第39話 告白
まず盛川の希望通りにフード系のイベント会場を回り、腹ごしらえをする。
最初にクレープを食べ、その後にケバブ、イカ焼き、かき氷という順番には
胃が混乱するんじゃないかと思ったが、盛川と共に歩きながら彼女が美味しそうと言ったものを片っ端から一緒になって食べていたからか気分的には満足だった。
その後少し人に疲れてきた様子の盛川を気にして、主に小学生までを対象としたキッズ広場の方へと誘導する。
こちらはもう夜の気配が漂ってきたということで、親子がチラホラと屋台で遊んでいるだけで、何となく二人の時間を楽しむ分には落ち着いて回れそうだった
ヨーヨーやスーパーボールをすくったり、射的や輪投げをしたり、
なんてことの無いごく単純な遊びをアミューズメントを楽しむ。
単純がゆえに、屋台の遊びそのものを楽しんでいるというよりは、
二人で互いの反応をどこか確かめ合っているといった方が正しかった。
その後俺たちは野外ステージへと流れ着いて、どこぞのアマチュアバンドが奏でる演奏を二人で聞きながら、そろそろこのはっきりとした想いを伝えるべく、
どこか落ち着いて話ができる場所を探していた。
辺りを見回すと、ちょうど後方にライトアップされ雰囲気のある
噴水広場があることに気付き、そこへと盛川を誘導することにする。
「うわーアレ見て盛川。なんかキレイじゃね?あっちでも歌聞こえるし、ほらっ行ってみようぜ」
「ああ・・・・・、うん。そうだね」
盛川にあまり気乗りした感じはしなかったが、椅子に置いてあったカップのドリンクを俺が全部持ち上げたことで半ば強引に移動させることになった。
噴水前のベンチへ移動すると俺はシートを引いて座るように促すが、
何故か盛川は立ったままチカチカ光る照明をぼーっと眺めたまま動かず、
その気が抜けたような表情が気にかかった。
「ふぅ、あっあのさ、盛川・・・・・」
「ライト今日はありがとね、楽しかったよ」
言葉とは裏腹に、気だるげな表情をして俯いている。
「俺伝えたいことがあるんだ。実はその盛川に・・・・・・」
「うん分かってるよ、ライトが何か伝えようとしていることは。
そのために今日のこのデートに誘ってくれたんだもんね?」
虚ろな表情の彼女を前に、どう切り出していいものかとつかみかねていると、
意外にも盛川の方から核心を突く言葉が切り出された。
「ライトは私に告白してくれるんだよね?」
「えっ!?あっうん、そうだけど。ハハッなんか俺、表情に出てた?
でもそれはちゃんと俺の口から言わせてくれ、盛川っ・・・・!」
「あっいいの、それは聞く前にもう言っちゃうね。
きっと私はライトに釣り合わない、ゴメン」
「・・・・・・・・!?」
全てを察したように、先回りして勝手に事を進めていく盛川を前に、
俺の頭の理解が追いついていかない。
「えっと、今のはどういうこと?俺は盛川に好きだって言いたいんだよ!
