第29話 伝えたかった親心
話が一息ついたタイミングで、おじさんは店の奥に向けて何やら合図を送り
再度メニュー開いて俺に渡してくる。
「頼田くん今日はえらい動き回って腹減ったやろ?まだ晩飯には時間あるし、
ワシがおごったるから何でも好きなもん食べ。ほらその年頃ならいくらでも入るよな?」
さっきまでは異様に感じていた空腹感も、神妙に話を聞くうちにどこかへ消え去っていた。だがこの話の真意を探るためにおじさんのおもてなし姿勢を受け入れ、素直に店のメニューを眺めることにする。
「えーっとじゃあこのステ・・・・・じゃなくてサンドウィッチでも」
メニューの肉の写真を見た途端一気に空腹感が蘇り、がっつりステーキ定食を頼もうとしたが1,480円と値段のボリューム感に気を取られ、次のページの無難なランチメニューに切り替えようとする。
「なんやステーキがいいんやろ?若いんやから気にせんでステーキいっとき。
ほなマスター、このがっつりステーキ定食頼むわ」
案外というか沙月さんの親だからこそ思いやる姿勢を身に着けたのか、
おっちゃんはかなり目ざとく人の視線や姿に敏感に反応して、先回りした行動をとってくる。
「はいよ、お待ち」
それほど間も置かずにジュワ~っと湯気を立たせた、店構えからは予測できないほど本格的なビーフステーキ定食がやってくる。
「さあお食べ。ほんで食べながら話聞いてな」
「は、はい。じゃあいただきます」
このおもてなしに砕けた話し方といい、コレは懐柔目的なのだろうかと訝りながらも、俺は一瞬母さんの姿を思い起こしつつお肉にフォークを突き刺す。
「・・・・でどや、店での沙月の様子は?ちゃんと仕事しとるか?
頼田くんらになんかおかしなこと言ったりしてへんか?」
「えっ?まあ仕事中はいつもキビキビと頑張ってますよ。そりゃたまに変なことは言ったりしますけど、普通に笑えるって感じで楽しいです」
真面目な話から一転、あまりに素朴に子を心配するおっちゃんの方が、逆に心配になってくる。
「初めてちゃうかな?アイツがこんなに気兼ねせず、自然に話が出来る相手っていうのは。そら沙月は頼田くんらと歳にしたら一回りほども違うんやからな~、
気は楽かもしれん。どうや君らの目から見てもアイツは楽しそうにしとるか?」
「ウンそうですね、店では大体いつも明るく見えますけど。・・・・・
てか本当に沙月さんて今まで友達とかほとんどいなかったんですか?
オレ的にはそんな風には全然見えないんですけど」
「まあな、人間ってのは互いの関係性とか序列とか体裁とか、
ホンマ余計なもんばっか考えて付き合う奴が多いから、その点沙月はアホほどストレートで融通利かん奴やし、
どうしても同年代や会社の人付き合いなんかでは衝突してしまいよるねん。
そのへん普通の人間でも難しいぐらいやからな」
「そう、なんですかね・・・・・・」
なかなか噛み切れない肉の筋を味わいながら沙月さんのイメージを浮かべていると、おっちゃんの話と段々クリアに重なってくるのを感じた。
「だからな、ワシから一つ頼みたいことがあるねん。頼田くんたちは今後社会に出て、店でのバイトを止める時もいつかくるやろう。
・・・・・だけどな、これまで通り沙月との関係は続けてやってほしい。
変な意味やなく友人としてでいい、たとえ離れたとしてもたまには沙月に顔見せに行ってやってくれへんか?」
「ハイ、それはもちろんいつでも。ってかこないだレイって子と、沙月さんと三人でお花見行ったんですよ!そこで沙月さん酔っぱらってマジでおかしな誓いをしたんですハハッ。
俺たち三人は、たとえこの先の道が違ったとしても、お互いにずっと気にし合う
関係でいようねって。・・・・・だから安心してください。
俺たち三人誓いあったんで、きっとどんな立場や関係になっても想いが通じた友達でいると思います」
その時、突然漏れ伝わってきた嗚咽に驚いた俺は食べる手が止まる。
「ううぅ、そうかそうか。・・・・・アイツが花見なんかに行きよったんか。
そりゃよかったわ。うっぐっ・・・・」
唇を震わせ涙ながらに語るおっちゃんの姿を気遣い、ソッコーでフォローを入れる。
「あのおじさん?ホント沙月さんはいっつも頑張り屋さんで。意外にしっかりしてて図太いとこもあるんで、まあたまにキツいことも言われたりするんですけど、
ホント全然受け入れられるレベルなんで、だから心配しすぎる必要なんてないです」
「アイツは他人とも、ワシら家族でさえも上手く関係性が築けてやれんかったから、ホンマどないしようと思った時期もあったけど、
うっそうか、アイツそんなに成長しとるんか。ううっ無理言って店任してホンマよかったわ。うぐっ・・・・・」
