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五島タケル

第1話 聖地に堕ちる

 空一面の青空と焼け付くような太陽光の元、大観衆の声援を背に浴びて、

あの日あの場所は、俺にとっての一世一代の晴れ舞台となる!

・・・・・・はずだった。

 

 それがまさかこの俺、頼田来人らいたらいとの人生を暗転へと放り込む悲劇の舞台になろうとは、一体誰が思っただろうか?

・・・・・・いや俺っ!?

いやっ!イヤイヤ!?少なくとも当の本人である俺は全く思ってもいなかったよ!!


 ≪豊鳴館ほうめいかん高校、選手の交代をお知らせします。ライトの支倉くんに代わりまして・・・・頼田くんくんくぅんく~ん・・・・。

7番ばんばんばん・・・ライトォ~ォ~ォ~・・頼田くん!くん~くぅ~んくぅ~ん・・・・・≫

 アナウンスの音声が球場全体に反響してこだまする。


《よっしゃ~いけ~いけっいけいけオコノギ!いっけーっ!かっとばせーっ

オーコーノーギッ!オコオコノギッノギッ!!オ・コ・ノ・ギ学園!!一気に

サヨナラ決めちまえー!!》


《絶対守れぇー豊鳴!ガンバレ豊鳴!踏ん張れ・ホ・ウ・メ・イ!!

頼むぞ~頼田―!豊鳴の次の攻撃までぜっ~~たいに回すんだぞ~~!!》


 球場内の雰囲気が否が応でもヒートアップする。

 それも全国高校野球選手権大会、激アツ!通称“夏の甲子園”だからだ。

 

 俺たち豊鳴館高校にとっては緒戦の1回戦だとは言え、何せ相手は超高校級スラッガー明宮真太郎あけみやしんたろうを擁する小弧ノおこのぎ学園。

 

 試合はここまでその明宮に2ホーマー食らいながらも、我らもそこは名門校の意地を見せ、ガップリ四つで食らいつき試合は4対4と白熱の好試合だった。

 

 そんな試合もついに大詰め9回へと差し掛かり、俺たち豊鳴館高校にとっては運命の9回裏の守りとなっていた。


「よしっ頼田行ってこい!ライトに飛んだら思いっきり刺してやれっ!」

パンッと監督に背を張られて俺はベンチを飛び出した。

9回裏同点、1アウト満塁という絶体絶命の状況で、当初の予定通り俺は守備固めとして試合に投入される。

 

 守備固めとはいえあの高校球児憧れの舞台である甲子園に、それも一年生ながら

名門“豊鳴館高校”のメンバーとして、守備固めだとしても甲子園の舞台に立てていたという事実は、我ながらスゴイことだと思う。


 ただスゴイというのは名門校でベンチ入りしていながらも、実のところ俺はお世辞にも野球が上手いとは言えなかったということも含めてだろう。

「またまたぁ、ご謙遜?」とか知らない人からしたらフツーに思っちゃうかもしれないが、本当にそうだったのだ。

 

 練習でも空振りはするしグラブの扱い方も下手だ。バントもできんし、ランナーとして出ては暴走もする。

 俺はホント単に肩がめちゃめちゃ強いだけで、野球に関してはホント素人に毛が生えた程度。

 パラメータ的に言うなら、野球センスは×のミートカーソルはGどころか他すべてGもGもオールG。

ただ肩に関してはそれが特Sだっただけなのだ。


 案外チームスポーツなんてそんなものなんだ。スーパースターみたいに何でも

出来る奴は一握りで、あとは何かしらの特殊技能に特化したスペシャリストがチームをサポートしているって構図が。

 俺にとってはこの強肩S+(プラス)こそが唯一無二の特殊スキルであり、このライトアームがなければ、決して野球の名門校に入れていなかったであろうし、甲子園にも出れていなかっただろう。

 

 唯一無二の武器であり自慢・・・・・。

だからこそ呪わしい。この持って生まれたライトアームが。

〈閃光のライタキャノン〉あの時の俺は自分でコイツをそう呼んでいたんが・・・。部内では通称バカ肩と呼ばれていたらしい・・・・・。クソっ。


 軽く屈伸をし、腕をブンブンと回しながら走り、俺はライトの守備位置についた。

定位置よりもやや浅め。繰り返し、二度三度と腕を振る。

(何としても防がなきゃならない。次のバッターは3番で、もしコイツで終わらなきゃ次は・・・・・4番の明宮!)

