第27話 代行デリバリー
ここ数日活発化している俺の活動に歩調を合わせるがごとく、
雲間からはギラギラとした太陽が顔を覗かせ始めている。
ただでさえ蒸し暑くて汗だくの俺の背中には、容赦のない陽の光と黒ずんぐりとしたリュックの相乗効果によって、異様な熱気というプレッシャーが押し与えられている。
「ハァハァ・・・・・。
んだって俺はこんな重荷を背負ってひいこらやってんだ。少し分け合えばよかった。次はこっちのルートで・・・・・、げっ遠っ!」
俺は今フィールドワークの調査回収という名目のもと、広範にわたる商店街の
お店や企業をチャリンコを駆使して巡っている途中なのだ。
商店街における経済活動をテーマとして定めた俺たちのグループは、その司令塔玉野の指示のもと、それぞれに役割分担が与えられていた。
まずお店や企業を回って景気動向を調査するためのアンケートを配る係がレイ。
さらにいくつかの商店街を代表するお店にアポイントを取った上で、詳しい話を伺いに行く係が盛川。
資料映像やデータ収集、それらをまとめる係が当然玉野。
あと残り、配ったアンケートの回収ほか雑用諸々がこの俺という役割分担のもとで、調査は順調に進んでいるはずだった。
すでにレイと盛川によるアンケート説明と配布が終わってから2週間ほどが経過しており、現状はそれを回収する段階へと差し掛かっていた。
「あっすいません。あっアンケートを、じゃなくてお届けイーツです。
注文の品、配達に上がりました・・・・・・ふぅ」
アンケートを回収するだけなら、俺の任務一番楽じゃん?と、
甘く見ていた俺がバカだった。
実際やってみると時期的な条件も相まって、とてつもない重労働を担っている気分になってくる。
なんせ数キロ四方に渡るお店や企業100件以上を、この週末の期間内に一人で渡り歩かなければならないのだから。
レイと盛川、さらに玉野も加わって調査活動を分担してやっていた意味が今になってよく分かってくる。
・・・・・っていや、ただ調査回収だけならこんなにしんどい思いをすることもなかったはずだろう。
「あっれ~兄ちゃん、さっきアンケート渡したはずだよね~?何、なにか忘れ物したか?」
「いっいや~ハハハハ、またそれとは違う用事でして、その今度は配達のお弁当を受け取りにきました~、すいませんがお願いします、エヘへ」
「はあ、マジでかい」
どうせ飲食関係のお店を回るならばと、お手軽に始められる宅配代行サービスを
ついでにやっちゃえってことで、アプリなんかで請け負わなければ、
こんなアッチコッチへと自転車を立ちこぎして回る羽目にはなっていなかっただろう。
あ~熱のこもったバッグが熱い!
「何だいあんたすごい汗だね~。はいこれがこないだもらったアンケートだよ。でほらお水も飲んでいきな。そんなんじゃ倒れちゃうよ~」
「はあ、あっありがとうございます。・・・・・・ゴクリ。で~あとコレ、
そうここでお届けイーツの注文受けてるんですけど、唐揚げチャーハン弁当×2って、もう用意できてます?」
「はぁ!?あんだって?」
普通に考えてしんどいのは分かり切っている。
郵便局の配達の人がついでに出前までしているようなもんだからな、ありえん。
しかしLR学園での学費を自分で工面すると決めたからには、限られた時間内で効率の良い稼ぎ方をしなければならないのも事実だ。
藤間マートのバイトだけで学費がなんとかなればそれが一番いいのだけど、
正味お店でのお給金はあまり割がよろしくないし、仕事のシフトも不定期で心もとない。
なので当面必要な額に達するまでは、俺は単発で請け負う体力勝負のバイトに活路を求めるしかなかったのだ。
「はぁ、あの~お届けイーツですけど。注文の品持ってきました~はぁ~」
「・・・・・遅えよ。そこドアノブにかけといて。カメラで見るとお前不潔っぽいから直接受け取りたくないんだわ」 ガチャッ!
