第30話 失われた触れ合いを求めて
LR学園に入ってからというもの、俺の生活は目まぐるしく変化していた。
オンライン授業と並行して実践型授業を受けるため街中にある校舎へと登校し、それを受け毎週レポートを提出する。
その合間に単発のバイトをこなしつつ、ついでに企業調査のフィールドワークを商店街で行う。
それが終わるころにはもう夜で、家に帰ってからはまたレポートをこなすというループ展開のような日々に、初めのうちは頭から湯気が出そうな思いがしたが、
頭が詰まったときには遠投やキャッチボールなど、投手としての練習を玉野相手にこなすことで、なんだかリラックスした気分を取り戻すことが出来た。
この遊びを部活動と捉えるならば、俺の生活はほとんど普通の高校生活と変わらないじゃんと思われるかもしれないが、ハッキリ言って全然違う。
何故ならこれらほとんどの日常は一旦失われたもので、再度自分で選び取り獲得したものだからだ。
大切に思う気持ちが全然違う。
そんなの意識の問題かよ?と言われるなら、それもまた違う。
意識だけでなく、実際の人たちが今そばにいるからだ。
いまだかつてこれほど大切に思える友という存在が、俺の人生に存在しただろうか?してない?ああそうだ、存在してなかった。
が今はこうして、はにかむ笑顔の彼女が迎えてくれるではないか。
盛川由夢・・・・・!
朝、駅の入り口にて彼女が手を振り出迎えてくれる日常。
実のところ、LR学園に入ってからの変化で最も刺激的に感じている変化がこれだった。
異性と一緒に仲良く登校するシチュエーション。
誰もが一度は思い描くだろう夢の情景だろうが、ほとんどの人にとってそれは叶うことなく通り過ぎるマボロシ。
一部の持てる者のみにて占有されるレアイベントなのだ。
だがLR学園に入り、あまたの困難を乗り越えた俺は、ついにイベント発生条件を
満たしたに違いない。
それは盛川と出会い、彼女を誘って公園でのキャッチボールイベントへ導くこと。
そこでの会話イベントの選択肢を間違えずにこなした結果、きっと盛川の俺に対する好感度が一定ラインをオーバーしたのだ!
だからあのイベント以降、実践型の授業日ごとに盛川とこうして駅で待ち合わせ、一緒に学園に通い、たわいのない会話で笑い合う関係となっているんだ。
これがなかなかの充実感で、今の生活の張りとなっているのは疑いようのない事実だ。
な~んだ、つまり彼女ができたってノロケ話かよ、やっぱ意識の問題じゃろ、うっざ!と
レイあたりには罵られるかもしれないが、それはまたまた違う。
何故なら俺と盛川は付き合ってなどいないからだ。
ただ仲の良い友人だ。まだ今のところは。
「・・・・・ねえライト聞いてる?さっきから笑顔のまま顎がしゃくれてるけど、どうしたの?」
「あっそう?アハハハ、クセだよ。クセが強いんだよなー俺。オッケー?盛川」
ってほ~ら、こんなことばっかり妄想してたら俺はすぐ表情に出ちゃうから、ヤバい奴だと思われそうだ。
「あっ盛川アレ見たぜ、こないだ言ってた映画ギャングのやつ。
あれってかなり血みどろだよな。ちょっとショック受けちゃったもん、
ラストも主役がクルマにポーンって飛ばされちゃって衝撃だったし」
「はははだよね。あの変な髪型の追跡者から逃げ回るところなんかほとんど
コントっぽくて笑っちゃうよね~。でもなんかスッキリしなかった?
あっアレって原作小説もあるんだ、今度読んでみたら?