(何としてもここで終わらせる!)

この時の豊鳴館のメンバー全員に、この意識はおそらく共有されていたことだろう。


「捕ったらバック。捕ったらホーム。この辺に来たらこの態勢でホーム。こっちに来たらこれをこうして、こう投げる」

 俺はひたすらホームベースへ向けて、キャッチャーのミットへ向け全力で送球することだけを頭の中でシミュレーションしていた。


 俺のやるべきことはただそれだけだったから。

ライトに飛球(フライ)が飛んできたならば、この自慢の強肩でタッチアップをしてくるランナーを本塁(ホーム)で刺すこと。ただそれだけ。


 青空を見上げると、とてつもなく広大な空間に自分が立っていることを意識させられた。

 ギラギラと照りつけてくる太陽の光がやけにまぶしく感じ、俺にかかったプレッシャーを増幅させていた。

まるで砂漠の真ん中にポツンと一人立っている、そんな心境だった・・・・・。

 ボ~っとしてイマイチ集中しきれていなかった俺は、きっと頭が茹で上がっていたのだろう。


  《カツーーーーーン!!!》

 そんなふやけた意識の目覚ましとばかりに、突然伸びやかな金属音がするのを感じ、俺は即座に現実にひき戻された。


 とっさにヤバいと感じた。その時の俺は試合に全く入れていなかったから。

おそらくバッターが打ったと思われる打球音がしたにもかかわらず、ピッチャーとバッターが対峙している方を見ていなかったせいで、打球がどこに飛んだか全く判別がついていなかったのだ。


 (こっちにくるな・・・!)

強く願いながらもとっさに上空を見上げた・・・・・。


フラフラ飛んでくる白い球がうっすら見えた。

 ・・・・・こっちだった!

まぎれもなくそれはライトである俺の守備範囲に迫ってきていて、ゆっくり着実に

守備位置付近へと接近していた。


 青空をバックにした白球がやけに自己主張を強めてくる。

『ほ~ら行くぜ、お前のところに飛んでやるから。さあ刺してみなさいよ。へへへっ』と。からかうかのようにフラフラとした軌道を描き、白球が俺の元へひたと迫ってきていた。


 ゆっくり落ちてくるボールに合わせて、俺はゆっくりと左手のグラブを差し出す。

その一瞬落下してくるボールが太陽に重なったように感じ、おまけに甲子園特有の

浜風までその時だけ強く吹いたように感じた。


(・・・そう、後から考えればきっと感じただけ、なんだろう)

 やらかしちまった俺は、後付けの言い訳ばかり考えていて、きっと自分のやらかしたミスにもっともらしい理由が欲しかっただけなんだ。

(クソっゴロだったならサヨナラヒットでよかったのに・・・とか。ああまぶしい!めっちゃ太陽まぶしい!風もつぇぇ!浜風めっちゃつぇぇ!・・・とか)


 試合の全てが委ねられる状況になんて俺が耐えられるはずもなく、集中もままならないままに一瞬見失ったボールに対し、直感的にグラブを突き出して案の定やらかしてしまった。


・・・・・グラブの根元部分にボールを当て、ポロっと落球していた。


 一瞬血の気が引いていくのを感じたが、それ以上のことをその時点ではまだ考える余裕もなく、落としたボールを即座に拾い上げ三塁ランナーの方を見やると、相手のランナーもまさか俺が落とすとまでは想定していなかったのだろう。

焦ってスタートを切り始めた様子で、まだ三塁ベースにほど近かった。


 (・・・もう放るしかなかった。それも思い切って・・・!)

 結果的にタッチアップを防ぐという本来求められたプレーに戻ったことで、

ようやく自分のプレーに最大限集中することが出来るようになり、結果その時俺は

ホームのキャッチャーへ向けて最高のボールを放ることが出来た・・・・・と思えたのだが。

 「うぉぉぉぉぉりゃーーーーー!!」

思い切って腕を振った俺の全力送球は指にきれいにかかり、一直線にキャッチャーの方向へと・・・・・!


