第8話 照れ隠し

 今目の前にはこないだ店で堂々とイカ串を箱から取り出しねぶっていた赤髪の少女、通称レイがいる。

そんで今は俺が、レイが作業している後ろ姿を舐るように眺めていた。


「ああ、お菓子?ウン別にいいのよ私が許可してるから。ごめん頼田君には先に言っとくべきだったわよね。小腹空いた時とかちょっとぐらいつまんでいいよ、ってレイには言っちゃってたもんで。忘れてたわ」


やはり彼女が悪気もなくお菓子を食べていたのには理由があったのだ。

だからっていきなり店に入って黙々と食べだすかね?初対面の俺が店番でいるのに。

 思えば、初対面から沙月さんに促されての自己紹介まで、容姿や喋り方とかなんだか変わった娘だなっていう印象がずっと付きまとっている。


「あの、俺は頼田ライトっていいます。よろしく。歳は16です・・・・」

「あっ、ウチも16じゃなくて17です。えっと名前は、えっと加山かやま・・・・レイィィィ・・・ゴニョゴニョ・・・っていいまうぅ・・・・」

何故か語尾を濁すように段々と声が小さくなる、なんて尻すぼみな自己紹介なんだ。


「そ、そっか。加山さん。俺は実はさ、前に野球やってて・・・・・」

「ダメだよレイッ!恥ずかしがらないで。自分の名前なんだからちゃんと言った方がいいよ」

 自分の失敗談をいっちょネタにでもして、自己紹介を盛り上げようとしたところ、突然強い口調にて沙月さんが自己紹介に介入してきた。


「ええ~っ、でもハズイし、ウチはあれでもいいんだし・・・・」

「だ~め。全然恥ずかしがるようなことじゃな~い!堂々と自己紹介はしなさい」

 レイの自己紹介に何か不備があったということだろうか。モジモジして乗り気じゃない彼女の背を沙月さんがそっと押すように言葉を促す。


「えっと、ウチの~名前は、加山レイ・・・・レイチェルって言います。その・・・・レイって呼んでください。よろしくお願いします・・・・んもう」

「あっ、レイ、チェルね。うん、分かったよレイ」

 レイは顔を赤く染め、斜め下方向へうつむいている。そして時折不満さをアピールするように沙月さんの顔を横目でにらんでいた。


 なんてことはない。レイチェルという自らに課された、いわゆるキラキラネームを恥ずかしがって、レイは名前を言うことを渋っていただけなのだ。


 印象的な強い瞳をしているし、エキゾチックな雰囲気の顔立ちをしているから、レイチェルって名前は割と彼女に釣り合ってるようにも思ってしまうが、まあ本人からしたらイヤなんだろう。

 

 こうして見てると、パッと見の外見と彼女の中身の印象はだいぶ違っているように感じ取れる。

 最初見た時は、赤い髪やその身に着けるロックテイストなファッションなんかが派手でイカしてるな~と感じさせたもんだが、喋りは案外大人しい。


 大きく印象的な瞳を、さらに強調させるようなアイラインなんかも引いていて、強くてキツイ性格してるんだろうな?と思いきや、意外に名前を恥ずかしがる照れ屋さんだったりする。女子ってよく分かんないが、みんなこんな感じなのかな?


「レイにはね、ってかレイもね。頼田くんと同じくウチの店の短時間のバイトとして入ってもらうつもりだから。そんで呼んじゃったの。だからさ、よろしくね頼田くん」

 今は二人で沙月さんがいない間の店番をしながら、互いに仕事を教えあい分担しつつ、ついでにコミュニケーションも深めなさいと沙月さんからは指令を受けていた。


 コミュニケーションを深めるといっても、こんな女子と二人きりになる経験なんて乏しい俺が一体何を切り口にしゃべりだしていけばよいものか、ふ~む。考えてるとつい無口で気取った態度を装ってしまう。