なのに自分から先に断るって、なんで聞くことすらしてくれないんだ?」
「ううん、違うの。私はその立場にはいられないから」
「だからどういうことなんだよぉ・・・・・、立場じゃないなんてさあ」
さっきからずっと噴水を見つめたままの盛川の顔には、青と黄色の照明があたりどことなく不吉なものを連想させる。
「ライトは優しいから、きっと私に同情してくれてんだよね」
「ちがっ、そっそんなわけないだろ、俺はただ、そのまま自然に盛川のことが好きになったんだよ!」
「うん、ちょっと言い間違えたかも。同情より同調?っていうのかな。
多分ライトは同じく傷を持った誰かがそばにいて、そんな人と支え合える状況に自分の理想を描いているんだと思う。だからゴメン、私には無理」
「そっんなこと・・・・・・・・・」
あまりのきつい拒絶の言葉にショックを受けて、喉が詰まる。
「きっと私はライトに縋ってしまう。今でもライトに縋って利用してる。だからそんな関係になっちゃうと、もっとずっと縋っちゃうようになるから。
どっちかがもたれかかるような関係だとね、絶対上手くいかないと思うんだ」
「・・・・・・・・・・・・」
うっすら微笑んだ盛川の表情を見るとひどく悲し気で、
何を言っても空々しくて届かないような気がした。
「うん、やっぱちょっと座ろっか」
ショックを受けた様子の俺を見かねたのだろうか、ようやく盛川がベンチに腰を下ろす。
そして俺も隣に座ったのを確認すると、歌が響いてくる方をぼんやり見ながら
盛川は語り始める、自分の過去について。
「あのね、実は私このLR学園に入る前からずっとライトのことは知ってたの。
去年の甲子園でキミが起こした事件きっかけでね。まあ、あれだけ騒がれてたからそんなの当然じゃんと思うかもしんないけど、それだけじゃなくてね、
ずっと興味持って追っかけてたって言った方が正しいかな。・・・・・だから、
LR学園に入って初めて出会った時、すっごい驚いたの覚えてる?」
「・・・・・・・ふっ」
甲子園で起こした事件も、盛川と初めて出会った日のことも、
この一年の間のことなのに思い返すともう遠い昔の出来事のようで、こんな状況でもなつかしくて笑みがこぼれた。
「ちょうど去年の夏ごろかな、甲子園の試合がやってた時、私ねその時ずっと病院のベッドの上にいたんだ・・・・・。そこで毎日ぼんやりと過ごしてた、何もできなくなった自分にイラつきながらさ」
「病院って、その脚のことか・・・・・?」
「うん、私のこの脚はね、骨肉腫って病気でこうなったんだ。
・・・・最初に分かったのがもう四年ぐらい前で、それから治療とか薬とか散々試したんだけど、結局どう治療してもこれは切るしか道はないって宣告されて、
切断することになった・・・・。それが去年のことで」
「・・・・・・・・」
悲痛な出来事を顔を歪めながらも冷静に語る盛川の態度に、かける言葉すら見つからない。
「その時にね、病院のベッドでずっと呻きながら世間を恨んでたの。もう私なんてどうなったっていいんだって。みんな死んでしまえ、こんなクソな世界なんて滅んでしまえってね。フッ、バカだよね、親とか看護師さんとか色々世話を焼いてくれる人はいたのにね・・・・・・」
その時の辛い記憶が蘇るのだろう、
訥々と語る盛川の横顔に一筋の涙がこぼれ落ちる。
それが噴水の光を浴びて幻想的なものに映り、不謹慎ながらつい見とれてしまう。
「ねぇ、何となく分かるでしょ?始めの頃の私のLR学園での不貞腐れた様子とか見てれば。ライトたちがいなければ今だってそうかもしれない」
「・・・・分かる。けどそれで、それでどうして俺に遠慮することになるんだ?
盛川はそれから頑張ったんだろ?きっと死ぬほど苦労して病気から立ち直って、こうして自分で決めた場所であるここに、今こうして立ってるんじゃないのか?」
懸命に励ますつもりで言っているのだが、盛川はさらに顔を歪ませて、
落ち込んだ表情になってしまう。
「・・・・・私はね、ライトのことをバカにしてたの。
手術をして病院のベッドにいる時、甲子園のあの試合のことを知って、ずっとそればっか見てて、その後にキミが世間からしばらく叩かれ続けていたのをずっと見てね、楽しんでたの。
するとね、何だか気分が落ち着く自分がいた。ああ世間にはこんな馬鹿みたいなことして消える奴がいるんだって。きっともうこの人は表には顔出せないだろうなって考えるとね、気分がスッとしたんだ・・・・。誰かを蔑むことで自分の落ちた心を慰めていたんだと思うんだ、酷いよね」
「そんなことっ、いいよ。だってその時は盛川の方がよっぽど辛い状況だったんだろ?なのに、いやっそれに俺のことを知らなかったんだし、誰でもやったことだろ?」
「ううん、それだけじゃないよ。わっ私ね、ネットに書き込んだりもしたんだ、