「どうだレーザービーム行ったろぉぉぉ!!!」

 俺は確信して祈った。あとは野となれ山となれ目をつむって祈っていた。


『お願いお願い。間に合ってますように。最悪タッチアウトとかじゃなくてもいいんでギリタッチプレーとかになってますように、どうかお願い、俺の落球チャラにしてくださぁああい!』

  

≪ワアアアアアアアアァアアア!!!!!≫

 すぐさま地響きのような大歓声が沸き起こり、俺は覚悟を決め結果を見届けるため

ゆっくりと薄い目を開いていった・・・。

 

 ≪・・・・・・・・・・・・・!?≫

 

 嘘みたいだった・・・。

先ほどまでの喧騒が一転大歓声は止み、嘘みたいに一瞬にして球場全体が凍り付いたように静まり返っていた。

まるで異世界にでも飛ばされたかと思えるほどに、球場内の雰囲気が一変していた。

選手や観客たちの姿は確かに先ほどまでと変わらずそこにあるのに、皆一様にその場に立ち尽くし静まりかえっている、異様な光景だった。

 

 ホームベース付近を見ると相手チームの選手が集まり重なった状態だったので、どうやら結果は俺の送球が間に合わず負けだったのだろうと、そう推測できた。


 ・・・・・ただ、

じゃあこの静けさはなんだ?これだけの大観衆がなぜ沈黙してるんだ?

一体全体何が起こった・・・!?


 不可思議な心持ちで選手たちの視線の向かう先を追ってみると、多くの人間が一塁側ベンチ前付近に集まっているのが分かった。


 俺もそこへ小走りで駆け寄っていくと次第に状況が飲み込めてきて、俺の身体から段々と血の気が引いていくのを感じていた。


 見ると選手が一人倒れている・・・・・。それは明宮だった。

ネクストバッターサークルにいた相手チームの明宮が意識を失って倒れていたのだ。

 彼のすぐそばにはヘルメットが転がっていて、そこにはまさかボールがグイっとめり込んでいた。

 

 近寄ってきた俺のことを、皆が若干おびえたように見てくる。

「お前・・・・・なんであんなボール?」

チームメイトの一人が俺に言ったか言わずか、つぶやくようにふと漏らす。

ここで俺は理解するに至った。


 この倒れている明宮の姿は・・・・・、俺がやったことなのだと。

俺の全力送球が明宮の頭部に直撃したという事実を、この時ようやくはっきりと理解した。


 あの時の俺は落球したことによって焦り、とにかくより早くより強いボールを返そうとそればかりで前もまともに見ていなかったのだ。

 だから自分の身体が一塁方向にだいぶ逸れていることにも気づかずに、ただむやみやたらにバカ肩を振るってしまっていたのだ。


 その結果あろうことか明宮という高校球界のスタープレイヤーの頭にボールをぶつけ、重篤な状態へと落とし入れてしまっていた・・・。


 十年に一人の逸材。球界の宝。将来の日本代表の4番、おまけにルックスもいい上に家は医者の家系らしい・・・・・、まあ、それは関係ないか。

 

 ともかくそんな風に、彼の偉大さを形容する言葉に関しては枚挙にいとまがないぐらい素晴らしすぎるプレーヤーである彼、明宮真太郎を。 

 俺みたいなこんなバカみたいな肩ぐらいしか取り柄のない奴が、その肩の強さを

実際の野球のプレーにではなく素晴らしいプレーヤーをつぶすために発揮してしまったのだ。

 

 そんな、そんな虚しいことってあるか・・・?

 

 明宮は担架に乗せて運ばれて行き、試合は儀礼としての一同並んでの礼もせずにお流れとなった。

 

 ・・・・・その後のことはあまりよく覚えていない。


 宿舎に戻って地元に帰る。

その大会の甲子園でどこが優勝したのかも知らない。


 明宮がその後、意識を取り戻したということだけは頭に残っていて、その情報を知りほっとした俺は深い眠りについて、そしてそのまま夏は終わっていた。


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