第36話 お詫びのティーパーティー

 LR学園が入るボンヴォヤージビルの地上階には、

オシャレなカフェやレストランがいくつも並ぶフロアがあり、授業終わりに俺たちはそこのテラス席で軽食を取りながら、

客人の到来を不安と期待を半分ずつな心持ちで待ち構えていた。

 

 俺はコールドブリューのアイスコーヒーとホットドッグを注文し、

隣にはパインマスカットティーをすすりながらサンドイッチをくわえている盛川がいる。ちなみに今日の払いは完全に俺のおごりとなる。

 この度のお茶会は先日の藤間マートでの誤解に対する、お詫びの名目で開かれていたからだ。


 「やぁっほー!頼田くーん!盛川さーん!」

 やがて通りを挟んだ向こうの道からアホほど声を響かせた女性が

コチラにやってくると、カフェテラスにいる客の注目はイヤでも一斉にそちらに向かう。

 

 チェックのシャツをラフに羽織った女性が、大きく手を振ることによって

その豊満な身体を露わとし、さらにその内側から覗くタンクトップの肩ひもがよじれていることで、より一層艶めかしさを演出している。

 その艶やかな肢体は、普段ほとんどエプロン姿の印象しかなかった俺の目にも、

新鮮な輝きをもって映った。

ここだけ切り取って見ると、とても病的なものなど感じられない年頃の女性といった印象だ。

俺は彼女に集まる周りの視線に気が気でなくなり、とにかく素早くこのテーブルまで誘導しようと席を立って迎えに行く。


「やっやあ沙月さん、今日はありがとう。俺たちの誘いに付き合ってもらっちゃってさ」

「ううん全然いいよ。だってアタシの大切な後輩からのお誘いだから。

受けないわけにいかないでしょ?へへっ、その代わりに今の時間はレイにお店任せちゃってるんだけど」

 珍しく恥じらいをもって答えている沙月さんを、俺は手を差し出すという紳士ぶった対応でもてなし座席まで案内する。


「あの、こないだはどうもお騒がせしてしまって、私その盛川由夢っていいます。

ってその時一度言いましたよね?ふふっ」

 俺たちが席に着くのを待ち構えていたかのように、盛川はわざわざ

立ち上がって丁寧なあいさつを述べる。


「ウンそうだね。ちなみにアタシは藤間沙月です。よろしくね盛川ちゃん。

キミの噂はよく頼田くんたちから聞いてるよ。ねえ座って、だってキミって脚が・・・・・」

 その盛川の姿を眺めるなりさっそくらしさ全開にして、要らんことを

言い出しかねなかったので、俺は無理な話題を持ち掛けて彼女の気を引こうとする。

「うわー見て木だー。このテラス席の周り全部木で出来てるー!ほら沙月さーん」

「いや何?そんなこと見ればすぐ分かるし、大声出して興奮しすぎじゃない?」

 とりあえず一時的な策はハマったようだ。さらに気を逸らすために、

俺はメニューを取り出して、おごりであることをアピールしながら何か注文をするように促すが。


「沙月さん、ほら何か頼んでよ。この場は全面的に俺が持つからさあ」

「うんとねー、何でもいい」

と、大して眺めもせずにあっさり返してきた。

 ハッキリ言って一番困るやつだ。

なんでもいいは、きっと何かしら不満がある人の発言だから、

念のために俺はもう一度確認をとる。


「えっ、本当に何でもいいの?それならオレが適当に頼んでくるけど」

「うん。だってこんな店あんま来たことないし、何がいいか分かんないじゃん」

 こういう時、つくづく子供みたいな人だなって感じてしまう。

未知のものにあまりチャレンジしないというか、決まったパターンをなぞりたがるというか・・・・・。

「えっと、沙月さん自分で注文する?それとも俺が行こうか?」

「ウンお願い。早くしてよ」

 盛川と二人で残すことに不安を感じながらも、立場上仕方なく俺は

小走りにてカウンターへオーダーを出しに向かった。


 アイスエスプレッソと、ハムとサラダのベタなサンドイッチをトレイに乗せて

テーブルまで戻ると、二人が割と和気あいあいとした雰囲気で話をしていることが目に留まり、俺もほっと胸をなでおろして席へ着く。

 まあベタなギャグが好きな彼女のことだから、多少のイタズラは想定しなければならないが。


「はい沙月さん、コレどうぞ。・・・・・なんか二人楽しそうに話してるじゃん、

って、あっ沙月さん!それ俺のコーヒー勝手に飲んでんじゃねぇのか!?」

「あっゴメン。喉乾いてたから水かと思って飲んじゃった」

「いやそれ黒いから水なわけねぇじゃん!はっきり分かるウソやめような」


 俺の頼んだ分まで掠め取られ、沙月さんには存分に食事を楽しんでもらっている間に、再び自分の分のドリンクを注文しに向かい、さらにそれぞれのお代わりを頼みに行ったりという、

