第43話 ギリギリの直球勝負

 全身をじわっと浸すだるさにより相手の気配に気圧されていることを感じた俺は、

まず一球放る前に自分に活を入れようと大きく声を張って叫んだ。


「全球真っ直ぐしょうぉ~~~~~ぶ!!」

ボールを明宮に向ける。打てるもんなら打ってみろ!と。

「こおぉ~~~~~~いぃっ!!」

負けじと明宮もバットを掲げて声を張る!


 ≪ウオォォォーーーーーー!!≫

球場の観客たちもそれにつられて、一斉に盛り上がりの歓声をあげる。


 井庭さんが出すサインを確認するまでもなく投球ポジションに入る。

初球はもうどこに投げるか決めていた俺は、人差し指が出る出ないかのタイミングで頷き、左足を引いて腰の高さまで上げる。


 最初はインコース高め、

明宮の状態に探りを入れるためには絶好のコースだろう。

ボールに対する恐怖感が本当に取れているかどうか、このコースにどう反応するかで一度試しておきたかった。


 慎重にコースを意識して、8割程度の力で腕を回転させ振った!

真っ直ぐ指にかかったボールが高めのゾーンに進んでいき、

インコースよりはやや真ん中よりに入ってしまった甘い球に、明宮は迷いなくスウィングを仕掛ける。

 

 ブウゥゥン!風を切る音と同時にカチィィン!という金属音が鳴り、ボールはミットに収まっていた。

≪ふぁっ、ファウルチップです!第一球は惜しくも捉えそこなった明宮くん、

ストライクワァーン!となります!≫

ふうっ、とマウンド上で俺は息を吐く。


 今のスウィング、一球目にしてはタイミングが合っているように見えた。

おそらく明宮はスピードボールに対応する感覚を取り戻している。

額の汗をぬぐいながら考える。初っ端からでもフルに力を入れなければマズイ。

多少ズレたとしても今度はより速いボールを投げなければならない。

俺はもう一度同じ内角高めコースに投げることを選択する。


 井庭さんからの指が一本出たタイミングでうなずき、再び脚を上げて腕を回転させる。

前腕に力を込めると、スリークォーターから腕を振ってボールを解き放つ。


 一直線に進んだボールはうなりを上げて突き進み、今度も狙いよりも若干甘く真ん中高めのコースへ入っていった。

 

 やはり仕掛ける明宮、強烈なスウィングでバットをかすめたボールは、金属音がしてあえなく真後ろのバックネットに突き刺さっていた。

≪これまた惜しい~~~~!二球目もファールボール!後ろに飛んでしまいましたねー!いや~残念―!≫


 ファウルではあったが今のも紙一重だった。

少しバットの角度がズレていれば後ろではなく遥か前方のセンターの掲示板まで放り込まれていただろう。

ただこれでツーストライクとコチラが追い込んだのも事実。

あと一球配球面で工夫をこらせば、どうにか討ち取ることは可能かもしれない。


 高めにいった前の二球を布石とするには、外角低めでまともなスウィングをさせない手が浮かぶ。

そう考えていると井庭さんも同意見だったらしく、いきなり指を三本示して主張していた。

 

 すんなり俺もうなずき投球ポジションに入る。

より速い球を投げるため、素早く振ることを意識した腕を後ろに引いていき、回転させながら空気を切り裂いて放つ。


 一直線のラインを描いたボールは、外角低めのボールゾーンへと突き進む。

打ってもコレは長打にはできないと胸を撫で下ろした瞬間、強く足を踏み込んだ明宮は強引にしゃくりあげるスウィングを仕掛けた。

 

 キイィィーーーーン!

甲高い金属音と共に、ボールは高く舞い上がって見えなくなった。


 そのまましばらく皆が上を見上げたまま7秒ほど経っただろうか、

スーッと力なく落ちてきたボールを、内野後方でグラブを構えたショートの選手がバシッとキャッチしていた。

『ああ~~~~っ』

観客席から一斉にため息と拍手が漏れ聞こえる。


 ≪オーマイシット!明宮選手ショートフライー!残念!

一打席目の勝負はー頼田ライト選手の勝利となりまーす!しかしそのパワーの片りんを見せつけてくれましたねー!次の打席に期待しましょう。

では続いて二打席目の勝負、いっちゃいましょーかー!!≫



「ハァハァ・・・・」

打ち取ったはいいが、暑さと緊張のせいかとんでもない疲労感だ。

呼吸がなかなか整わず、意識もうすぼんやりとしてくる。


 喉が渇いて水分が恋しい。

じっとりと汗が染み込んだアンダーシャツが不快に感じてくる。

こんなに多くの人が俺のことを見ているのに、誰も近寄って来てはくれず、

マウンド上に祭り上げられた投手の孤独というものを痛感する。


 切り替えの早い明宮は、既に次の打席に備え威圧的なスウィングを繰り返し挑発している。

さあ次のボールくれよ、とでも言わんばかりの獲物を狙う視線を俺に向けながら。


 ・・・・ったくいい加減にしてくれよ。あと二打席、ストレートのみをあと何球投げなきゃならんかは分からんが、

それをまともに前に飛ばさせないというのは不可能に思えてきた。

「・・・・・頑張れーライトー!」

 疲労と相手の気迫に押され、少々気持ちが萎えかけていたところに俺のことを呼びかけている声に気付く。


「しゃんとしろっ頼田―、ウチらがついてるぞー!

それは意識するとハッキリ聞き取れる。俺の視線に耳にクリアに伝わっていた。

「いいぞーライトくーん!その調子、君なら出来るよー!」

「ライト頑張れーっ応援してるよー!!」

ふと顔を上げてベンチを見ると盛川にレイ、玉野の三人それぞれが、

大きく手を振ったり飛び跳ねたり、祈る様に手を結んだり、それぞれのスタイルで懸命に声援を送ってくれているではないか。

 

 「ふっ・・・・・」

思わず笑みがこぼれ、気分がすっと安らぐのを感じる。

一服の清涼剤を打ち込まれたように、途端に全身に活力がみなぎってきた。


 もう恐れる必要はないんだ。

たとえどんな結果になろうとも、自分の持てる力を振り絞ることがこの仲間たちへの最高の結果(パフォーマンス)なのだから。

もう一度明宮に対峙するために、深く息を吐きプレートを踏みしめた。



 2、3度足場を踏み慣らしてからバットを担ぐように片手で持ち、明宮がバッターボックスへと戻ってくる。

バットを小刻みに揺らしてから構え、やがて先端をコチラへ向けてくる。

 勝負開始の合図だ。

「プレイッ!」審判からの張りのある声が飛ぶ。


≪さあー二打席目の対決―!一打席目でしっかり振ってタイミングを図っていた

明宮選手―いよいよホームランを見せてくれるんじゃないかー!≫


 集中するとざわめきは聞こえなくなり、この蒸し暑いマウンドの上でも

心を落ち着け冷静に考える、相手の狙いを。


 長打しか狙っていない明宮は、さっきの打席でも強引に低めの球をしゃくりあげていた。

それならやはり体に近いインコース、それもなるべく当てにくい低めの方がいい。

そう考えながら井庭さんの出すサインを見て。4のところで俺は頷く。


 足を引いて投球モーションに入る。

少し内側に寄った井庭さんはミットを低めに構えた。

全力よりはやや出力を落としても、指のかかりとコントロールを意識する。

低めを狙う分、マウンドからキャッチャーまでの対角の線を貫くように、サイド気味から腕を振って投げる。


 ギュウゥン!と勢いよく放たれたボールは狙い通りのコースを通り、

真っ直ぐ井庭さんの構えるミットに突き刺さった。

『ストラーイクッ、ワンッ!』

ギリギリ入った低めのゾーンに、明宮は手を出さなかった。

「よしっ!」

ようやく決まった狙い通りの球に、少しこぶしを握る。

「ナイスボール!」

井庭さんからもお褒め付きのボールが返ってくる。


 気を良くした俺は、井庭さんが出す人差し指のサインにさっそく頷くと

そのままの勢いで二球目のモーションに入った。

相手にあまり考える隙を与えたくはない。

内角高め、徹底的に難しいボールで攻めてやる!


 スリークォーターからの高めのラインを意識した腕の振りでボールを放つ!

肩口目がけて飛んでいったボールは、狙いよりは高めにずれた分打つには厳しく、やはり明宮はスウィングはしなかった。

 

『ボールゥ!ワン』

だが明宮の反応自体はハッキリ見て取れた。

結果的に腕付近に来たボール球を、アイツはやや大げさに感じるほど顔を背けて避けていた。

回復したとはいえ、まだ多少の後遺症は残っていても仕方ないのかもしれない。

そう考えると気の毒にも思えるが、今は勝負をしている以上温情をかけるわけにもいかない。


 徹底的に厳しく。

そう考えるとインコース高めの次は対角である外角低めが定石。

サインを見て三本指のところでうなずくと、俺は三球目の投球モーションに入る。

 

 外側に寄った井庭さんが低く下に向けてミットを構える。

足を少し高く上げると、勢いをつけながら体を横に回転させていき、

肘の位置を高く保ったまま、地面を這うような軌道を意識してサイドスローから腕を振った!


 チッ!とボールが指の爪をかすめて離れていく。

球離れが若干早かった!

指のかかりが悪く勢いにやや欠けたボールが、それでも真っ直ぐ進んでいく。

それも外寄りのストライクゾーンに入って。

瞬時に、背中にゾクッと寒気が走るのを感じた。


 甘い球が来たと、明宮は猛烈にスウィングをしかける。

遠心力を利かしたバットの先端が、ボールに食らいつこうかというその瞬間、

ボールはわずかに逆方向に沈む。

球離れが早かった分シュート回転したのだろう。

それでも明宮は態勢を泳がせながら片手でスウィングしたバットを

ボールにぶつけると、強引に角度をつけて打ち上げた!


 フライが高ーく上がり、センター方向へと飛んでいった。

グングンと加速をつけたボールが空を進む。

それを仰ぎ見ながら外野手がじわじわと後退していく。


『ウオォォォ――――――!行ったーーー!!』

観客たちはもうホームランを確信して銘々に立ち上がり叫んでいる。

祈るような気持ちで俺は歯を食いしばり、推移を見守るしかなかった。


 バックしていったセンターの選手は、ついにその背をフェンスに預ける。

後ろを手で押さえて気にしながらグラブを上に掲げると、

そのまま落ちてきたボールをすんなりキャッチしていた。


『ああぁ~~~~~~っ!!』

さっき以上の大きなため息が、地響きのように客席から漏れ伝わってくる。

「打てるっ!打てたっ!打てるぞっ!クソッ!!」

よっぽど悔しかったのか、明宮がバットで自らのヘルメットを叩き戒めている。


≪くぅ~~~っ惜しい~~~~~~っ!!あと一歩明宮選手及ばず。

第二打席はセンターフライに終わってしまいましたー!

これでツーアウトです。イヤー残念。

あとは最終三打席目が残るのみ。これはもういやが上でも期待できます。

なんせ距離が段々と伸びていってますからねー!

さあーラストは一発お願いしますよー明宮選手―!頼田くんも頑張れー!≫


「ふうっ、お情けの応援なんていらねぇんだ・・・・」

額の汗をぬぐいながらホッと胸を撫で下ろす。

 今のはヤバかった。

結果オーライで負けスレスレだったことを自覚すると血の気が引いていく気分だ。


「オッケー次がラストだー!頼田くんまだボールに勢いはあるぞ自信をもって!」

井庭さんから渡されたボールを握りじっと見つめていると視界がクラっと歪む。

マズイ、ショックで少し気が遠くなったかも。

「ハァ、ハァ・・・・・」

だが残りはあと一勝負、ここからはもう後先考えず全力で腕を振るって

三振に取ればいい・・・・・・。それだけで、いいんだ。


 息は荒くなるし、周りの景色もうっすら白みがかって集中がとぎれているのを感じる。

極度のプレッシャーのせいか体力の限界がそろそろ近いのかもしれない。


「頑張れー頼田―!」「ライトーあとちょっとだからー!勝ってー!」

「お、おけー」

たった三人でもチアの恰好で応援してくれる仲間に無理にでもこぶしを上げて応える。

そして、そのまま胸を叩いて自らに活を入れる。

「っしやっ!」

気合を入れてから帽子のつばを抑えてグッと深くかぶった。

視界を明宮とその周辺だけに集中するように。

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