第31話 中間発表
教室に入るとまず、友人たちと楽しげに会話しているレイの笑顔が目に入った。
LR学園に入ってからの交友関係を、男女問わずまんべんなく築けているレイの姿を見ていると、人見知りだなんて自称していたのはどこのどいつだよ?という思いから嫉妬心が込み上げてくる。
「おはようさん」
俺は少し邪魔したくなって、その集まりに近付き一声挨拶をかける。
「・・・・・あっ、おはよう」「おはよう頼田くん」「うっす頼田」
一瞬間が開いてからその場にいる数人からの挨拶が返ってくる。
どの人もコチラにはあまり関心が向いている感じはしないが。
レイはというと、キッと睨むように俺の方に目を向けたかと思うと、
「ばーか」と口の動きだけで伝えてまたすぐに友達との会話に戻る。
本当にネガティブに感じている自分の特性はなかなか他人に言えないもんだぜ。
彼らの姿を見るにつけてそういう考えが頭をよぎる。
いつもパソコンを開いて黙々と作業をしている玉野は、何か話しかけられると
明るく応じてはいるものの、積極的に他の人と交わろうとする姿勢はない。
盛川はというと、完全にポツンと一人机で佇んでいるのがいつもの姿で、
好んでそうしているのだと思われているのだから、ずっとそのままだろう。
それぞれの時間を過ごしている彼らの姿を確認すると、俺はその中間あたりの席に腰を下ろした。
今日の経済学の授業ではフィールドワークの経過報告として、中間発表がおこなわれる予定となっている。
レイと玉野、盛川とで作業グループを組んだものの、現状四人でのコミュニケーションすらままならない状況で作業を上手く分担できているとは言い難く、
今日の発表も誰がどのように行うのか全く詰めきれない状態でこの日を迎えてしまったことに俺は気を揉んでいた。
「なあ玉野、今日の発表どんな感じでいこうか?なんか資料とかあれば、俺が前に出て読む形でもいいと思うんだけど・・・・・」
後ろの席に座る玉野に泣きつく気持ちで意見を求める。
現状、作業の進捗具合を理解しているのは唯一彼だけであり、
フィールドワーク全般に関しての指示、報告、データ等の集約ほぼ全ては玉野を介して行われる司令塔的存在だったからだ。
「はあ何も心配いらないってば、全部僕がやるって最初に言ったでしょ。
だから今日の発表もボクに任せれくれればいいの!ねっライトくん」
全て頭に入ってると、自分の頭を差しながら余裕ぶって玉野は答える。
「いやでもさ。俺たち四人いるんだぜ。一人でやらせてるみたいに思われたら・・・・その、アレだろ?」
「今から考えて他の人に何か出来るの?ねっ、いいから僕に任せてって。
その代わりにご褒美もらうから」
「あっああ。分かったよ・・・・」
都合のいい時だけ友人を利用していることに後ろ暗さを感じながらも、
レイも盛川にも特にやる気めいたものは感じられない以上、玉野にすがるほかなかった。
「おはようございまーす皆さん!さて、本日も経済学の授業始めていきますか」
やがて担当講師の橋岡が教室に入ってきて、授業が始まる。
地域経済の活性化がもたらす効果についての講義がしばらく進み、
今日はこのまま普通の授業だけで終了してくれないかなーなんて期待半分の気持ちでいたが。
「・・・・・ということで、地域経済の重要性について段々と理解してくれていってると思うんだけど~、それに関してみんな順調に進んでいるかな?住んでいる地域の商店や企業への調査活動のほどは?」
やはり講師らしく適当なフリが利いたタイミングで本題をもたらしてきた。
「まあ人それぞれフィールドワークの進み具合は違うと思うんだけれども~、とりあえず今日の時点での経過報告を兼ねた、発表会をさせてくださーい!