いわゆる天丼ギャグを繰り返しをしながら、少し落ち着いたタイミングで

ようやく今回の本題について切り出す。


「あの~、でさあ沙月さん。こないだのお店でのことなんだけど。

なんか俺たちの方で手続き上の行き違いがあったみたいでさ、

誤解だったみたい。だからホントゴメンなさい」

「本当にすみません」

盛川も同時に頭を下げる。

「ああアレ。まあ仕方ないよね。ハハ気にしてないって。それにあの時は、

アタシも誤解から頼田くんのこと思いっきりブン殴っちゃったから、逆にゴメンね」

「いや、それは逆じゃないです、フツーに俺は殴られるべき状況でした・・・・・」

 あの時のハプニングを思い出したのか、照れ臭そうに盛川は目の前にあったレモンティーをすすりだす。

薄くピンク色に輝いたその口元に気を惹かれた俺も、その時の状況を再びイメージさせる。


 あの日、パイタッチのどさくさに紛れて姿を現した沙月さんに対し、

俺たちはイベントにちなんだグッズが何故藤間マートで扱われているのか?と、

言うべきことは一応、しっかりと伝えることが出来た。


 だがそれを指摘された沙月さんはというと、終始不可解な表情のままで

『さあ、アタシは商店街の人から言われて売ってるだけだから本当に分かんないの』

一点張りで、うまく話がかみ合わず、俺たちは一旦あの場は諦めて引き下がることとなった。

 ただその後、ありのままことを玉野に伝えて確認を求めた結果、

すぐに情報の齟齬があったことが判明する。


 事の真相はこうだ―――。

俺と明宮の対決を盛り上げるため、そのチケットやグッズ類を販売することを提案し、商店街のフェスティバル実行委員会へ持ち掛けたのは玉野だった。

 組合はそれらの製作を、各企業へ依頼、発注する業務を請け負い、

玉野とはその売り上げから出た利益の一部をマージンとして渡す契約を結ぶ。

 そして出来あがった商品は販売のため各店へと卸されていくのだが、

それを組合のフェスティバル実行委員会は、なんと優先的に藤間マートに配分していたのだった。


 それは何故かというと、おそらく対決にメインで登場するこの俺が藤間マートでバイトしていることが考慮されたんだろうし、沙月さんの親父さんが組合へ何か働きかけたという事情もあったようだ。


 つまりそれが商売におけるコネ、人と人との感情のなせるわざなんだろう。

ともかくこうした商店街側が気を利かした事情から、藤間マートにおいてグッズ類は販売されていたものの、

玉野が持つリストには、藤間マートが今回のフェスティバル協賛店として挙がっていなかったため、無断販売の調査として俺たちが向かわされることになったというワケだ。


 事情を知ればなんて言うことはない、本当に単なる伝達ミス、

それぞれの立場の人たちがみんな少しずつ、伝えるべき情報を省いた結果、

沙月さんは俺と気まずい衝突をし、盛川との不幸な出会いがもたらされることになったわけだ。

 そしてその責任を感じた俺は、あの時の出会いを挽回しようとここに沙月さんと盛川を招待し、今回のお詫びのお茶会を開くことに繋がっている。



「そういえばさ、なんで沙月さんは今度のイベントに急に参加する気になったの?

今まで商店街のお祭りとか乗り気じゃなかったって聞いてたからさ」

 穏やかな環境の元で今回の経緯を振り返っていると、何故今度のフェスティバルに沙月さんは急に前向きになったのかという、自然な疑問に行き当たる。

「まあね。あっ、それってきっとお父さんに聞いたんだよね。・・・・・うん、

前にもう長くないって言ってたと思うんだけど、そのお父さんに頼まれたのもあるかな」


 3週間ほど前に会ったばかりだが、おっちゃんの姿を思い浮かべると不安な気持ちが募ってくるため、念のため現状を確認する。

「えっと、おじさんってまだ元気だよね?」

「うん、だね。今はほとんど家で寝てるけど。アレしとけー、コレしとけー、ワシはもうすぐいなくなるんじゃー!ってね・・・ハハっホント煩くて・・・・。

色んな小言がウザいぐらいには元気かな。まあほとんどは無視してるんだけど。

でも、頼田くんの試合があるって聞いたから・・・・・・」

 また少し照れ臭そうに語っている姿を見ると、やはり彼女と言えど

差し迫った親子の関係を話すのはどこか躊躇われるのかと思っていたが、

どうやらこのデレはまた別種の感情によるものらしかった。 


「そっか、おじさんもきっと喜ぶと思うよ。沙月さんに商店街のイベントにも参加してほしいって前に言ってたからさ!そう、俺だってめっちゃ嬉しいよ。

沙月さんに今度の試合応援してもらえてると思うとさ」

「えへへっ、そうかな。だって、一番好きな人のこと応援したいって気持ちは、

当たり前のことでしょ」

「えっ、好きな人?」

一番好きな人という言葉に、盛川がピクリと反応して俺の方にジリっと顔を向ける。


 場の空気が固まっていくのを感じて、俺はこの状況と言葉の響きに胸がドクドクと高鳴るのを感じていた。

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