第37話 気持ちのカタチ
「あっ、あはははは。そっか好きな人だよな・・・・・。確かに、
沙月さんにとって俺やレイも、同じ店で働いてる大切で好きな人間ってことだもんな?」
何とか取り繕って、二人の関係は何も特別なものでもなくごく普遍的な関係だとアピールする。
「そっ、そうよねー。女の人ってたまに何の気なしに友達のことすっごい好きーとか言っちゃうもんね。アハハッそっか、
ちょっとしたジョークのつもりで好きって言っちゃうよね~」
盛川も当然あり得ないといった顔つきで、聞き流そうとしてくれるのだが
当の沙月さんには当然そんな空気は伝わらず・・・・・・。
「ううん、別に100パーセント冗談のつもりで言ったわけじゃないけど」
「へっ・・・・・・・・・?」
カップに直接口をつけたままの上目遣いで、思春期男子の心を
大いに揺さぶり続けてくるのだ。
いや何これ!?どういうこと?パニくるよ!
どうして歓談の場でこういうこと言っちゃうかなー?この人は!
半ば間接的に告白してるとも思えるような状況に、
いたたまれなくなった盛川も、それ以上どう言ったものか固まってしまう。
下手したら自分はこの場にいない方がいいんじゃないかと思いかねない状況だ。
「ズズズズズーーーー・・・・ズズゥーー」
もはや残り僅かであろうレモンティーをストローで執拗に啜りだす盛川の音が心に痛い。
こんな見た目だけは大人な女性から告白めいた言葉をかけられたもんだから、
俺の心もさっきからドギマギしっぱなしで、息まで荒くなってくる。
「ありがとう沙月さん。俺のことそんな風に思ってもらってたなんてハァハァ」
努めて冷静を装い、このシチュエーションにどう上手く対応したものかと、
息を整えマインドをフルネスしているつもりだったが、
そんな俺をまたからかう様に、意外なアイドル的なオチが待っていた。
「うん実はね。それもお父さんに言われちゃったから、アタシが勝手に意識しちゃってるだけかも。お前にあとパートナー的な人がいてくれたらワシも安心して逝けるのになあ~って。
その時にね、あの頼田って子はどうなんだ?ワシは沙月にお似合いの兄ちゃんだと思うんだけどなあとか言いやがんの」
なんだ、また親父さんの台詞を真に受けてただけかいっ!
そんなんいらんちゅうねん!
・・・・・それでもまあ、多少意識してくれただけでも嬉しくなるし、
後学のためにもう少し、男としての自分の評価を聞いてみたくなる。
「でもおじさんは俺の一体どこが良くて、沙月さんにお似合いだなんて勧めたんだろう?俺ってその~まだアレだし、そう歳もけっこう離れてるじゃん?」
「う~ん何だったかな~?あっそう、失敗してもヘラヘラ笑って誤魔化してくれそうなところがアタシにはいいんじゃない?ってお父さんは言ってたよ」
「えっ、それって良いところなのかな?」
「フッ笑って誤魔化すって全然良くは聞こえないよね?」
俺が微妙な表情をしているのを察してか、盛川がボソッと笑いを漏らす。
「だねー。でもさ、自分の失敗にじゃなくて多分アタシが失敗したときにだよ。
たとえどんな大きなミスやらかしたとしても、頼田くんならニコニコ笑って、
何でもトイレのごとく水に流してくれそうじゃないか?ってお父さんは言ってたんだよ!」
「へっへぇ~そうかぁ、ははっ・・・・はぁ~、なるほど」
そう告げるやいなや、アイスコーヒーの氷をガリガリとかみ砕いている沙月さんの姿に、なんだか興ざめしたものを感じてしまう。
表面的にはポジティブな意見だと納得し平静を装おうとはしたが、
トイレという表現と言いイマイチ褒められているとは感じない。
思わずため息を漏らしてしまった俺に対して、急にスッキリとした表情に変わった盛川が、沙月さんの言葉のいたらなさを補うように言葉を付け足してくれた。
「あっでもなんか、それ私も分かる気がするな。ライトって多分自分の経験もあるんだろうけど、だいぶ大らかっていうか、ちょっとした人の仕草とかに意外によく気が付くし、他の人の痛みに敏感なところがあるよね。
・・・・・まあ、たまにそれがうっとうしい時もあるんだけど」
最後の方のつぶやきはともかく、しっかりとしたフォローを入れてくれる、
盛川はいつだって俺の心の支えなのだ。
「うんアタシもそう思う。頼田くんは優しいよ。そんで誰よりもうっとうしくもある。それは間違いないね」
いや沙月さん、中途半端な同意は人を傷つけるだけだから!そういうとこ気を付けような。そしてやっぱあんたは褒めてない、一度でも好きだといったセリフを取り消せ。
俺のドキドキを返してくれ~・・・・・・。
思春期男子の心を揺れ動かし、弄ぶ遊びにそろそろ耐えかねた俺が
ツッコミを発しようとしたその時。
~~~~~♪♪♪~~~~~
「あっ、もしもし~・・・・・・」
盛川のスマホに着信があったようで、俺の声を無視して画面に向かって話し始める。
「えっ誰?」
小声で聞く俺に対し、盛川は分かりやすく画面を見せて示してくれる。
『やっほー楽しんでる~?頼田―、沙月ちー!』
猫耳をつけた笑顔のレイが、スマホの画面に映っている。
チャットアプリのビデオ通話を使い、この場に参入の意思を示してきたようだ。
それもバカあざといエフェクト付きで。
『じゃーん。ホントはウチもそっち参加したかったんだけど、邪魔したくなかったし、でもなんかやつが・・・・・・・』
そんな猫耳つけた奴が柄にもなく、遠慮がちにものを語る姿が滑稽に思えて、
