第40話 試合前の団らん

 夏の煌めく太陽の元、蝉の声が奏でる喧騒を聞きながら石畳の歩道を歩いていると、

ちょうど一年前の今頃も俺はここへ野球をしに来ていたことを思い出す。

 

 稲ヶ崎フェスティバルのメイン会場である中央運動公園。

ここに併設されている市営球場までやって来ると、

日差しで腫れた目がまぶしく感じながらも、球場の外観を眺めて感慨にふける。

 

 ちょうど今頃は夏の予選の準決勝あたりだっただろうか?

その時は、県予選を勝ち進んで甲子園にまで出場することが叶い、

結果的に敗北の涙を流すことなくその夏を終えたわけだが・・・・・・。


 

 とうとうこの日がやってきてしまった。

明宮との真剣勝負をおこなうイベント開催日が。

試合開始時刻は午後一時予定で、まだ三時間以上も前だが、

俺は当事者ということで午前中の早めの時間に、その準備や事前打ち合わせのため会場である球場にやってきていた。


 なのに今の俺はというと、緊張で心臓がバクバクということも、

対決に向けた気合で漲っているということもなくて、昨晩の余韻を思いっきり引きずったまま、アンニュイな気持ちを試合会場まで持ち込んでしまっている。



「ええっ、どっどうしたのライトくんその顔は!?」

「・・・・・おはよう玉野。まあ、そのアレだ。色々あってな」

 目を真っ赤に腫らし、あからさまに落ち込んだ姿を晒したまま

球場内の控え室に入っていくと、案の定玉野にドン引きされてしまった。

あ~思い出すとまだ少し泣けてきそうだ。


 昨日の晩、俺は盛川の強い決意によって告白するまでもなくフラれてしまい、

その場だけはなんとか気丈に振舞っていたのだが、その反動でか家に帰ってからの落ち込みようがハンパではなく、ずーっと泣きっぱだった。

 シャワーを浴びながらむせび泣き、ベッドに入ってからも枕に顔を埋めてすすり泣き、眠るまでずーっと涙が枯れず、我ながら人体のショックを癒す構造の不思議さに感じ入ったぐらいだ。