「ううっ・・・・」
大量の汗に涙まであふれてきて塩分が目に染みる。このままでは熱中症になるよりも先に、気持ちがくじけてこの先のお店へ向かう足が止まりそうだ。
「何だってこんなツラい思いをしてまで俺は・・・・」
今になって自らの無謀なチャレンジ精神が憎らしくなってきた俺は、
スマホを取り出して、配達代行サービスは打ち止めとすることにした。
玉野から渡された今日の予定では、あと一軒回れば回収目標は達成されることになる。
なんとか気持ちを奮い立たたせて、最後のお店へのルートを検索する。
そう遠くない位置にあることを確認すると、ほっとした勢いで今日の頑張りを
ねぎらってもらおうと、レイと盛川に同じ文面のメールを送った。
≪ようオレ!今、フィールドワークで商店街10往復してっから足パンパン!応援してや!≫
とりあえず現状の気分を書いて送ってみたら、どうにも余裕の漂う文面に感じられて、頑張りが伝わらないんじゃないか?と不安になっていると、
すぐにレイから返事が返ってきた。
≪あっそう、頑張ってね♡≫
「・・・・・レイ!」
たったの一文だったが、一瞬にして疲れが吹き飛んだ気分だった。
・・・・・いや、冷静に見るとちょっと舐められてる文面にも思えなくはないが、
苦労でゆがんだ今の俺の心身にとって、女の子からの応援のメッセージがもらえたことが骨身にしみわたるほど嬉しかった。
ピロリ~ンと音がして、続けて盛川からのメールが届いていることに気づく。
≪お疲れ様ライト。キミの頑張る姿、私は好きだよ。頑張ってね!≫
「もりかわ~~~!!!」
泣いた、不覚にもさっきとは違う心境から泣いてしまった。
「ううっ・・・・・。うれしい、めっちゃうれしい。ありがとう盛川・・・・、
あとレイも」
その時、目の前にあるドアがギイッっと開く。
「うわっ!なんだよお前っ!?・・・・・えっ、配達に来た奴じゃねえか!?」
崩れ落ちてむせびないている俺の姿を見て、顔を出した住人が驚きで飛び上がっていた。
俺よりよっぽど不潔そうな半裸のおじさんは、ドアに引っ掛けたお弁当をそーっと取ると、意外にも気遣いの言葉をかけてくる。
「って泣いてる?えっ、ゴメンもしかして俺のせい?」
「うっ、いやっ違います。・・・・・半分はそうですけど、今は違います」
「・・・・・あっそう、頑張って」
不可解な顔つきを向けたまま、住人は部屋の中へフェードアウトしていった。
住人が最後に発した言葉が、レイのメールと同じだと気付いて不快な気分になった
何気なく放つ一言が、相手を傷つけもするし大いに勇気づけもする。
決して人の感情全てを言葉で表せるわけなんてなく、話す側と受け取る側の中間にあって、お互いの気持ちをやり取りする場を提供しているにすぎないんだと、
言葉が持つ魔力を思い知った気がした。
俺はもう一度メールをチェックして何も届いてないことを確認すると、
盛川からのメールを今一度見て少し回復した気力と体力を振り絞り、最後の目的地へと向かう。
半開きのドアからは食べ物のかぐわしい香りが漂ってくる。
レンガ造りと草花をちりばめた外観からすると喫茶店の趣があるお店だが、
一般的な飲食も提供しているようだ。
空腹を感じつつも玉野のリストと照らし合わせてここが喫茶マーブルであることを確認する。飲食店での分類がなされているアンケート協力店だ。
この店でようやく本日の任務はお仕舞いだと意気込んで軽く汗を拭いてから、
リラックスしてお店へと入っていった。
「こんちわー!!おっ、ボクはLR学園から来ました頼田と申します。以前配った
アンケートを受け取りに、来たんですけど~!」
「・・・・・・・ああん」
店のマスターと思しきおじさんがギロリとした目つきを俺に向けてくる。
店内を見回すと比較的年齢層高めのおじ、おばさんたちがたむろしており、
そのどんよりとした雰囲気に思わずひるんでしまう。
「えるあーる学園のライタだと・・・・・?」
「は、はい。LR学園の生徒が以前アンケート持ってきたと思うんですけど~、
商店街の景気とかお店の経営のアレコレとか窺う感じの、で~もし出来ていたら、今度は僕がそれを受け取って帰りたいな~なんて思ってまして・・・・・」
訝し気な視線を向けたまま外そうとしない店のマスターに困ってしまった俺は、もう一度説明の言葉を付け足していると。
「アレ、君もしかして頼田くん?あの頼田ライトくんだろう、野球やってた?」
「えっ!?あぁハイそうですけど・・・・・・」
急に思考が噛み合ったようで、ほぐれた表情になって名前を確認してくる。
「おいっ龍さん!ほらっこの子じゃないか。あんたんとこでバイトしてる
野球の上手い子って。頼田くんだろ?娘さん一人のお店に頼もしい子が入ったって、前言ってたじゃないか?」
そして店の奥にいるお客と思しき誰かに向かって、俺のことを話し出す。
ワケが分からず戸惑いながらもマスターが話す先を自然と目で追ってみると、
最初は全く知らない人物かと思ったが、眺めているうちに徐々に記憶とのピントが合ってきて、誰だか分かった瞬間に思わず
「あーっ!!」という声が漏れた。
「沙月さんとこのおじさんじゃないですか!!」
「おっおう兄ちゃん久しぶりやなー、元気やったか?」
約半年ぶりぐらいだろうか?藤間マートで偶然出くわしバイトを始めるきっかけとなった出会いから、ほぼ顔を合わすことが無かった沙月さんの親父さん。
ガンで余命幾ばくもないという情報は沙月さんの口から聞いていたが、
その後何の連絡もなく店で姿を見ることも無かったため、実のところたまにその身を案じていたおじさんが、とりあえず無事にその顔を見せてくれたことに安堵する。
「おじさんこそ・・・・・元気でしたか?」
「ワハハ、まあワシはあんまりやな。そや兄ちゃんって言うのもアレやし
・・・・ほな頼田くん。積もる話もあるやろうからちょっとワシと話せえへんか?」
少し俯き加減で誘いを向けてくれたおじさんの元気の無さが気にかかり、快く応じることにする。
「あっハイ。じゃあぜひ」
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