「へえ~そっか。本とかあんま最近は読んでないんだけど、じゃあそれは読んでみるよ・・・・いや読むから、絶対読むぞ!」
盛川と駅で待ち合わせ共に登校するようになって、かれこれ一か月。
昨日見た映画やバラエティ、スポーツの試合などで電車を待つ間の二人の会話はつつがなく展開されるが、実のところホントは話す内容なんてどうでもよかったのかも。
もともと俺たちはどちらも饒舌といえるタイプではなく、言葉よりただそこに二人でいることの意味を共有しているにすぎないのだから。
さっきはキャッチボールでのイベントをクリアして、互いの心に同調を感じ取った結果、俺たちは登下校を共にすることになったみたいに言ったが、
実際のところ少し違って、あの後互いにメールや会話をする中で、
最寄り駅が同じということが分かり、せっかくだから脚にハンディを抱えている盛川のことをサポートさせてくれ、という俺からの申し出のもと実現することになった登下校イベントだったのだ。
なので・・・・・・。
「あっライト電車来たよ。ハイこっち来て」
「おっ、おう」
彼女がこうして差し出す右手を握り、ともに手をつないで電車に乗り込むというのも、単に電車に乗り込む際に彼女が隙間に落ちないよう、サポートする行為に過ぎないわけだ。
彼女を優先席まで案内するとそこで短くも儚い触れ合いタイムは終わり、
ぬくもりや感触が残るその手を盛川の座る近くのつり革へと持ち替えて、
後は目的の駅に着くまで、お互いに着かず離れずの距離で互いを意識しながら、
それぞれの時を過ごすしかなかった。
・・・・・その時間、俺はほとんど盛川のことを考えていた。
彼女のことをもっと知りたいと思いながら。
これまで共に過ごす時間の中で、以前はバスケットやってて県代表に選ばれたことがあることや、なのにその大切な脚を数年前の病気で失ったということまで、
彼女の内面に関わる大事なことについて断片的な情報は得ていたが、それ以上どう突っ込んで聞いていいか判断できず、
親密さが深まっていく反面として二人のあいまいなままの関係性に、日に日にもどかしさも募っていた。
学園前の駅に着いて電車を降りる時に、
もう一度俺は盛川と手をつなぐことになる。
ただ今度は降りた後も改札まではエスコートだという建前で、
何となく手繋ぎのまま歩いていくのが恒例となっていた。
この時間がもう少し続けばと毎日思うのだけど、ここにもう一人の友人が加わることで、二人きりの時間は終わることになる。
「おはよーライトくぅ~ん!」
俺たちが到着するのを駅の出口で待ち構えていた玉野が、快活な笑顔をみなぎらせて盛川との間にすっと入り込んでくると、否応なく盛川との距離は少し開き。
そこで自然に俺の腕に手を回した玉野が、
「おはようございます、盛川さん。・・・・でさ~ライトくん」
と話し始めたところでさらに一歩、盛川は距離を取ってしまうのだ。
そこからは玉野を中心として会話が展開していくことで、盛川なりに気を使って身を引いていたのかもしれないが、
俺としては二人とも共に大切な友人であるから、なるべく3人で会話が楽しく成り立つように苦心するのが日常となっていた。
「ねぇライトくん、今日ちょっと肩張ってない?昨日すんごく凄かったから・・・ね?」
「おいっ玉野言い方!確かに投げ込みはしたけど、別に大して張ってねぇから、
あっそっそうだ盛川、昨日フィールドワークで企業訪問したんだって?」
関心が俺の方に偏りがちな玉野の目線を、話を振ることで強制的に盛川の方にも
振り向けさせるのだが。
「ああうん、玉野くんから指令を受けてたからね、商店街の飲食関係のお店に
話聞きに行ったよ、本当にマジ緊張してしんどかったよー」
「うへぇ~、だよなー。俺もこないださあ・・・・」
「しょうがないよね!」
盛川との会話をブツ切るように玉野が割り込んできては、声のトーンを落とすことで
冷淡な対応を印象付ける。
「みんなで分担しなきゃあの商店街全域をカバーできないからね、で、
言ってた資料はちゃんともらってきてくれた?」
「ああ学校で渡そうと思ってたんだけど、ハイこれでいい?」
「ありがと盛川さ・・・・・・ん?ってあれれ?2店舗分だけ~?
