第13話 LRへの入学手形

 パソコンの画面を睨みつけながら、俺の気分は上下に浮き沈んでいた。

花見の日での一件以来心は定まり、当面の目標を高校への復学へと決めてはいたが、その道を限られた選択肢の中から絞り取るため、ひたすら模索する日々が続いていた。

 進路先になりそうな学校の情報を調べ漁ってみたところ、もう新年度も近く、公立校では編入試験が間に合わないとのことで、手続きの煩雑さ学費面まで考慮していると、思考はどんどん深みにはまり選択肢は一択に絞られていくのを感じざるを得なかった。


  LR学園・・・・・。

 レイが編入し、ついでに俺にも勧めてきた一見珍妙なネーミングの学園。

正式には、Light of Right(人々の権利に光を)から取ってつけてのLRらしい。

何じゃそりゃ?・・・・・そのように学園のホームページには書いてあった。

 

 語学やプログラミングといった流行りの学習から、他にも医療分野から漫画・ゲームに演劇まで、ありとあらゆる分野の学び(遊び?)と人材輩出に対応できるカリキュラムを組めることをウリとしていて、よく言えば時代に対応している、悪く言えば節操のない、もっと悪く言えば胡散臭い、LR学園の紹介ページから受ける印象はそんな感じだった。


 ただ、レイが言っていたように多種多様なカリキュラムのうち自分の学びたいことを中心にして、時間の融通が利くオンライン授業が出来るし、実際の校舎に通って学ぶプランまで用意されている。

 その上生徒は俺みたいなハミ出し者を含め、一切学校通ったことのない不登校児までオールOK!で受け入れるという学園の懐の深さには感銘を受ける部分はある・・・・・・。


 もはや今の俺が考慮すべきことはどこの学校へ行くかではなく、このLR学園に入学するか否か。その一点に絞られているといっていい。


 自分の適性がどこにあるか判断しかねている今の俺が、多種多様な学びと人材に対応した学園の胡散臭さについてあれこれツッコミを入れる筋合いにあるだろうか?

いやない。

 どういう人物になるかとかじゃなく、この学校へ行くことで何が得られるか?

その判断基準で選ぶとすると、俺はこの学園では高校2年生として編入でき、この学校を卒業したなら高卒認定が得られる。それだけで充分OKと言えないだろうかね?フムフム。


 それプラス、否が応でも俺はこの学園において何かしらの授業を選択し、きっと何か興味を持って学ぶことにもなる。

 それはつまり、野球部のみでひたすら練習を繰り返す日々よりも、普通科の学校に何となく通うよりも、社会に出た時きっと生かせる資格的なものまで得られて、

ああ有望なんじゃあ~ないだろうか?と。

 このように最低限地面スレスレ思考の俺からすると、入学さえLR学園でなら出来ちゃうんだから、入っちまえば~後は万事道なりに進めばOKナリ~!ってことで、考えすぎで思考パンク状態に陥った俺は、ネットショッピング感覚でLR学園入学手続きをポチっとクリックし、パソコン上にてドンドンと事を進めてゆくのです。


「ふぅ、あとはこの代金をなんとかするかだな・・・・・・」

残る最大で最難の懸案事項と言えばやはりこれ、コレ(指で輪っかを作るジェスチャー)ですぜ旦那。

 そう何はなくとも天下の回りもの、お金がなくっちゃ世の中渡っていけやせん。


 LR学園の入学金は三十万円かかる。追々授業料をプラスして支払っていく必要はあるにせよ、当面入学するために必要なのはこの三十万だ。それも今週中には振り込まなければならない。