目頭を手で押さえ、本格的に泣き出したおっちゃんを前にどうすることもできず、ただ推移を見守りつつ適当なタイミングで気遣う声をかける。
「あの、花見だって実は沙月さんから誘ってくれたんですよ。人付き合いも問題ないですって。それにもう俺は逆に沙月さんを誘って、これからは毎年やるつもりでいるぐらいですから、だからおじさんホント大丈夫ですから」
「ほうか、そうやな。ありがとう・・・・・・。おっと、なんかワシがえらい気使わせたみたいで、悪い頼田くんの手を止めさせてしまったみたいやな。ほら気にせんと、食べれるんやったら全然それ食べててや・・・・・・」
おっちゃんの涙にあてられて胸が熱くなっていた俺は、食べかけの肉を見ても喉がつっかえて口まで運べない。
「頼田くん、あともういっこお願いしてええかな?・・・・アイツの目をもうちょっとだけ外側に向けさせてやってくれへんか。さっき言ってた花見みたいな付き合いの機会をな、沙月にもっと与えてやってほしい。
・・・・・・うっ、このままやったら多分あいつ、店だけ守ることに必死になると思うねん。だからその、困ったときに助けあえるように、少ない人とでも関わり合いを持っていてほしいんや」
やがて落ち着きを取り戻したおっちゃんが語る願いは、ごくありふれた子を想う親のものだった。
「あとな~沙月に夏の祭りにも参加させてやってくれへんか?アイツ、商店街の
寄り合いにも一向に参加しよらへんねん。イヤや!何でよ?とか言いよるから。
だから今年の夏、何とか参加するよう一応仕向けてみてくれへんかな・・・・?」
「・・・・はい、じゃあそれは俺やレイで誘いかけてみます。でもどうかな?
沙月さん気が乗らないことに対してはホント露骨にイヤな態度とるんで」
「ああそれでかまわん。無理にやらんでもいいから。・・・・・それと同じもんばかり食うの注意してやってくれへんか?酷い時はアイツ、うどん、おにぎり、パンの繰り返しで、お前どんだけ炭水化物とるねん?ってワシはよう言うてたんやけど・・・・・」
「はい、それは俺も思ってたんで言っときます・・・・・」
「ほんでなあ、クリスマスあるやろ?その時いっしょに祝ってやってくれへんか?12月アイツの誕生日もあるし。毎年一人でケーキこしらえてなんか寂しくやってるらしいねん。どうせならな君らも加わってくれへんか・・・・・」
「はい。じゃあレイにも声かけてケーキ食べに行きます・・・・・・」
「そうや、あと正月なったら店閉めろって言ってくれへんか?
アイツ正月とか興味ないねん。ほんでオールシャッターの商店街で、三箇日も普通に店開けた状態の中で、餅食って寝とんねんで・・・・・。ホンマええ加減にせえってなあ、ううっ」
「じゃあそれも気付いたら・・・・・、ははっ、てか多いですね?」
涙がつっかえながら話す、おっちゃんから沙月さんへの想いを聞いていると、
切なくなってきて区切りのツッコミでも入れないとやりきれなくなった。
「そやな、多いよなあ。でもワシはもうすぐ後ろで見てやることもできひんようになるから・・・・・、それまでに大事なことは誰かに伝えとかなアカンって思うから、だからホンマ面倒くさいかもしれんけど許してや。
ただ、とりあえず聞くだけ、聞いてくれてたらいいんやで・・・・・・」
「いやだな~ハハッ。ただ、ちょっとツッコミ入れただけなんで、全然面倒くさくなんてないですよ・・・・・ううっ」
すでに残り少なくなっていた肉のかけらを見ると、おっちゃんの弱気な姿や語る言葉と妙に重なってしまい、かじると涙がこぼれてきてしまった
「ほんでな、もうこれで最後やけど。沙月がもし筋が通らんおかしなこと言ったら、それはちょっとちゃうでって・・・・・・」
最後といってからも、おっちゃんはその後3つか4つ要望を付け加え言っていたように思う。・・・・・というのもその時は俺も悲しみに押しつぶされて、
自分から漏れ聞こえてくる嗚咽によっておっちゃんの言葉が耳に入らなくなっていたからだ。
まともに前を向いているのが辛くなって、下を向いて食事しようとすると涙が頬を伝ってくるのを感じた。
そしてそのままボリュームのあったステーキ皿の全てを平らげると、おっちゃんとありふれた挨拶をして別れた。
帰り道で、おっちゃんの語っていた沙月さんへの想いと、今日という日に経験した色々な苦労とが一気に蘇ってきて胸が張り裂けそうになる。
鼻の奥に伝わる若干のしょっぱさと、口の中に残る薄い血の味を感じながら、
俺は何度かむせ返りそうになりながら、自転車のペダルをこいだ。
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