 ただ盛川の抱えていた苦悩や後悔なんてものをほとんど知らないまま、

勝手におしつけていた想いなどを考えると、自分のふがいなさにホントやるせない気分になって、いつまでも泣き止むことができなかった。

 感情に身を委ねることが、唯一の慰めと感じていたからだろう。


 当然、翌日のシミュレーションをする余裕なんて一切なく、

その分悪夢を見る余裕もなくて、頭と身体は意外にすっきりと眠れた感じはするのだが、いかんせんメンタルの方が・・・・・・。


 だがここに至ってはいい加減気持ちを切り替えなくはいかん、いかんのに。

「うっわ!どうしたの頼田その顔、うわ~、うわ~!」

「おう、はよーレイ。まあアレだ、ちょっとあってな」

 同じく控室に入ってきたレイが、俺の顔を見た途端

さっそくイジってくるもんで。また気分がどんより落ち込んでしまう。


「まあ何があったのか知んないけどさあ、とりあえずコレ当てときなよ」

 こういう時意外に素直なレイは、冷えたタオルを押し当ててくれるなんて、優しさスキルを発揮してくれる。めっちゃいい子やん。


 「あ~スッキリするわ~、あんがとな」

 身も心も少しずつリフレッシュされていくのを感じながら目を閉じていると、

ガチャッと扉が開く音がして、また部屋に誰か入ってくる。

匂いと気配でなんとなくそれが誰だか察しがついた俺は、緊張で身体が少しこわばった。


「おはよーゆっめ~・・・・・・ってアンタまでどっどうしたの、

何でそんなもん?」

「うんまあね。ちょっと、いろいろありまして・・・・・」

 レイのリアクションと、盛川の声に胸がかき乱される思いがした俺は、

タオルをどけてその姿を確認してみると。


「・・・・・おっす、盛川」

「おっおはよーライト、エへへへ・・・」

照れ笑いを見せる盛川の表情は、おそらく腫れぼったい目を隠すためであろう、

色は薄いが大きめのサングラスで覆い隠されていた。

「どうしたの、ねえあんた達?昨日ぜったいなんかあったよねー?」

興味津々に聞いてくるレイを前に、仕方なく盛川はサングラスを外しその顔を見せる。

俺ほどヒドくはなかったが、やはり目が若干赤くて腫れぼったかった。


「ええっじゃあ頼田が盛川に告って~、まあそれは何となく昨日の時点で察しはついてたけど・・・・・で、

結局ユメはそれをこっぴどく振ったってこと?」


「うん、まあほぼそんな感じ・・・・・」

盛川の口から説明させるとややこしくなると考えた俺は、

自分が先走って告った結果フラれちった、という簡単な構図にて説明をした。


「えっじゃあ何で二人とも揃って涙で顔腫らしてるわけ!?由夢までそんだけ泣くっておかしくない?そんなに悲しいならいっそ付き合っちゃえばいいじゃん?ワケ分かんないだけど~」

まあ当然そうなるわな。

俺だってまだよく分からんとこがあるぐらいだ。


 だがこれ以上もう失恋話を引っ張るのは気持ち的にもツラいし、

試合に向けてそろそろ気分を入れ直したいと考えていた俺は、

どう言い逃れようかと頭を悩ませていると、それまで俺たちの話を一人だけ異様に押し黙って聞いていた玉野が、突然溜まっていた鬱憤を爆発させる。

「あんた等は一体何をしとんじゃ~~~~~い!!なーにがフッたフラれただよアーコラー!!今がライトくんにとってどういう状況か分かってんでしょう!!

そんな青春ごっこなんていつでもできるよねー!でも今日の試合はもう始まるんだよっ!そこでライトくんがコケると全て台無しになるんだー!

もうホッントいいっ加減にしてよねぇー!!」

「・・・・あっ、はっはい。すいません」

 三人揃って年下の玉野に怒られ、大いに反省させられることになった。

おかげですっかり気持ちは入れ替えることが出来たのだが。


 イベントではそれぞれ役割が違うということで、盛川はレイと一緒になって押し出され、俺や玉野とは別の部屋に移されることになった。



「はぁはぁ、はぁ・・・・・・・、はぁ~っゴクリ」

 控室が二人になった後も、玉野は怒りをコントロールしあぐねているのか気持ちが収まらないのか、呼吸の荒さが気になった。

「なあ玉野、まだ気分が落ち着かないのか?悪かったよ。俺も今からはしっかり気合入れてやるから」

「ふぅ、うんそうだね。・・・・・・ようやく二人きりになれたねライトくん。

じゃあとりあえず上脱いでくれる?」

 ところが息の荒さは、また違った意味での気持ちの高まりからきていたようで。

「えっ!ちょっ、お前何言ってんだ玉野!?もう試合の準備しなきゃいけないんだろ?」

「はぁはぁはぁ、だから早くしなきゃダメじゃない、なんならボクが脱がせてあげようか?」


 さっきからずっと目を血走らせたまま、詰め寄ってくる玉野の強引さに俺は押し込まれる。

「わっわっあ~もう分かったから~、じっ自分で脱ぐからっ、

それでお前は俺に何をしろって言うんだー!」

もはや信じてここは言う通りするしかないと、俺は覚悟を決めてシャツを脱ぎ捨てると。


「はーい、じゃあこれに着替えてね!じゃーん!」

 バッグから何か袋を取り出した玉野は、その中に入っているものを見せつけてくる。

それは、試合で使うためのまっさらのユニフォームだった。 


「へっへー試合用。この日のために作ったんだよ、ねカッコいいでしょ?」

「あっなんだよ~玉野、めっちゃ良いじゃんそれ!」

 シンプルな白を基調としたユニフォームに、袖の部分とアンダーシャツ

そしてキャップが空の色をした鮮やかなブルーで彩られスタイリッシュに映る。

 はっきりとは読めないが、胸にはおそらくLR学園の標語である

Light of Rightの文字がプリントされていて、

LとRの文字を特別大きく目立つように金色でデカデカと縁取られていた。

 裏返して背中を見ると、俺の名前であるライトの文字が英語のLIGHTで表記されている。

背番号は14だ。


「まあぶっちゃけカッコよくて嬉しいんだけど、なんで俺の名前Lightって英語にしてくれたの?それならどっちかつーとRightの方かな~なんて思ってたんだけど」

「だって、光のLIGHTの方が、投げるボールや存在のイメージできてライトくんらしいじゃない?」

自分でそう言いながら照れくさそうにして玉野は笑った。

「背番号は?なんで14なの?」

「それはね、1がいいかな?って最初は考えたんだけど、やっぱライトくんは一人で投げるんじゃなくて、レイちゃんや由夢ちゃんそしてボクたち4人でそばにいるよって意味で、