あえて何も言わずに微笑ましく眺めていると、
俺自身のスマホもまた鳴動していることに気付く。
『おーいライトくーん!今みんな揃ってるよねー!』
着信に応じてみると、これまたビデオ通話を使って
画面越しに話しかけてくる玉野がいた。こっちはエフェクトは無しだったが、
どことなく玉野は素のままでもキャラクターチックで愛嬌が感じられた。
『あっ玉野―!こいつ結局自分で電話かけるんならウチに電話さすなー!』
『あはっ。ごめんねーレイちゃん。やっぱ僕も参加した方がいいかと思って』
俺と盛川が気を利かして互いのスマホを向け合うと、その中のレイと玉野が言い合いを始める。
その光景に俺は、なんだか自分がデジモンマスターになったような錯覚を覚えた。
『玉野はね、なんか自分も沙月さんに対してこないだのお詫びしたいんだってさ。
だから少し言わしてあげてくれる―?』
一通り言い合いを終えると、レイは玉野とほぼ同時にこの場へ電話を入れてきたワケを話し、俺もその意を汲み取りスマホを沙月さんの方へ向ける。
『あっあの沙月さん。ぼっぼくは玉野と言います・・・・・』
「あはははっ!なんだか丸っこくて可愛らしい子だねー」
『えっえへへへ、ハイ・・・・』
しかし彼女はそれを全く意に介さずに、思ったままの反応を即座に漏らしていた。
その後しばらくスマホからは玉野が謝る声が聞こえてきたが、
沙月さんはずっと笑ったままで穏やかでいいと言えばそうなのだが、
意図が伝わっているかどうかは定かではなかった。
何度か助け舟を出そうかとも思ったが、レイと盛川の3人でリモート込みでお茶する興味に誘われた俺は、自分のスマホは固定したまま初対面の二人の会話が通じるのを祈ることにした。
「うんとねー。グッズの件は情報の行き違いで失礼をしましたー、ドンドン売ってもらって構いませんーって。あとなんか贈り物があるから受け取ってくれだってさー」
二人のやり取りが終わり玉野からの電話を引き取った俺に対し、
沙月さんは小学生の言付けのように連絡事項を伝えてきた。
ただ贈り物の意味が不明な俺は玉野に確認を求めようとするが、
電話は既に切れていて、かわりにチャットのメッセージが入っていることに気付く。
≪お詫びのギフトチケット付いてるから、沙月さんに上手く言って渡してね、
お願いだよ⚾≫
そのメッセージ欄の下に俺も初めて見るが、確かにギフトチケットというやつが添付されていた。
開いてみるとコーヒー3種、ケーキセット、お花の各イメージが表示され、
お店に行くとそれらの商品と交換できるチケットということらしい。
「ねえ沙月さん。玉野からプレゼントみたいだけど、どれがいい?」
全て彼女に渡すべきものだろうが、沙月さんのことだから要らないなどと言いかねないので、少なくとも好みの把握ぐらいはしておこうと画面を見せて反応を窺う。
「えっ、どれもいらない」
案の定かそれ以上にキッパリとした返事が返ってきてしまったことに、俺は頭を抱える。
『えっじゃあウチはケーキ!』
「あっ、じゃあ私はお花にしようかな」
まだビデオ通話を切らずに状況を見守っていてくれたレイと盛川が話へ割り込んで、子供ながらに大人の沙月さんへチケットの使い方をレクチャーしてくれる。
『頼田ー、アンタたちのいるフロアにそのギフトのケーキ屋さんあるでしょー?
帰りにウチの分受け取ってきてよー』
そう告げるとレイは、盛川と軽く会話をしてから通話を切ったようだ。
「えっ、じゃあアタシもケーキ」
今更ながらに羨ましくなったのか、意思を述べてきてももう遅い。
いや沙月さん、本来アナタにプレゼントされたものなんだけど、
ついさっき要らないって言ったばかりだよね?ならせめてそこはコーヒーでよくない?
ベタなコントじゃないんだから、ハイどうぞどうぞ!とはならないってば。
俺のツッコミを残念そうに聞き入れながら、ちょうど今いる店で交換できる
コーヒー3種を受け取り、そのままお茶会はお開きにすることにした。
隣の店でレイの取り分となったケーキセットを受け取り、
それもそのまま店に戻るという沙月さんへ渡す。
結果的に二人で食べることになるだろうから、まあ結果オーライだろう。
「じゃあ沙月さん、今日は来てくれてありがとう。そんでまた来週のフェスティバルの試合の時応援するって言ったからね、絶対俺のこと見にきてくれよ!」
「うん頑張ってね!うっわ結構コレ荷物だね。ここで食べよかな」
最後の台詞はともかく、プレゼントを両手に抱えた沙月さんを見ると、
いやーもてなしたなーと、自分の手柄のように清々しい気分で彼女を見送ることが出来た。
そして俺たちは二人で帰宅の途に就く途中で、フラワーショップに寄って
盛川のための花を受け取る。
デカい花束とかだったら恥ずくて嫌だなーと思いながら渡されたギフトを見ると、意外にもこじんまりとしたカゴに収まったお花のセットだったことで、
気取らずに盛川へ受け渡すことができホッとする。
「うわーキレイ。部屋に飾りやすくてよさそう」
花の入った袋を見つめながらしんみりと喜びを伝えてくれるその姿に、
俺はその場で悶えるほどのときめきを感じ、玉野にもグッジョブと心で感謝を伝えた。
きたる重大なイベントを前にした俺の心の中では、
背中をさらに一押しするために、ある一つの大きな決意を実行に移すべきか否かという葛藤が、胸の中で湧きあがっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます