第42話 対峙

≪スタンドにいらっしゃる皆さま、お暑い中を大変長らくお待たせいたしましたー!

いよいよ試合開始となります。只今より稲ヶ崎フェスティバルー本日のメインイベントー!素晴らしい二人の高校生プレイヤーによる、

因縁の野球対決をご覧いだだきましょうー!≫

 

 太陽が真上に位置を付けた昼過ぎ、

熱気揺らめくグラウンド上についに俺と明宮は向かい合う。


 ざわめく球場内に軽薄な男性アナウンスの声が響き渡る中をー、

所定の打ち合わせ通り俺と明宮はそれぞれ一塁側と三塁側のベンチ前に分かれて出番を待った。



≪まずはーコイツー!昨年の夏の甲子園ではー、あの天才スラッガー明宮真太郎を、その自慢の強肩、通称マッドネスアームによって一度は地の底へ沈めた男―!

問答無用で気に食わねえ奴はブッ飛ばすー!それがコイツの信条だー!

さあ~出てこいや、マッドネースアーーーームゥウウウー

頼田ぁぁ―――ライトぉぉーーーーー!!!!≫

 どこのプロレスイベントだよ!?俺のことを露骨にヒール扱いしたアナウンスにイラつきを感じながらも、俺は冷静になろうと呼吸を整える。


「頼田―ファイト!ウチらがついてるよー!」

「頑張ってーライト!辛くなったら私たちを見てー!」

ベンチから声援を送ってくれるチア女子二人の存在を意識すると、

俺は落ち着いた足取りでホームベース付近まで進んでいく。


≪さあ~続いては皆さんお待ちかね、我らがヒーローの登場です!

高校球界に颯爽と現れ、ホームランを量産することで未来を約束された男―!

それが甲子園で魔(マッドネス)の手(アーム)にかかりー、

一度は再起不能とまで言われたがー!ヒーローに逆境はつきものー!

転んでもただでは起き上がらないー!リベンジの機会を窺ってー、

ひそかに爪を研ぎ続けていた天才は、前より三割増しでパワーアップして帰ってきたー!その存在はもはや伝説。さあ~出てこーい!

ナチュラルキングー明宮ぁぁ~~~真太郎ぉぉぅ~~~~!!!≫


 誇張しすぎたアナウンスを一切気にする素振りもなく、

早くもバットをその手にした明宮は悠然とコチラへ向かって歩いてくる。

グレイのシックなユニフォームの胸には、AKEMIYAというローマ字書体の刺繍が入っていて、やはりその自尊心の高さは相当なものがうかがえる。


 こうして改めて自信たっぷりのコイツを近くで見ると、上体の筋肉の盛り上がりといいやはりただモノでは無い威圧感だ。

「よお頼田久しぶりだな。今日は俺の相手よろしく頼むよ」

「なんだ、お前もう野球辞めるとか言ってなかったっけ?」

わだかまりもなくあまりに余裕たっぷりに話しかけてきたもんで、

つい皮肉を交えて揺さぶりをかけてみたくなる。


「ハハハ言ってくれるな。これだけ多くの期待を背負ってそう簡単に辞められるものか。

それに状態がもうすっかり回復したんでな。本格復帰を前に頼田のボールで試したくなったんだ」      

 球場内野席の方を見上げおそらく家族に手を挙げ応えている。

コイツはもうこの先の景色を見ているらしい。


「ふっそっか。まあ明宮が回復してくれてるってのは嬉しい限りだけどな。

嫌味じゃないぜ、俺の精神的にだ。だから今日の勝負では容赦なくお前のことを討ち取らせてもらえそうだ。ふんお互い覚悟だな」

「ああそうだな。悪いが今日のキミはこないだの僕と全く逆の立場になる。

マウンドにうずくまって立ち上がれなくなるだろう。それでジエンドだ。

会うのはおそらく今日で最後だ、覚悟をしとけ頼田」

 そう言うと俺の顔にバットを向けた。

挑発的な言動に思わず俺が明宮を睨みつけると、相手もさらに眼光を鋭く返してくる。


 ホームベース上で握手するはずの場に、不穏な空気が立ち込め始めると。

「お~~~っと、ちょっと待った待った君たち~!ケンカじゃないんだからね」

「そうそう落ち着こうよお互いに。こんな場でトラブルとなれば復帰が遠のくよ明宮くん」

 近くで見ていた今日の審判を務めるおじさんと、キャッチャー役の井庭さんが調停役となってお互い制止される。

≪おーっと試合開始前にもうバチバチやりあってるぞー!!さすが因縁の対決だーーー!!さっそく盛り上がってまいりました~~!!≫

ったく、これじゃチープな実況を調子づかせるホントのプロレス興行になっちまいそうだ。


 「ライトくん、ナイスファイト!」

一旦ベンチに引き下がると、まるで二人の振舞いが演技だったかのように

カメラ片手にした玉野は俺と明宮によるテイク1を褒めてくれた。

「言っとくけど俺超マジだったからな。アイツにマジでムカついたんだぞ。

ふん、ぜってー倒す!」


 ベンチからグローブを取って、ボールを打ちつけながらマウンドへと向かう俺に、

巨匠玉野から最後のアドバイスが飛ぶ。

「そう、その意気だよ!君は気分屋だからっ。しっかりそういう気持ちを込めてねっ!

