第24話 夏南汰が刑事にならなかった理由

 夜明けのコーヒーは、うまかった。

 と、大人ならこう返すことができるだろうが、残念ながら僕は子どもだ。

 時計の針が十二時を越える前には就寝。若竹さんが宿泊している霞の間で眠っていた。

 ちなみに椿は寝つきがいい子なので、夏南汰さんに背負われ部屋移動していてもぐっすり眠っていたそうな。神経図太いな。

 僕は疲労がなければ、眠れないぐらい精神が疲弊していたのになぁ……。

 しかし、起きたとき、自分以外いないという状況も心細い。

「うぅん……夏南汰さんを探すか」

 昨夜は酔いつぶれたという田中さんもこの旅館にいるのだろうが、どの間に泊まっているか僕は知らない。それに面と会うのは少し気まずい。

 ほぼ通い妻になっていたぐらい親しい麻衣さんの死をどう受け止めるのか。僕には想像がつかないし、なぐさめるにしても役不足だ。

 ここは迎えが来るまで田中さんと会わないようにする、という選択肢をとったほうが無難だろう。

 ならば、積極的に僕が探しに行くとしたら、夏南汰さんだ。僕にとって現時点一番頼りになる大人だからな。

 行動目標を定めた僕は、ある程度身なりを整え、部屋を出た。

「あ、夏南汰さん、と……」

 見つけるのは簡単だった。

 長身であることもあるが、艶のあるあの銀髪は目立つ。

 夏南汰さんは瑞穂刑事とともに、ロビーで話しこんでいた。

 すぐに声をかけるという選択肢はあったのだが、空気を読まずに、若い男女の仲に割り込むというのは、シャイな僕には無理だった。

 僕はとっさに物陰に隠れて、聞き耳を立てて様子を見ることにした。

「夏南たんは、どうしてこうせっかちなの。それに路敏君を巻き込んで、大人の自覚はあるの」

 ほろ苦いコーヒー豆のにおいが漂う中、瑞穂刑事と夏南汰さんがコップ片手に仲良く座っていた。

「タイムリミットが緑精大神が帰るまでじゃなければ、慎重にやっていたよ、瑞ぽよ」

 夏南汰さんは悪びれる様子もない。むしろ、当然のことをしたのだと、晴れ晴れとした顔で言う。

「路敏は俺が巻き込まなくても、この事件にかかわる運命にあるよ。むしろ、俺が見ていなかったら、糸が切れた凧のように制御不能になっていただろうね」

 なんとなくだが、夏南汰さんの言いたいことはわかった。

 僕一人なら、無謀に突っ込んでいた。そして、無駄にあがいて、真相にたどり着くことなく、命を散らしていた。

 子ども一人の力を過信した結果として、ふさわしい末路だろう。

「安全なところに逃がす、という選択肢はなかったの」

 刑事さん。

 それは、ねぇよ。僕は、そんなやさしさ、ほしくない。

 僕は、家族の死の真相を知りたくて、がんばっているのに。僕の決意を踏み潰そうとしないでくれよ。

「人命優先を考える刑事らしい意見だけど……ダメだろうな。路敏にとっては逆に酷だよ」

 夏南汰さん?

 一般的な良識ある大人とは違うが、僕を理解している声が僕の心に響く。

「俺たちが思っている以上に、路敏君はかしこい子だ。真相を解明して、自分の選択肢がその後どう影響するかも教えておかないと、この先問題になる。勘だけどね」

 僕のことを見ている。

 僕のことを気遣っている。

 僕のことを知ってくれようとしている。

 僕にとっては、一番ありがたく、一番ほしい言葉だ。

「それは……神々のゲームに巻き込まれたからなの」

 赤染様、そして今回は緑精大神。

 黒幕は違うが、どちらも原始的な恐怖を与えてくる。意地が悪いが、それは人間の主観であり、神として人に試練を与えるということは案外当たり前のような感覚なのかもしれない。

「神々のゲームに打ち勝ち、生き返ったものの定めかもしれないね。路敏君は並みの大人では守りきれないくらい、かしこい子になってしまった……と、思わないかい?」

「手厳しい意見ね」

「かわいそうだけど、路敏君にはもう無条件で自分を守ってくれる親がいなくなった。それは大なり小なり、今まで路敏君のお父さんやお母さんが路敏君を必要以上に傷つかないようにと、隠していた汚いものを知らなければならねぇってことになる」

 事実を知る。それはいいことばかりではない。明らかにすることで、つらい思いをしなければならないことだってあるのだ。

 現実を直視しなければならないということはそういうことだ。現実はやさしさよりも厳しさのほうが多いのである。

 わかりきったことではあるが、改めて言葉にするとズシリと心が重くなる。

「これからは、いやなものを受け入れるにしろ、怒りに変えるにしろ、自分の責任で、自分なりの考えで、けじめをつかなければならない。俺は普通の子よりも、早く大人にならなければならなくなった路敏君の手助けをするだけさ」

 同情はする。

 だけど、強くさせるために、立って己の足で歩かせるために、時には非情な手段を用いる。

 ただ親切な大人にならないと、夏南汰さんは公言しているようなものだった。

「俺が刑事にならなかった最大の理由はソコだからね。神々のゲームというのは、人道に外れているものが多く、人の目には残忍だ。時には法的にも倫理的にも、まずい選択をしなければならない」

 たしかに。

 夏南汰さんの言葉で、僕は赤染様とのゲームを思い出す。

 僕は氷の柱に貫かれた子を放置した。助けられないとわかっていたからだけど、ソレを選択した僕自身、強烈な無力感に襲われたものだ。

 正直、つらかった。何もできなかったから、悔しかった。

 今でも心にしこりがある。

「それに瑞ぽよもわかっているだろ。物事というものは、構造を理解して解決しないと、同じような悲劇が起こるようになっているって」

 堂々とはっきりした口調で夏南汰さんは告げる。

「たしかに窟拓村で起きている殺人事件は複雑怪奇だよ。だけど、それは神の介入があるからこそで、現象だけを読み解くと、解決方法自体は人の世のものとあまり変わらない。だから、人の手と勇気で止められるはずだ」

 理不尽なことに巻き込まれたのに、怒りを覚えるよりも、いかにこの状況を乗り越えるのかに頭を回す、夏南汰さん。

「だから俺は解決させたいのさ。その裏にあるえげつないものが暴かれても、俺はこの先の未来のための必要経費だって割り切っている」

 恐ろしいぐらいに前向きだ。

「俺たちは、危険を冒しても、残酷な遊戯を最高の形で終わらせてあげないと。今回の幻想的な惨劇をそう何度も繰り返させられたらたまらねぇし、神様はもちろん、俺たち自身も納得できないだろ?」

 何度も神々のゲームに参加し解決してきた人ならではの、諦観と強かさが垣間見えた。

「はぁ。これ以上事件に関わらないでと言っても、無駄ってことはわかったわ」

「ごめんね、瑞ぽよ。終わったら、今度お中元でも贈るから。ビールがいい、ワインがいい?」

「日本酒。甘口のね」

 軽口を言い合えるようになったところで、話は終わった。

 関口刑事と小柳川教授がロビーの方に向かってくるのが見えたからだ。

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