合わせて14にしてみたの。どうかな、いいと思うんだけど」

「・・・・・ああそうだな。めっちゃ良いと思う。なんだか気合が入ってきたよ!」


 仲間の強いサポートを感じて気合が入ったおかげか、目の腫れぼったさまで

すっかり治まり、俺はさっそくユニフォームに着替えてグラウンドに飛び出る。



 軽くストレッチをしながら体をほぐしている最中、近寄ってきた玉野から

練習パートナーだとしてある人を紹介される。

 俺はその青年の顔を見るとハッとし、すぐに昨日の非礼を詫びるために頭を下げた。


「あの昨日の食事の時は、俺なんだかボーっとしてて、色々話してくれてたのにあんまよく聞いてなくて本当すいませんでした!」

「ははは、いやいいよ、って正直な子だな。うんじゃあ一応もう一度名乗っておこうか?

僕は井庭幸一。今は大学の野球部でキャッチャーやってるんだ。

今日の試合ではキミのボールを受けさせてもらう光栄を得てここに呼ばれた。今日はよろしくね」

 さしたる問題じゃないよと言わんばかりに、ニッコリと快く謝罪を受け入れてくれる。

俺は年上男性の懐の深さに痛み入って、自分も改めて自己紹介をして感謝を述べた。


 玉野の補足によると、井庭さんは明宮たちと在籍していたリトルリーグの先輩という繋がりで、今回信頼できるキャッチャー役としてここへ参加してもらったとのことだった。

その情報だけ告げるとあとのウォーミングアップは二人に任せるということで、他の準備のためさっさと去ってしまった。


 その後二人でジョギングやキャッチボールをして共に汗を流し話をする中で、

井庭さんが現在在籍しているのは野球の名門大学で、それもレギュラーキャッチャーだという情報を知る。

これまでプロに進んだピッチャーたちの球を毎日のように受けてきたから、

「自分はいつでもどんなボールでも対応できる、キャッチングには自信があるからどんど来い」

なんて言葉までもらって、俺はめちゃくちゃ心強い味方を得た気がした。


 しばらく体を動かした後、本格的な投球練習はまた直前にしようということで

井庭さんとは一旦別れる。


 しばし休憩のため戻ろうとベンチ前を通ると、そこでさっき分かれた仲間たちが待ち構えていることに気付いた。

 いや気付かされたといった方が正しい。

なんせ一人は見せつけるようにしてベンチ前に身を乗り出していたのだから。


「ねえライトくんどう?これ見てよ!みんなお揃いなんだよ!」

「ふっふふふ。アハハハハ!」

 三人のその恰好を見て正直にんまりと笑ってもよさそうなもんだが、

恥ずかしそうにしてる二人の女子に応えるべく、あえて大きな反応を示そうと声に出して笑った。

 玉野、レイ、盛川の三人が揃って、俺とおんなじブルーのユニフォームを身にまとっていた。


「もうっ笑うな!ホントはウチらはこんな恰好したくなかったんだからねっ!」

「うっ、うん・・・・・・・でもいいよね。レイは似合ってるから」

 ただ少し違うのは、三人とも下は艶やかに太ももを露わにした

ショートパンツ姿で、いかにもなチアガールスタイルとなっていることだ。

 玉野に関しては、男である以上やはり一定の違和感はあるが、

以前にもっとドギツいチアガール姿を目撃している分、それなりに耐性はあった。


 だがその後ろでモジモジしている女子二人については、もうそのパツパツの

ユニフォーム姿が眩しいのなんのって!


レイはハイソックスで盛川はニーソックスと、長さには(それぞれの事情で)

多少の違いはあるものの、共にブルーとイエローのしましまが入ったソックスを

身に着け、太ももを強調されているというのが見事にツボった。


 彼女たちの気持ちを考えると多少の罪悪感はあったものの、

チアを注入してもらえたことはぞんぶんに試合に向けての励みになった。



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