さあいこうっ!本気のライトくんフライハーイ!」

『フライハーイ!』

 なんのこっちゃ・・・・?玉野とレイ、それに盛川までが同じく声を揃え、

両手を大きく横に広げた挙げたポーズにて送り出してくれた。



 マウンドへ上がった俺は、腰を下ろした井庭さん相手に投球練習を開始する。

まずは軽く、肘の位置と腕のしなりを意識しながら3球ほど投げる。

初めての投手としての実戦ということもあってか、小高いマウンドの上は全ての日差しが注がれているように異様な熱気を感じる。

 

 バッターボックス付近では既に準備万端といった様子の明宮が、俺の投げるボールに合わせて素振りを見せつける。

その一振りごとに、うわぁ~!というお客さんの歓声が沸き起こり俺の集中は少しそがれる。


≪さあて彼らが準備をおこなっている間に今回の対決における、ルール説明をおこなっておきましょう!勝負は三打席!そのうち長打性の当たりが一本でも打てれば、明宮くんの勝ちとなります。これは単なるヒットでは満足できないという明宮サイドからの申し出により決まりました!

まあ明宮選手なら打てるでしょう!お互い頑張れ!≫

 この試合のためにボランティア参加してくれた、地元社会人クラブの選手たちが和気あいあいとそれぞれ守備位置についた。


「投球練習あと3球ぅ!」

球場内の喧騒と明宮の視線に若干のイラつきを感じていた俺は、

少し黙らせてやろうと徐々にギアを上げていく。

「よぉし、こいっ!」

ホームベースの後ろに構えた井庭さんのミット目がけて力を込める投げると。

パァァン!と、ミットの皮を弾くいい音が響いた。

 

 さらにもう一球!もう一段力を入れて腕を振る。

バシィィッ!と今度は鈍い音がして、

井庭さんが思わずボールを捕った手を振った。

痛みに耐えられないほどスゴイ球だったというアピールだろう。

「オッケーナイスボール!ラスト1球ー!」

少しオーバーに感じながらも、ミットを手で叩く音と威勢の良い声に乗せられて、

俺は腕に力を込めて投げる。


 じっとコチラを見つめている明宮と、その背中だけを追っている観客を意識して、

ラストの一球は見せつける気持ちで思いっきり腕を振った。

空気を切り裂いたボールは真っ直ぐ伸びていき、井庭さんの構えるミットをも弾いて、バックネットに突き刺さった。


 金属を叩く衝撃音にざわついた球場内が一瞬静まり返る。

何が起こったかよく分かっていないのだろう。


≪・・・・・・あっああ~、一体どこ投げてるんだ、マッドネスアーム~!

相変わらず大暴投グセは抜けてないのか~い?また頭にぶつけるなんて

オチは誰も見たくないんだぜ~、ハッハー!≫

 案の定、暴投したという体でアナウンスが俺のことをイジりだし、

観客席も少し間を空けて失笑に包まれた。


 すぐさま井庭さんが俺の元へ駆け寄ってくる。

「悪い、今のは俺のキャッチングミスだ。高めのストライクゾーンに入っていたと思うが、予測を超える伸びで浮き上がったように感じて弾いてしまってたよ。

今まで見たことのない軌道で、間違いなくナンバーワンのストレートだ!」

 実際そのボールを目にして衝撃を受けた当事者の偽らざる感想だろう。

引きつった表情がその衝撃を物語っている。


 素直な感想にすっかり気分を良くした俺も、調子に乗ってアゴを高くする。

「へへっそうっすかね。まっ俺はストレート一本で勝負するしかないんで、

本番ではさらにもう一段上げるつもりっすよ」

「そうか。それなら頼田くん、こんな直前で悪いんだがサインを決めさせてくれないか?

俺はストレートだけならどこへ来てもキャッチできるだろうと安易に考えていたが。君のボールを実際に受けるのはそう簡単ではないみたいだ。

アバウトにでもコースぐらい決めておいた方がいいと思うんだけど、どうだろう?」

「・・・・・えっと、はいっ、俺もその方がいいと思います」

 要領がよく分からない俺は、井庭さんの指示のもと即席でサインを決める。


 俺から見て左上、明宮に対する場合の内角高めのゾーンが指一本、

そこから時計回りに右上が二本、その下が三、左下の内角低めが四本で、

投げたいところでうなずくという形でスムーズに決まった。

ちなみに真ん中に投げる場合は頷かずに投げることになる。


 

 明宮が土を踏みならしながら、ゆっくりとバッターボックスに入った。

審判と井庭さんへ一礼をする。


≪さあ~ついに準備が整ったようですねー、

それではいよいよ試合開始となります!≫


 審判から渡されたボールをグッと握って、

俺はプレートを踏んで明宮と向かい合う。

バットを空に掲げた明宮はその先端をそのままこちらに向けて挑発している。

しばらくお互いがピクリとも動かずにらみ合った。


『ピッチャー、バッターお互いに健闘を祈る!プレイボール!』

 審判が声を上げると、ようやくバットを動かし頭上でクルっと回すルーティンを取り、明宮は構えに入った。

フラ~フラ~とバットの先を軽く揺り動かしながら投球を待ちリラックスしている姿は、いつでも来いといった自信を感じさせた。


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