第34話 顔見せ回り
名刺代わりに自分の顔をひっさげながら、商店街メインストリートの各店を地道に回っていく日々に、俺は否応なく世間というものと向き合わされていく。
「あの~どうもボク頼田ライトと言いまして、今度稲ヶ崎商店街のフェスティバルで、明宮選手との野球対決をやることになりましたんで、どうぞご協力のほどよろしくお願いしまーす!」
ドブ板選挙活動をやっているかのごとく、なるべく朗らかに大きな声で自分の名前をアピールしながら腰をかがめて回る俺だが、さすがに握手まで求めてくる人はいないのでしない。
その代わりと言っては何だが、隣では用意されたチラシやポスターをひっさげ、
訪ねたお店や企業の担当さんへ黙々と配り渡してくれている盛川がいる。
「よろしくお願いしまーす。今度この彼、頼田くんが明宮くんと再起をかけた対決イベントを商店街のお祭りでやりますんでー。どうぞ応援してあげてくださーい!」
先週の授業において、突然玉野から発表されたイベント開催予告により、
俺たちは強制的にその実現・事前準備のために奔走することとなっていた。
あの時点ではまだ了解をとっていなかった商店街による協賛の許可は、その後すぐに下りたとの連絡が玉野からあり、今度はその対決イベントを盛り上げるための宣伝をしろと抜かりない興行主からの指令の元、
当のメインアクターであるこの俺が直々に、商店街を顔見せしながら練り歩くことになったのだった。
「はあしんど、ライトもお疲れさん。しかしあっついね~、
チラシも手に張り付いてべっとべとだよ。ねえもう結構回ったし、
今日はもうあと少しだけでいいんじゃない?」
「おうそうだな。でも俺はまだ全然大丈夫だから、その~盛川、荷物半分持つし・・・・・。
しんどくなったら言えよ。」
こうして商店街の各店を駆けずり回る日々は、何となく先日のアンケート回収の
過酷な日々を思い起こさせたが、今回は黒ずんぐりとしたバッグのお届け品が無いうえに、回る店舗の範囲は自分たちの裁量に任せられていて、
なにより隣でお互いに励まし合う友人の存在が心強く、それほど身体的な意味での疲労感は感じずに済んでいた。
しかしこれが果たして学業の一環なのか、それともフィールドワークというやつなのか?
夏の初めの熱さの中、店主さんからの反応もそれほど好意的なものばかりではなく、少々のぼせた盛川を引っ張りまわしている辛さもあって、イラつきから俺の笑顔は段々とひきつっていく。
「こっこんちわー!ボク頼田ライトといいまーす!
今度商店街のお祭りで明宮選手と野球で対決やることになったんで、
その時はぜひ応援よろしくお願いしまーす!」
「へえ今度のお祭りのイベントねぇ・・・・・・えっ明宮くんとの真剣勝負?って君、頼田ライトって、確か甲子園でミスしちゃったマッドネスアームの子だよね?
よくもまあ・・・・・」
話を聞いた瞬間、大抵の人は眉間に皺寄せて若干引き気味なリアクションをとりながら、俺とチラシを交互に見遣る。
そして俺の人間性や、イベント情報の信憑性について確かめてくるのだ。
そもそも俺が明宮と野球の試合をするなんていう宣伝チラシを持っていったら
さすがに大抵の人はすぐに思い出してしまうに決まっている。
奴との因縁、マッドネスアームの由来となった事件について。
・・・・・だから当然一番多い反応がコレだ。
「あっそう。あの明宮くんとね~ってかケガさせた相手と、本当に対決なんかするもんかねー?なんか冗談っぽいけど。そっか。まっ覚えてたら見に行くわ」
ほとんどの人から好意的なものや関心めいた反応は返ってこず。
よくてやや興味を示す程度といったところだろうか。
「そうですか。はあ分かりました、頑張ってください。あっ!ちょっどいて、
いらっしゃいまっせ~~~~!何名様でしょうかー?」
それでもまあ、ぞんざいに扱われたり反応が薄い分にはまだいい。
「おいっ!おいおいおい!てめぇ頼田。どの口がまた野球やりてぇなんて言ってやがんだコラっ!あの明宮くん相手にピッチャーやりたいだぁ?