ライトのことを。こ、こんな奴早く死んだらいいのにって。
自分なら引きこもるレベルだとかって。でねネットがそれで盛り上がると、
だんだんたっ楽しくなってきてね、くっ、クズにとっての唯一の生きがいみたいになってたのかも・・・・・アハハハッ、
ううっ、ベッドでほとんど動けずヒマだったのをいいことに、なっなんて酷いことを・・・・わっわたしわぁっ、やってたのかなぁ・・・・・うっううっ・・・・・」
下を向いて涙をポロポロとこぼす盛川を見ていると、
そのころの俺の状況ともリンクして胸がいっぱいになってしまう。
「ぜっ、全然ひどくないって・・・・、悪くないって盛川は。
むしろ嬉しいぐらいだぜ、おっ俺のことを見て、少しでも盛川の気持ちが晴らせたんなら、たっ、立ち直るきっかけになれたんだって思うとさあ・・・・・、よかったよぉ、うっ」
しばらく盛川から漏れる嗚咽を聞きながら、俺は泣くまいと必死にこらえた。
彼女がきっと必死の思いで吐き出した痛みを、平然と受け止めてあげる存在でいたかったから。
お互いに悲しみをこらえるのに必死で、盛川から嗚咽の声が漏れていた。
「ねっ、・・・・ねえ分かったでしょ?こんな私はライトのそばにはいられない。キミの優しさで運よく友達にはなれたけど、それ以上どうこう言えるほど虫のいい人間じゃないんだよ、私は・・・・・・」
やがてすっと顔を上げた盛川は、ようやく俺の顔を見据えて話をする
「そのことを、ずっと気に病んでたの?」
「うん、基本的に私はあのころから変わってないと思うから、本当はこうして仲良くしてもらう資格もないと思う。ライトの好意すら知ってて利用してたから・・・・・」
「自分が病気になって、身体を失ってまで、そのツラさから逃れようと少し気持ちを吐き出したことが、そんなに責められることか?何もなくても文句言ってる奴はこの世界いくらでもいる。
なのに何で盛川は、そんな些細なことで自分を追い込もうとするんだ?
むしろ俺はそんな盛川の気持ちだけでも、充分惚れる要素になるんだって、
今言いたいぐらいだ・・・・」
「ちがっ、違うの!LRに入ってからも、ライトたちに誘われるまで、私やっぱり何もやろうとしなかった。仲良くなりたかったら自分から中身を晒して言うことも出来たのにしなかった。
迷いはあったんだ、でもね、悪目立ちするライトたちの中にいれば、なんとなく自分の障害とかうまく隠せるかもって、利用することにしたの。今もまだそう。
そんな人間が、これから恋人としてそばにいる気持ち悪さを考えてよ・・・・・」
潔すぎる盛川の決意を耳にして、俺自身も盛川に好意を一方的に押し付けていたことを自覚する。
「俺だって何もしなかったぜ、LR学園に入る時も今度の試合だって、
結局皆に助けられなきゃ、ずっと大した変化はなかったかもしれない。
だからさ、人の助けに素直に縋るってのも別にあったっていいって思うんだ。
そんなにダメか、許せないか?」
「今はまだ、私はライトの好きでいてくれる気持ちに甘えて後ろに隠れてるだけだから、
そばにはいられない。」
「俺がそれでいいって言ってもか?」
「うん、少なくとも自分が変われたって思うまでは」
「そっか、盛川は変わったじゃないか?」
「全然ダメ。だって今の私にとっての目標はライトだから。
だからいつの日かね、私に何かやりたいことが見つかって、それが達成されて、
本当に自分の脚で歩けてると思えるようになったらね、・・・・・その時、今度は私からライトに告白するね」
微笑みながらも最後にこらえきれず一筋涙をこぼしたその表情が卑怯すぎるぐらいに美しくて、俺はぐっと感極まりそうになる。
「うぅん、楽しみにしてる」
「だけど、絶対断ってよ」
上目遣いで少しからかうようにはにかんだ笑顔は、初めて見る盛川の素顔に感じた。
「ははっ、・・・・・何でだよ?
「だって傷つけたいじゃん、自分のことを。私がライトにしたのと同じように、
一回自分のことをズバっと深く切りつけないとさ、全然同じ立場にならないって気がするから、ウフフッ変かな?」
「ははっ、何だよそれ・・・・・・よく分かんねぇよぉ・・・・・」
すっかり夜が更けてまばらになった人混みの中を、二人の間を少し空けながら歩く。
照れくさかったが朝に見た悪夢のことを話すと、
「フフッ何それ、ほぼ予知夢じゃん。てか多分私の想いがライトに乗り移ったんだね。ゴメン意外に通じ合ってるのかも」
とまた謝られて、好きが諦めきれない自分が情けなくなった。
帰り道ではもう盛川と手を繋ぐ必要性を感じなかった。
それは彼女の強い決意を尊重したからだし、前よりはずっとそばにいるように感じられていたから。
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