 俺の預金はバイト代で得られた分含めて、現状十万程度でしかなく。どうしたって唯一の肉親である母さんに支援を頼むほかない。

 それが大変心苦しくて、言い出しにくいのだ。


「おう母さん三十万くれ。えっ無理?・・・・そっかじゃあ二十万でいいよ。おっそれならいいの?サンキュー!愛してるぜ母さん」

 って、こんなヒモ男子みたいな催促でどうにかなるなら悩みはしない。

だけど、どうしたって結局直球勝負で挑むしかないのが分かりきってるから、

今はその前段階としてあり得ない妄想で頭を浸し、クリアにするため休ませることにする。


「ライト、ソース取って」

「うん・・・・・・、100円な」

「は?何が」

「いや・・・・・ソース取ったから100円なって」

 母さんとの夕食時、いきなり三十万とはやはり切り出しにくい俺は、直球勝負は捨てて、不規則に変化するナックルカーブを投じて責めるパターンを思いつき実行した


「ソース取ったから100円て・・・・まあいいけど。何ライトお小遣いでも欲しいの?」

「・・・・へ?いや、まあな。くれるもんなら欲しいぞ」

 入り口としての感触は悪くない、母さんはおかずのとんかつにソースをかけながら上機嫌で金銭交渉に応じようとしてくれているではないか。


「そう、じゃあ三千円くらいでいいわね」

「はぁ?いやっ三千ってガキの使いじゃねぇんだぜ!」

「はぁ?はコッチよ。あんたまだ全然ガキよ。三千円もあればいい方でしょうが!じゃあ何?いくらだったらいいの?」


 俺は黙って手のひらを裏返し、指を三つ立てて示す。

「・・・・・はぁ何それ?やっぱ三千円じゃないの?・・・・・えっまさか三万!?」

「ふっ、そのまさかだ。まさかのまさかだ。桁が一つ違うぜ」

「えっ!?さっ、さんじゅう、まんもっ!?・・・・ってアハハ、そんなわけないか?・・・・ん?」

 母さんの口の中でカツをモグモグするスピードが加速していき、やがてピタッと止まる。


「いや、だから言っているだろう、そのまさかだと。俺はちょっと今な、三十万が必要なんだぜ。なっ母やん!」

「あんた何カッコつけて!バカっライトっ殴るよ!」

と言いながらも既に俺は頬をビンタされていた。

「ぶへっ!!・・・・ぶっ、ぶったね?おっ・・・・」

 頬を押さえながら、ニュータイプのお約束台詞が一瞬口をついて出かかったが、この件に臨む俺の意気込みが疑われかねないので、何とか踏みとどまって神妙な顔を作る。


「あんた何よ?なっ何でそんな三十万ものお金、急に必要だなんて言ってんのよ!?」

 口からトンカツのかすを散らかしうろたえている母さんの顔を見ると、もうここからは正攻法でズバッと、ストレートに事実を告げる作戦に移行するしかあるまい。

「いやあさ~、この前言ってたじゃん母さん、俺がこれからどうするかってことをさ。・・・・・で、母さんも考えてくれてたと思うけど、この春からまた新しい学校に行こうと、行くんだってもう決めちゃってな。そんでその入学のために、三十万がどうしても必要で・・・」


「えっとその~、三十万は学校のため?・・・・・・なんだ、ライトまた高校に入り直したいってこと?それでもう決めちゃったわけ?」

「うん、いろいろ悩んだけど、やっぱそうすることにした」

「へっへえ~まあ良かったんじゃない?それで。・・・・でどんな?

どういう学校に、今度ライトは入ろうって思ってるわけさ?」

「・・・・・・LR、学園てとこ」

「ん?えろあーる?」

「いや、エルアールだよっ!」

母さんの目線が宙をさまよっている。言葉の意味するところを理解できないようだ。


「・・・・・は?えろわーる?・・・・ああっ、そうか!エロワールドぉ!エロワールドね!ライトォ、そのエロワールド学園って、それあんたポルノビデオじゃないの?バカっ!!」

「はぁ!?違うってそんなん、エルアール学園って言ってんだろうが!!」

「何がエロワールドよ!あんたバカぁ!?そんな冗談ばっか言ってるといい加減殴るよ!目ぇ覚まして現実の学校ちゃんと探しなさいっ!!」

 そう言いながらも俺は、再度頬をビンタされていた。


「だか~ら~もう~、違うって言ってんじゃん・・・・・・」

 いくら言葉を並べても怪しげな言葉は人を遠ざけるのみ。百聞は一見に如かず。

俺はスマホを通して母さんにLR学園のホームページを見せて説明をすることにした。


「はぁ~なるほどね。近頃はこういう学校もあるのね~・・・・」

「そうそれがLR学園ね。基本通信制だから、場所や時間とかあと学費なんかもそうだけど、制約が少なくて通いやすいんじゃないかなって俺は思ってる。まあ人から勧められたんだけどさ。」