まずは体に当てない程度のコントロール身に着けてから言えってんだ。このバカ野郎がぁ!!」
数としてはそう多くないんだが、明らかに俺に敵意むき出しにして
罵声を浴びせてくる人もいて、そういう人と出くわした時にはそそくさとまず盛川から撤退し、俺もすぐにじりじりと後退しながら、
「ありがとうございましたー!」と、
何の感謝の気持ちもこもらない、サヨナラのセリフを捨てて去っていくのだった。
「やっぱ明宮くんのファンはまだ多いみたいだねー」
「はは、それだけかな・・・・?」
盛川は気を使って俺の印象が悪いんじゃないとフォローしてくれてはいたが、
こういう人たちがいることは、ある程度割り切って考えなければならない事実であった。
なにしろ世間的なイメージは、バッシングを浴びせられていた頃から何の名誉も回復されていない、マッドネスアームな俺のままで止まっていたからだ。
知らない人にしたらそれが突然姿を現し、お祭りイベントで
また野球やりまーす!なんて、よくもまあいけしゃあしゃあと言えたもんだな!と、
それも頭にぶつけた相手を引っ張り出してきて、今度はピッチャーやらしてくれだと?こいつは自己顕示欲丸出しのとんだサイコ野郎だぜと、蔑んだ目で見られるのも仕方がなかった。
仕方がないとは言わないまでも、あまり賛同はされないだろうなってことはなんとなく想像できる。
なにせほとんどの人が、俺の人間性やここに至るまでの経緯なんて実際何も知らないのだから。
「いや~実は心配してたんだよ、地元の高校だったし。そうか~頼田くんってまだ野球やってたんだね~。うわ~楽しみだな、絶対応援しにいくから頑張ってくれよ!」
それでもなお、一通りドン引きした後に応援の意思を示してくれる人は
少なからず(反発する人よりは確実に多く)いた。
そういうお店や企業の人に出会えた時にはムクムクと胸の中に勇気が沸き上がってくるのを感じ、
「やったじゃん!」と
決まって盛川が俺の背中にグータッチをして励ましてくれることには、
大いに励まされる思いがした。
一通り商店街を宣伝して回ってみてその反応を思い返すと、
好意的な反応が三割強、あまり関心なしが五割、あからさまな否定や罵声を浴びせてくるのが二割弱といったところだろうか。
「おいおい、商店街の人たち大半が無関心か否定的な反応だったけど、
本当に明宮と勝負なんてして盛り上がるんだろうか?」
とさっそくこの手ごたえを結果として玉野に伝えてみたところ、
「ええっそんなに~?そんじゃあとりあえず大丈夫でしょ!」
と自信をもって返されてしまった。
データ派の玉野にだからこそ、その根拠はと問うと。
「だって賛成三割、どちらでもない五割、否定二割って、今の政権支持率とほとんど同じじゃない?なんだかんだで現政権って続いているしさ、
その程度の支持でもあるんだったらまあ見る分ぐらいには一応興味持って見てくれるってことだよ。
もしそこで、とんでもないパフォーマンスでも見せようもんなら、それは一気に熱狂の渦に入ること間違いないよねっ!」
玉野にしてはイマイチ根拠に乏しい説のように感じてしまったが、
「あっああ、そうなの?じゃあよかったわ」
官僚に丸め込まれる政治家のように、俺もしたり顔して相槌を打っておいた
しかし世間はいつだって話題に敏感なようで、
時がたつにつれ実際に玉野の読みは、徐々に的中の予感を強めていくのだった。
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