僕は昨日4つ回ってきてねってお願いしてちゃんと時間とルートまで指示したはずと思うんだけどなあ」
「・・・・いや分かってんだよ、けどしんどくてもう無理って思ったから2つしか行かなかったんだよ、残りはまた今度じゃダメなの?」
「まあダメってことはないけど。一応今日の授業で中間発表もあることだし、
予定通りに今日持ってきてほしかったところだよね」
フィールドワークの作業分担をオンラインでやり取りすることが多いせいか、
2人の会話はどうにもギスギスとした事務的な会話になることが多く、
俺はその間を取り持つことに終始するため、3人での会話が盛り上がることはほとんどない。
「まあまあ玉野、人それぞれにやり方があるんだし、それに盛川の分は俺にも手伝わせてくれって最初に言ってただろ?あんまり無理にプランだけ組まれたら誰だって困るだろ?」
「あっだよね。じゃあ残りの分は僕がカバーしとくから、ライトくんにも手伝ってもらおうかな」
「いやそういうことじゃなくてさ~」
こうして3人で並んで歩けるだけマシだと、俺を介してでも会話を繋いでいるうちに、いつかは打ち解けあえる日が来るんだろうと期待してはいるのだが・・・・、
「えっとね、ライト今週もバイトあるんでしょ?その時商店街で待ち合わせて
私の調査の続き、手伝ってもらっていいかな?」
「あっ、ああもちろん。それじゃ盛川、えと明後日でもいいか・・・・・」
「い~やダメだよね。ライトくんには別に調べてもらいたい店舗があるからさあ」
「はあ何でよ?玉野くんがライトの予定決めるなんておかしいっちゃろが!?」
「おかしくないっちゃろでしょうが?盛川さんこそライトの予定勝手に決めてるじゃん!」
「・・・・うっさいバカにすんな、なんも決めとらんわ。
ライトがええって言うっとっちゃろがい、この玉キンが・・・・」
「えっ!?うわぁ!ライトくん、今この人めっちゃ方言全開で、
なんかスゴイこと口走ってたよ!ねぇ聞いた!?聞いたよねー!?」
今のところその兆しは一切感じられず、むしろ険悪になっていく一方なのが悩ましいところだった。
「もう、お前らいい加減やめれ~って・・・・!」
せめて俺以外のもう一人がこの場に加わってくれて、
またキャッチボールの時のように仲を取り持ってくれたらと思い浮かべてしまうのだが、
その一人との関係性も以前より疎遠なものとなっており。
「おはよー頼田ってか、そのやめれーってやめときなよ。それ超絶マジダサいから」
「あっレイ!何て?・・・・・ちょっと、オイって」
挨拶だけ済ませるとレイは、俺たちのそばをただスルーしてしまうこともまた、ここ最近の日常となっていた。
「待ってくれよレイ、俺たちグループだろ。せめて学校まで一緒に行こうぜ・・・・」
「はあ何で?やめてよね、アンタたちといるとウチまでイタイ奴らに思われるじゃん。
何を毎度朝から騒いでんのさ。あんた達ちょっとは周りの目も意識した方がいいよ」
そう小言を告げると、レイは校舎の入るビルへとさっさと一人で立ち去ってしまう。
「えっ、周りの目・・・・?」
レイの言葉の意味について玉野と盛川に問おうとするが、
二人は言い合いをやめてうつむいてしんみりとしている。
「レイちゃんの言わんとしてることは分かるよ。僕ら浮いてるのかもね・・・・・」
表情が一転暗くなった玉野まで一人でトボトボ歩いていってしまう。
「やっぱ私のせいでライトに迷惑かけちゃってるかも、ホントはもっとみんなと
上手くやれるはずなのに、私みたいなんといるせいで・・・・・」
盛川までもが、重たい足を引きずって俺から離れていってしまった。
二人でいる時は意識の枠外にあったカシャンという足音が、こういう時だけ妙に切なく響いてくる。
「ああ~~~~っもう!!」
普通の会話が上手くいかない苛立ちに、俺はシャツの上から胸をかきむしる。
それを周りの人たちがクスクスと笑いながら眺めているのを感じた。
確かに俺は周りから後ろ指さされても仕方ないかもしれない、元マッドネスアームだし。
だが玉野と盛川も含めて痛い連中に見えると、レイがほのめかしていたのは気になる。
3人でいる姿を思い浮かべてみると、それぞれに姿カタチ、聞こえてくる噂など、
人とは違った面があることは否めない。だからってなんだ。
そんなことを気にして、足を引っ張り合って関係性が築けないなんて本末転倒もいいとこだ。
これからフィールドワークの課題で協力し合わなければならないのに、
なんだってレイはああして嫌味ばっかり言うんだと。そして玉野も盛川もバカだ、
自分ってものを卑下したりレッテル張りをして閉じこもるカゴの鳥でいてどうする!?
これから4人で上手くやらなければならない授業のことを考えて重たくなった気分を振り払うように、俺はあえて脚を大股に開いてLR学園の校舎へと向かった。
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