トンカツの最後の一切れを口に入れてからしばらく、母さんは何かを考えているのか

ずっと口をモグモグさせている。


「で、ライトはそのLR学園で何するのとか、目標は既に定まっているわけね?あと野球はどうするのかしら、もういいの?」

「おうもちろん。この学校では自主性が大事みたいだから、その~カリキュラムをどう構成しようか、とか?色々とプランを組むのが楽しみでさぁ!へへっ、心配無用だぜ!・・・・・・野球は、野球までは正直どうするかまだ分かんねぇ。その、LR学園では一応部活もあるらしいけど・・・・。」


 ようやく母さんは口に入ったものを全て飲み込み、手を合わせて食事を終える。

「そっか分かった。だよね、野球まで聞くのは母さん野暮すぎた。いいよ応援したげる。三十万は母さん工面してあげるから、ライトあんたはそのLR学園に入りなさい」

「・・・・へっ、ま、マジ?やった。母さんサンキュ!愛してるぜ!」

と、結局ヒモの台詞で片が付くのは、自分自身言ってて恥ずかしくなる。


「だけどいい?覚えといて、これは貸しだからね。母さんはライトに投資したの。親としてライトという希望の種にね。だからアンタはいつの日かこの三十万の投資を何倍にもして返すこと!いいわね?」

「あっ、ああ。ありがと母さん。あとの授業料とかはバイトしてなんとかするから。とりあえず俺、頑張ってみるよ!」

 無事商談をまとめられたことへの安堵感からだろうか、話の間手つかずだった残りのトンカツを俺は一気にガツガツと平らげ、デザートにプリンとアイスまでおいしく頂けてしまった。



(レイへ報告。俺も春からLR学園に編入することに決めたから。よろしくナリ!)


 目の前の展望が開けたという報告を、さっそく誰かに伝えたくなり、それなら当然俺をそこへ導いてくれた本人であるレイだろう。ということでこないだ教えてもらったばかりのチャットアプリのアドレスへとメッセージを送った。


「何がくるかな~?何がくるかな~?どんな反応アルカナ~?」

布団に寝っ転がって、鼻歌でBGMを奏でていると、

ピロピロリ~ン♪とすぐに音が鳴っているのに気付く。

 スマホを確認してみるとピロピロリ~ンが鳴り続けている。

メッセージではなく、レイは直接通話をしてきたようだ。


「あっ、あぁっ、うっうん」

俺は女の子からの電話にやや緊張し、声を整えて電話に出る、ピッ。

「ああ~もしもしレイか~、俺ライト~・・・・」

「そんなの分かってるっての、ウチから電話してんだから。で何、頼田決めたんだって?」

「ああ~そうさ~俺~決めたんよ~、LR学園に~入るってさ~」

 電話で話すことに慣れてないせいか、声が上ずり何故かミュージカルっぽい喋り方になってしまうのが我ながら情けない。


「ふ~んそっか。良かったよ、何だかその声聞いてると楽しみに思ってるってのが伝わってくるね、ウフフ」

「あっあはっ、アハハハ。そう俺、めっちゃ楽しみって思ってんだ。でさ~・・・・」

「あっ、ゴメン頼田。ウチ今からお風呂入るとこだから、話はまた今度ね、じゃあ」

「れっ・・・」

プッ、プープープーーーーーーー。


 話したかったことは色々ある。ただこの電話ではきっとうまく伝えられず、取り留めの無いものに終わっただろう。だから良かった、一番言いたかったことだけ伝えられて。

 俺は新たな道を見つけまた歩くことが出来る、キミのおかげで。


 目の前にある扉がゆっくり開かれていく感覚と、湯気の中に裸で立つレイが見返り美人のポーズでこちらを流し目で見つめている姿が頭にイメージされていた。

 俺はまくらを頭に覆いかぶせると電気を消し、そのまま夢を見ることにした。

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