパソコンの方へ振り返り、さらなる反応があるか窺ってみる。
≪あれっちょっと頼田くん!どこ行くの?頼田くん良い質問したんだから、せっかくだから聞いてってよ!先生答えるから≫
・・・・・やはり視えている!
相手側からコチラ側の姿態度全てがはっきりと見えているようだ。
俺はオンライン授業というものの本質を理解できていなかったのかもしれない。
急ぎ反転し居住まいを正してパソコンの画面に座り直すと、講師に対し再度確認のため質問メッセージを打ち込んだ。
≪もう一つ先生に質問です。今のこの俺の姿って、そっちでリアルタイムで全部映っているんですか?視えちゃってます?≫
『うん視えてるよ。えっ頼田くん知らなかったの?これ双方向のオンライン授業だってことを。あ~だからあんなにリラックスしてたのか~』
パソコンの向こうの講師から即座に音声で回答が発せられた。
リラックスだと・・・・・!?鼻をホジホジしてたのも爪を切ってたのも、途中ウロチョロしてたのも全部向こう側から視えてたんか~い!!
教えてくれや~プログラミングの技術どうこうより~、そこを一番最初に教えてほしかったわ~!
『いやぁ先生嬉しかったんだけどなあ、こんなに自然体で反応してくれる生徒がいてくれて。頼田くんだけだったから、今の授業で実際顔出して授業受けてくれてるのも』
・・・・・顔出してるの俺だけ?
えっ?てことは今このプログラミングの授業、実際何人かの人間にも視えてるってことか!?
ものすごいイヤな予感が走ってしまい、もはやマンツーマンのごとき勢いで講師に質問を連投していく。
≪先生さらに質問なんですけど、今の映ってる顔とかって一体どこ見たら分かるんですか?映らないようにとか設定はどうすればいいんでしょう?≫
『それは画面の下の方にある設定のところをクリックすると、カメラの切り替えとかで変更できると思いますよ。えっとこれは今、頼田くんからの質問に答えています』
それを聞きながら、下の方にカーソルを持っていくと・・・・。確かに設定メニューが出現した。そこでカメラの設定をしてみると初めて気付く。
自分の顔がパソコン上の四角い枠内に表示されていることを。そしてそれはON/OFFで消せるということ、さらにアイコンとしてキャラクターやシルエットなどを使用することで、実際の自分の顔の代わりをさせられるということにも。
何てこった!この事実を知ったとて今さら顔OFFになんて出来るものか!
画面のすみっこでは引きつった笑顔を晒す自分の映像が、硬直したまま静止画のように映っていた。
これを現時点から急にアニメや動物、ゆるキャラなどに置き換えても恥の上塗りに過ぎない。自分の顔を、ただ呆然と見つめているしかなかった。
『あと頼田くん、設定のメンバーってところクリックすると、他の今いる受講生の顔が出てくるから試してみて。さっき言ったように、頼田くん以外みんなアイコンになってると思うけどね』
もはやプログラミングの授業は中断し、俺個人に対するオンライン授業の基礎講座へと内容は切り替わっているに等しい。
ゆっくりとマウスを動かしMemberと表示された部分をクリックすると、
ズラーっと十数人分のキャラクターなどを使用したアイコンが一斉に表示される。
画面上に並んだ様々なアイコンの中央の少し大きな枠内に俺の顔は陣取り、間抜けにも一人だけが実写を晒していた。
あまりのショックに、俺は口をあんぐり開け固まってしまった。
≪wwwwwwwwww≫
≪wwwライタwwwww≫
≪顔芸ウケるwww≫
突如現れた文字の列が、オンライン授業の画面上を右から左へと駆け抜けていく。
『ハイみんな盛り上がるのはいいけど、まだ授業中だから集中してよー!頼田くんは皆の緊張を解きほぐすために率先してやってくれてんだよー!』
いやこんな道化仕事、率先してやりたくは無かったんですけどね。
『えっとそうだ、授業に戻るけどさっきの頼田くんの質問の続き、自己紹介のページにウケを狙った要素を取り入れた方がいいのか?ということなんですけど・・・・・』
先生もういいんです。今となってはその質問、芸人養成スクールのアグレッシブな生徒みたいに聞こえてしまいます。プログラミングをしませんか?
『う~んまあ結論から言ってしまえば人それぞれ。頼田くんに関して言えばもう今日の授業でつかみはOK!頼田くんの人となりは何となくみんなに伝わったんじゃないかな?うん心配しないで!』
≪つかみ乙≫
≪どんまいライタww≫
≪ウケに貪欲すぎwww≫
またも画面の端から端へと俺を茶化す文字列が流れていく。
『ほら、みんなの評判は上々のようだね。
今日の授業でこのクラスの心をすっかり掴んだようじゃない?あとは基本的なプログラミングの技術を覚えるために、自己紹介ページをブラッシュアップしてみるといいよ。どうこれでいいかな?』
≪ハイ頑張ってみます。ありがとうございました≫
言葉ではそのように前向きな返信はしたが、もちろん気分は沈んでいた。
評判は上々、つかみはオッケーと講師の先生は言ってくれるが、先ほどの文字列を見る限り俺はバカにされ笑われていたに過ぎず、意図せず取れた笑いなんて素直に喜べるものか。
オンライン上で無自覚にも醜態をさらし続けるという下層ユーチューバーみたいな笑いの取り方が本意であるわけがないだろう。
確かに俺は今度の自己紹介のためにウケ狙いのネタを考えてはいたさ、笑いを取ること自体やぶさかではなかった。
にしても、もう少しスタイリッシュに計算ずくで振舞えないもんかね。
あの甲子園からというものずっと、俺は道化でいることを宿命づけられているように感じてしまう。
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