「んしょ。んしょ」

目の前ではレイが、どこからか重たい飲料水を引っ張り出してきて並べようとしていた。

 

 全身の力で踏ん張るように飲料水が入ったケースを抱えて運び、フラフラと進みながらやっとのことで売り場まで持ってきて、フーっと息を吐きながらその場に勢いをつけて降ろす。

ガシャン!とケースの音が鳴った。危なっかしくて見てられん。

 これは男の見せ場だし、カッコつけたがりにとって絶好の場だろう。そしてレイと仲良くなるためのチャンスでもあるに違いないのだ。


「レイ、さん。あのさぁ~、それ重たいじゃん?重いものは俺が運ぶぜ。エへッ」

 なるべく自然体で手伝いを申し出たつもりだったが。


「ぷっ!フフフフフッ」

何故だかレイに吹かれてしまった。


「えっ?何?なんか今、俺変だった?えっ何で?何なの?」

あちこち触り、見まわしながら自分の身だしなみをチェックする。肩が張っていて力が入っているのは分かった。


「いや、レイさん、って何か変。あっ、ウチがいっこ上だから気を使ってくれた?

別にいいのにレイで」

「そ、そっか~。だよな~、・・・・うん、レイちゃんだよな・・」

「いや、ちゃんもいらないっての。あと、それにさ、頼田くんって・・・・」


「それに・・・・・?」


 軽く右肩を揉みながら、特に気にしないから言ってみなよ。という余裕ぶった態度で俺は構える。


「なんかね、カッコつける時にしゃくれる癖があるんだね~きっと。さっき手伝うって言ってくれた時の顔が、・・・・ぷっ!めっちゃウケた」

「ハハハハ・・・・な~んだ。ハハハ」


 余裕ぶってレイに合わせて微笑んではいたが、内心グサッときていた。

女子にカッコつけたつもりが、逆に見透かされて笑われちゃったなんて、こっ恥ずかしくて笑みも引きつるよ。

 

 自分の顎に触れ角度を調整してみるが、自分ではどこがどうしゃくれた状態なのかよく分からない以上どうしようもなかった。

 ただ厄介な遺伝癖を保有しているということは今ようやく自覚できた。多分俺はカッコをつけるということが一生無理な体質なんだろう。


「でも、ありがとね。頼田くん。手伝ってくれるって」

「お、おうよ。まかせてくれってばよレイ」

さっきウケた分、今度は意識的に顎をしゃくらせ、ポーズまで取って陽気な調子で答えたのだが・・・・。


「・・・・・・・・」

あっさり無反応なレイは、黙々と飲料水を陳列していた。

 

 女の子と上手く付き合うために、自分が持っている癖をお笑い方面へと素早やく転化したつもりだったのに、スルーされるとは。

はあ、よく分からんぞ女子って・・・・。

 昨日までは大人しい印象だったのに、話すと意外にフツーに話してくるし、俺なんかよりよっぽどナチュラルじゃないのか?意識して損した。それに人のクセにツッコミまで入れてくるなんて、攻撃的な面まであったりするし。


 目の前で中腰のきつい姿勢で懸命に商品を並べているレイの姿もまた、イメージとは違ってギャップを感じさせるものだった。そこらで友達と遊んでてもよさそうな今時な女の子が、こんな風にマジメに働く姿なんて想像したこともなかったから。


 考えてみれば当たり前なことで、同年代の誰もがフツーに学校行って部活だけやって生きてるわけではないから。たまには遊んだりもするだろうし、そのためにバイトしたり中にはもう既に生活をかけて働いている奴だっているのかもしれないんだ。

