第41話 周りを取り巻く視線

 試合開始まで二時間を切った頃に、徐々にスタンドへとお客さんが入ってくる。

この球場は収容人数七千人と、地方の市営球場にしては立派なものだと思うが、

それでもゾロゾロと内野から人で埋まりだすと、いずれ満員になることを予測できる勢いだった。

 そんな人の入りに合わせるように、この群衆が期待して待っていたであろう存在がついにその姿を現す。


 三塁側内野スタンドの奥へとざわめきと共に人が集まっていき、

やがて皆が注目して眺めているレフトポール際の出入り口から、今日の試合の主役とみなされる男、

明宮真太郎が、悠然とこちらに向かって歩いてくるのが見て取れた。


 明宮が、意外にもたった一人で自らバットケースを抱えて歩く姿は、どことなく戦国時代の侍の姿を連想させるものがあり、俺は思わず息をのむ。


『きゃ~頑張って明宮く~ん!』『うぉー明宮だー!』『しっかりやれよー!』

『ホームラン期待してるぜー!』『きゃ~カッコいい~愛してる~!』

 歩いている明宮に向かってスタンドから威勢の良いのから黄色いのまで各種の声援が飛び交っている。


『兄さんファイト―!』『頼田なんてボコボコにしちゃえー!』

 俺のいる真上辺りからは、おそらくここにいることを知らずか明宮の双子の妹ちゃんたちが声援を送る声までが聞こえてくる。


 そっと身を乗り出して確認すると、双子を囲むように黒服集団が威圧感たっぷりに陣取っており、一瞬目が合った俺はすぐに身を引っ込めた。

あからさまにコレもん(頬に傷)の気配だ。


 異様な緊迫感に高まった球場内で、久々にマジもんの明宮の迫力に、

どう迎え入れようかとビビっていると玉野が俺を手で押し戻し、

「明宮くんはボクが出迎えに行くから、君は控室に下がっていろ」と追い払われた。


『対決相手とは本番まで顔を合わさない方がいい、お互い新鮮な気持ちで対峙してほしいから』と

巨匠の映画監督みたいな理屈を語られた。


 何も言えずレイと盛川と一緒になって控室へ戻ると、そんな緊張した空気感なんてどこ吹く風といった弾む声が響いていた。


「やあ~頼田くーん。お腹空いてなーい?アタシがお弁当持ってきてあげたから、

ほら好きなのどれでも食べていいよー!って実は余りもんだけどね」

 大量のお弁当をテーブルに広げた沙月さんが一人で宴会といった雰囲気でコップを傾けている。


 球場観客向けへのお弁当を手配しにきたついでに俺の様子も見に来てくれたらしい。


「うわ~沙月ちー、すごーい嬉しいなー!