まだ中間だから失敗とか気にせずみんなリラックスしていこう。じゃあ準備よろしくどうぞー」
教室内が一斉にざわつきはじめ、人がわらわらと動きだす。
「ねぇ頼田。ウチに何かやることあんの?何も聞いてないんだけどさ」
一応まだグループのメンバーだという意識は持っていてくれたようだ。
俺の前にやってきたレイが聞いてくる。
「いや特には何も。玉野がやってくれるって言うから」
「あっそう。でしょうね」
そっけなく答えるレイの、シャツとパンツの間からチラッとおへそが覗いているのが見えて、俺はそこに目を合わせて会話をした。
「じゃあ玉野、悪いけど今日はお願いね。あとなんかお店とかの訪問予定あったらまた連絡ちょうだい」
レイは玉野にねぎらいの一言を告げると、シャツを下にずらしながら
「見んな」と言って席に戻ってしまった。
「・・・・何を見てたって?」
隣にいる盛川が俺に問いかけてくる。
一人ぼっちで過ごすと人は、視線に関するワードに敏感になるものだ。
「さあ、資料かな?」
「そっか私にも資料見せてくれたらな。発表ぐらい手伝えそうなんだけど」
「だよな~。でも今日は時間も無いし玉野がやってくれるって言ってるから、最後の発表ではみんなで分担できるようにしようぜ」
当たり障りのない言葉を伝えると、特にやることも無くなった俺は玉野の様子を窺う。
「もう今日の発表する分の準備はできてますよー。
今はライトくんのここ最近の投球データと球数について分析をしてて、
ケガしないような練習メニューを考えているところです」
パソコンと俺を交互に眺めては、楽しそうに自分の世界に入っている玉野を確認すると、俺は前へと向き直った。
「それじゃあ、そろそろ始めちゃいましょうか。今日は右端の列に座る、
佐竹さんからでもいいですか?・・・・・・ハイッ!では佐竹さんのグループ出てきて発表をお願いしまーす!」
講師の橋岡から見て右の列から発表がスタートする。
このままいくと俺の左後ろにいる玉野に当たるのは後半ぐらいかと、
緊張と不安の中、ただ前に出て突っ立ってる自分たちの姿を想像するとちょっと恥ずかしくなってくる。
「えーっと、では私たち佐竹と三浦の二人グループで調査している件について発表していきたいと思います。私たちが調べているのは街にある駐車場についてです・・・・・」
まず佐竹さんと三浦くんのカップル二人組による発表が始まった。
二人でドライブデートをしている時に最近車少ないよね~という話から
駐車場の利用状況について調査してみたそうだ。何だかいやらしい。
調べてみると、駐車場は大して費用が掛からずに固定費が得られるということで、
ある程度の需要があるということ、しかし今後は車利用者自体減ることが見込まれるため、カーシェアビジネスへの利用が図られていることなど、
熱々っぷりな二人の関係とは対照的に、分析は冷静な視点から行われていることに、俺は嫉妬を通り越して感心してしまった。
発表を終えるとまばらな拍手のなか、二人はハイタッチをして戻っていく。
続いては一人で壇上に立った副島奈留が、やや肩を怒らせた姿勢にて発表を始める。
「私はペット業界について調査を行ってきました。さて皆さん、
ペットショップで可愛いワンちゃんや猫ちゃんが並ぶ姿をよく見ると思うんですけど、あの子たちは一体どこから来て、普段どういう風に生活しながら、売れ残ったらどこ行くんだろうとか、想像したことってありますか?」
生き物への関心が厚い副島が行う発表は、ペットの生きる権利を尊重し、
住環境をもっと改善させなければならないという内容のものだった。
「・・・・・狭いゲージの中に閉じ込められている彼らの姿を見ながらも、
みんなはただ可愛いーとか飼いたーいとかそんな安易な言葉を発していませんか?
アレが彼らの自然な姿だとでも思っているんでしょうか?
そもそも私は生き物に値段を付けて売買するという発想自体に虫唾が走ってしまうん・・・・・」
副島の発表は次第に熱を帯びはじめ、やがて涙ながらに語りつづける。
「わたしわぁ、ワンちゃんや猫ちゃんにぃ、ただ一日一日をもっといい環境で
生かしてあげたい、だけなんですぅ・・・・。なんでそんな当たり前のことが
守られないのよぉ・・・あんたらのせいだよ~、バカぁ・・・・・」
「はっはーい。副島さんの熱い思いは、皆さんに伝わったことでしょうー。
最終発表ではもう少し感情を抑え気味に話が出来たら最高ですねー、ハイ拍手―!」
幼児のような罵声が飛び出たことで、オチが着いたと判断した講師が発表を打ち切った。
副島の熱い気持ちのほどは伝わってきたが、調査で得た資料やデータなどは示されず、フィールドワークを行ったかどうかさえ疑わしい独演会だった。
ただ不思議と、戻っていく彼女に贈られる拍手はさっきより大きく、涙に当てられて感動している人までいた。
俺もその一人で、まあなんてええ子やねん。自分に何が出来る?とか考えている場合じゃねぇなと、彼女を見て目が開かされる思いがした。
その後も次々と、フィールドワークの中間発表はつづく。
ベンチャー企業の立ち上げ過程に同行取材させてもらっている人や、
家がコンビニ経営しているということで、
オーナー企業との軋轢をリアリティを持って語ってくる奴など、
どれもこれもただ単純に面白く、よくもまあこれだけバラエティ豊かに調査テーマが揃っているよなあと、自分たちが商店街の調査という無難な対象に落ち着いていることが、何だかここにきてひどくつまらないものに思えてきてしまうほどだ。
しかもそれすら人任せにしていることに、俺は無性に焦りを覚え始めていた。
そうこう考える間もなく、
ついに俺たちのグループの発表の場が回ってきてしまう。
いびつで活気の欠けた四人がぞろぞろと前に進み出ると、玉野を一歩前にして、
その後ろに俺とレイ盛川が横一列に並ぶ形で壇上に立つ。
玉野がパソコンをセッティングしている後ろでは、レイは誰かに手を振り、盛川はただ俯いていた。
こんなことで大丈夫なのだろうかと、いたたまれない気持ちになってせめて
玉野の発表が無難にまとめられていることを願うばかりだった。
「おっ何だこのグループは人数四人ってか。幅広なテーマ期待できるかな?」
ハードルを上げる講師からの発言をさえぎるように、玉野は教室の証明を少し落とすと、ハキハキと語り始めた。
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