第18話 悲しみと怒りとやるせなさ
パチリ。
目覚めは悪くない。
だけど、気分は最悪だ。
「ここは……?」
僕は木目調の天井を見上げていた。意識を失ってから、急に世界が変わるという体験をし続けた結果、このぐらいでは驚くことはなかった。
だから即座に物分りよく、現状を把握することに努める。
座布団を枕代わりにタオルケットをかけられている。
この待遇から、悪意ある人物にさらわれていない、善意ある人間に寝かしつけられていたとみていいだろう。
「起きたかい、路敏君」
そばにいたのは夏南汰さんだった。
昨日と今日の短い間柄なので、なぜ彼が僕のそばにいたのか。
そんな疑問が頭によぎったが、そんなことよりも、もっと聞きたいことがある。
「ここは窟拓神社の社務所だよ」
まずは寝起きで出た質問の答えか。
気絶した先で、子どもが安心して寝かせられるような建物の中……村の人間ではない夏南汰さんが、僕が住んでいる田中さんの家に直行できるとは、考えられないから、当然といえば当然の判断だな。
だから、神社で一休みしたことは問題にならないはずなのに、夏南汰さんの表情は暗い。
「あんなことが起きたすぐ近くにいるのは抵抗があるかもしれないけど……」
ああ、そういえば。
不可解で猟奇的な死体があった……。
僕は意識を失う前に見たものを思い出し、顔を曇らせる。
「……なぁ、夏南汰さん。アレは遺体だったの。あんな、あんなの、何かの間違いだって。ぼろい何かだって」
一縷の望みをかけて、見たモノが何であったのかと問う。
僕の勘違いであってほしい。
この際、干しイカ状のものを見ると殺害された父母を思い出し、何でも死体に見えてしまう幻覚に悩まされるという、病状さえつけられてもいい。
ピンポイントすぎる厄介な妄想だなって、笑われたっていい。
木に吊られていたモノが麻衣さんじゃないというなら、僕は喜んで道化になってやる。
だから、だから……見間違いだって言ってほしい。
だけど、現実はいつも残酷だ。
「残念だけど……遺体だ。そして、加々見麻衣さんで一致したって、関口刑事が言っていたよ」
ああ……。
僕は声を上げて泣いた。
刑事さんからの確定情報からは逃れられないよ。
僕は見たものが事実だったことに、泣き喚くしかなかった。
「なんで……、なんで、麻衣さんがっぁ、なんでなんだよ!」
村に着て、やさしくしてくれた人。
田中さんに淡くも熱い思いを寄せ、美味しい料理でいつも助けてくれた、お姉さん。
巫女装束を身にまとい、神楽を見事に舞った、美しい人。
高卒で結婚して、ポコポコ子ども産んで、田中さんと幸せになってくれる……と思っていたのに……彼女の人生は唐突に終了させられてしまった。
「路敏君……」
ポカ……。
慟哭する僕は、思わず近くにいた夏南汰さんをポカポカと一方的に叩いてしまった。
完全な八つ当たりだ。
理不尽な暴力を受けているというのに夏南汰さんは、僕の拳を止めようとせず、黙って受け入れる。
「俺、麻衣さんという人がどういう人か知らないけど……路敏君には大切な人だったんだね。その人があんな理不尽な死に方で亡くなったなんて……悔しいよね、つらいよね」
当たり前だ。
麻衣さんはあんな死に方をしていい人じゃなかった。
「っ、なんで、いい人たちばかりが、あんな死に方をしなければならなかった!」
僕は力いっぱい叫びながら、強く、強く、夏南汰さんの腹や胸を叩く、叩く、叩きつける。
「……そうだね、悲しいね」
夏南汰さんはいやな顔一つせず、暴れる僕をいさめようとせず、ただ殴られている。
いや、殴らせてくれている。
「うっう、うぅ~ぅううううぅぅぅうう!」
それに気がついたのはどこか冷静な頭。同時に込みあがるのは夏南汰さんのやさしさに漬け込んだことに対する罪悪感。
頭の中が塗りつぶされるぐらいの衝撃を何度も受ける、僕。
泣いて、泣いて、ガキそのもの純粋な感性で、泣き叫んで。
落ち着つけた。
まだポロポロと涙がこぼれるが、前よりずっと心がクリアだ。
感情の高ぶりをすべてぶつけたことにより、沈静まで至ったらしい。
狂って、壊れてしまいそう激情に流されたと思ったのに、案外人間って頑丈だな。
「隠さなくたっていい。これで一歩進めるようになれば」
麻衣さんの死を受け入れる。
夏南汰さんが言いたいことはわかった。
そう、僕は起きてしまったことを現実のものとしてみなければならない。
「うん……。ごめん、夏南汰さん。痛かっただろ、ごめん……」
小学生の拳ではあるが、数え切れないほど叩いたのだ。
それなりの痛みはあるだろう。
「痛みがなかったといえばウソだけど。大丈夫。これぐらい……安いものだよ」
いい人すぎるよ、夏南汰さん。
包容力のある大人に甘える子どもになってしまったが、ここは素直に善意を受けることにした。
もう、僕、この悲劇から逃げない。
また泣くかもしれないけど。
また傷つくかもしれないけど。
納得するまで立ち向かわないといけないって思う。
それが、一歩進むってことだから。
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