ノリがいいレイは、さっそく皿に載っていたメロンをつまみだす。

 恥ずかしそうに脚をさすりながら盛川も席に着くと、お茶を入れながら俺にも勧めてくれる。

「美味しそうだよ。勝負の前にはまず腹ごしらえは大事だよね?」

 試合前のためか空腹感はさほど感じていなかったが、せっかくこれだけの魅力的な女性陣がもてなしてくれるのだからと、高揚感も相まってご相伴に預かることにした。


「しっかしすごい人だねー。球場周りとかもういっぱいでびっくりしちゃったよー。駐車場も県外ナンバーだらけだし、

みんな頼田くんたちの試合を見に来たんだね」

「あ、そうそうウチも来るとき思ったー。すごい人いるなーって。LRの友達もたくさん来てたよ。ねえこれってアンタらにしたら結構プレッシャーなんじゃない?」


「うん?まあな、うっううむ・・・・・。」

皆それぞれの気遣いが感じられて、心配させまいとした俺は、無理に唐揚げとおにぎりを同時に頬張ったせいで言葉に詰まる。


「いや、ライトはやるよ。少なくともこんなイベント前なのに、周りを見る余裕があったぐらいだから、よっぽど自信があるんだよ、きっと」

 代わりに俺の心境を推察してくれる盛川の言葉は皮肉交じりで、

逆にそれが信頼感の表れだと皆に強く印象付けた。 


 昼食を取っている最中、何度かグラウンドから大きな歓声が響いていることが気になり、食事を終えてからベンチに出てみると、

実に圧巻の明宮によるパフォーマンスショーを目撃することになった。


 その風景がなんとも痛快で、カキーン!カキーン!と

甲高い金属音を響かせた打球は、あっという間にスタンドまで運ばれていき、

これはもうホームラン競争といった方が正しいかもしれない。

外野の草むらの上ではそれを目当てにして子供たちが楽し気に走り回っている。


 しかも打撃投手はマウンドより3メートルほど手前に来て思いっきり直球を投げ込んでいるではないか!?なのにいとも簡単に、明宮はボールを捉え続けている。

『うわ~っすげ~な』

大半のお客さんと同じく、俺も言葉にならず感嘆の声しか出ない。


 これはもう、アイツは・・・・・・。

「回復してるようだね、明宮くん。もうすっかり平気みたいだよ」

同じくベンチにやって来て隣で眺めていた玉野が、俺の抱いた印象をさらに強調づける。


「ほら、あそこ見える?バックネット裏。スカウトの人たちもたくさん来てるみたいだよ」

「そっか、まあ良かったんじゃね?元に戻ったんならさあ。・・・・・で、

アイツはなんか言ってたか?」

「うん。えっとね、まず感謝するだってさ。おかげで自分は前以上の選手になれたからって。それで今日の試合ではライトくんを踏み台にして、覇道ルートへ復帰させてもらうとしよう、とも言ってたね。何だろうねそれ?」

「ははっそりゃ大層なこった。アイツも自粛中ゲームやり過ぎてた口なんじゃないの?」

 ついこないだまで消沈してた奴の台詞とは思えず、その持って生まれた自尊心の強さとメンタルの回復力には感服する。


「でもさあ、明宮がもうすっかり回復したってんなら、今日の試合は一体何のためにやるのかな・・・・・・?」

 明宮の状態を確認したことで、自分がしょせんかませ犬に過ぎないんだと

自覚してしまうと、不意に弱気の虫が顔を覗かせ始めた。


「なに?ライトくんはもう自分から負けたとか思ってんの?怒るよ。

ボクはそんな一方的なイジメみたいに見えるマッチメイクとかしないから。

二人が共に最高の選手で、なおかつ皆にその能力を知ってほしいと思ったから今回のイベントを企画したんだよ」


「うん、それは分かってる。けどちょっとな悪趣味にも映るんじゃないかと思って。俺は明宮との因縁があるって皆が知ってて、なのにそれを個人的に利用して、対決イベントとして盛り上げようだなんて・・・・・。」


 少し悲しそうな表情をして玉野は首をかしげる。

「分かるよ気持ち的にはね。悲劇を利用して商売してるみたいなことでしょ?

・・・・・でもね、ボクはそれでもいいと思ってる、

君たちの間に起った出来事を、単なる悲劇で終わらせないためには」


 悲劇に肯定のニュアンスを込めた言葉に強い決意を感じた。

理論ではなく、強い意思で語る言葉は徐々に熱を帯びていく。 

「どんな辛い出来事の先にだって道は続いているんだし、そこでもがき続けている人たちがいる。傍から見れば滑稽に映るだろう人たちがね。

だからボクは見返したいんだよ!この大勢の観衆の前で悲劇に見舞われた君たちが、それを乗り越えて躍動する姿を見せてよっ!」


「ふっ、そんな大層なもんかよ?ずいぶんと買いかぶられたもんだな。

ただ俺が大勢の前で明宮目がけてボール投げて、ホームラン打たれて喜ばれて終わりってだけだろ?」

 鼓舞する言葉は充分届いているのに、どうにもあの日からの俺は、

照れ隠しで道化を演じるクセがついているようだ。


「だね、ボクはグロテスクなんだ。悲劇に見舞われた君たちを、

客観的に照らし出すことで人々を楽しませるショーにしようとしてる。

・・・・・でもしょうがないよね。こういう形でしか君らは見返せないんだし、エヘヘ」

 合わせておどけた調子で返されたことで、俺の強張った心は少し軽くなった。


「ははっわーったよ、悪かったな玉野。ちょっと自信なさげなこと言って。・・・・・・俺、絶対勝つから。みんなをアッと驚かせてやろうって思う。

ちゃんと、マッドネスアームらしくな」


「・・・・・ああ、なんだか今、分かった気がする、ボクがこのイベントを企画した本当の意味が。うんきっとね、みんなに自慢したいのかも。

こんなにスゴイ人たちをボクが発掘したんだよー!って。

もちろん大好きなキミのことだよ、ライトくん」

 冗談めかした愛情表現を有難く感じながらも 軽く受け流して笑い合う。

「おいやめろよ玉野。俺はたった昨日フラれたところの絶賛傷心中だが、

男といえども慰めは受け付けてないから」


 まだあの日のトラウマが抜け切れていない俺は、その時と似た今の状況に弱気のハートが顔を出しかけたが、それからの仲間たちによって既に強く武装されていたことに気付く。


 決して一人ではここまでたどり着けず、皆に後押しされただけの転がってきた道かもしれないが、そんな人たちのおかげで俺は今、強い意志を持ってこの場に立っている。

 

 明宮を見据えて、お前もそうだろ?と伝えたくなった。

誰かに言われるまでもなく、俺たちは好きで楽しいからこの場にいるんだ。

明宮を見据えて目を閉じ、自分の投げるボールをイメージさせた。


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