 俺が生きてきた世界なんて狭いもんだ。ここ最近、社会に触れて暮らす中で俺はそんなことばかり知らされるようになった。


 ならばそろそろ俺もいずれかの道を探る必要がある。

 高校辞めた時みたいな重々しい気分はもう消え去っていたが、漠然とした不安感は日々募るようにはなっていた。


 なにか、せめてちょっとした希望めいたものが見つかればいいけど・・・。そう思いながら、今はとりあえずバイト頑張ろうという意識だけは高めてレイを手伝うことにする。


コチラに背を向けて黙々と商品を並べているレイ。

そのショートパンツ越しに大きく張り出しているお尻は意外なほど大きく、作業していることによってダイナミックな動きを演出していた。


いかんいかん。真面目に頑張っているレイのことをこんなやらしい目で見てしまうなんて。

 ただ本能からくるものにはなかなか逆らえない俺は、目の前で威勢のいい動きをするレイのお尻辺りを、どうしても目でチラチラ追ってしまっていた。


 う~む、パンツとハイソックスの間で露わになっている太ももがまた眩しくて目のやり場に困る。


 半ば確信犯のようにタイミングを計り、目を逸らす1、ジト見する3のテンポでレイのことを見つめていたが・・・・・。


「えっ!頼田くん?やだっ、なんかじっとコッチ見てるでしょ?」

 レイがコチラをぐるっと急に振り返り、下心なんざ見透かしてるぜ的なセリフを再び言い放つ。


「は、ハハハハ。ウンそりゃ見てるさ。・・・てか気にして見てたんだけどな。」

野暮な否定はしないでおこう、あり得る事実を述べるまでさ。


「ふ~ん、まいいけどさ。てか見てるんなら早く手伝ってよね、もう」

「うっす、お任せくださいお嬢様」

「やだ、何その言い方?キモくない?」


 キモくて結構。カッコつけるのは似合わんとキミの言動が悟らせてくれたんだぜ。ちょっとチャラけるぐらいの方が、コミュニケーションもとりやすいし、飾らずに自然なふるまいが出来てるってことさ。


「んしょ!っと。それそれー!!」

レイの横にさっそうと立ち、飲料を手早く並べていった。

「何よ、そこどいてっ!頼田はこっちで、ウチはそっちでやるから!」

ドスンとお尻の辺りに衝撃を受けて、俺はあやうく陳列棚に顔を突っ込みそうになった。


両手で瓶を抱えていたレイが、ヒップアタックでもって作業場所の交代を要求してくる。

「おい~!分かったけど押すなや~~!てかすごい圧力だなーソレ、・・・・エヘッ」

「え、何それ?何でちょっと微笑んでのさ?バカみたいだよ」


 そりゃあ不気味にも映るだろうがにやけ顔が収まらん。ヒップで押された感触の柔らかさに感激した俺は、にやけ顔にて商品を並べ続けた。


レイがやや不審な面持ちで俺のことを見上げている。

心が自然に導き出した笑顔だから、多少キモくても大目に見てくれってもんだ。


「変なの。頼田の変なこと考えてる顔が分かった気がするな~」

多分ほとんどダダ洩れてんだろう、ウブな男の感情なんて。


「頼田~どうよ調子は?」

 大きな瞳をパチクリと、時々コチラを心配げに見つめてくるレイの視線にはうっかりドギマギしてしまう。自然と呼び捨てへと変化しているところがまた心憎い。


 この娘は遊んでいるぞ、ウン。レイチェルは遊んでいるから、こないにこ慣れてるんだ男心のくすぐり方を。


 また失礼ながら勝手なイメージを彼女に結び付けることによって、なんとか己の心の正常化を図ろうとしていた。

それでも、単純に仲良くはなりたい。こうして初めて出来た仲間だし、初めての女友達だし。


「よしっ終わったぜレイ。あとそっちも全部任せといてくれていいぜ」

「そっか、あんがとね頼田」

ニコッと微笑んだレイの表情を見て、胸にほんのりと暖かいものが灯った感覚がした。


 少し遠くの未来への展望はなかなか開けずにいる俺だったが、今日明日生きる上ってかまた明日バイトする上での希望が、ムクムクとハートの辺りに湧いてくるのを感じていた。 


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