第17話 第一犠牲者

 シャン!

 突如聞こえる激しい音。鈴の音だ。

「なんだ」

 トイレの中ではなく、外からだ。

 僕は何事かと音の発生源を探るため外に出ると、鈴の音が大きくなる。

 しかし、今度は空に鳴り響くようなものではなく、転がり落ちてくるほうだ。

 非常に険悪で陰うつな雰囲気が流れている。そんな中、僕は舞のとき見た神楽鈴がトイレに向かう飛び石の上に打ち捨てられるようにあったを見つけた。

「鈴?」

 僕は、神楽鈴を拾った。

 ものすごい高さから落とされたのか、強烈な衝撃を受けたらしいソレは、ひしゃげ、鈴もいくつか壊れていた。

「……いやな予感がする」

 僕は神楽鈴をもったまま、最初に音がしたと思われる方向に走ろうとした。

「路敏君!」

 夏南汰さんの声。

 急に走り出そうとしている僕を心配している。

 鈴の音が聞こえなかったのか。

「夏南汰さん、さっき、こんなものを見つけたんだ。それに、何か、恐ろしいことが起きている気がする」

 壊れた神楽鈴を見せると、夏南汰さんはすぐ納得したのか、僕の手を強く握った。

「俺では音がした方向がわからない。路敏君、どっちだ」

「ついてきてくれるのはうれしいけど。夏南汰さん、どうしてこんな子どものいうことを真に受けられた」

「……虫の鳴き声がまったく聞こえないからな」

 言われてみて、やっと僕も気が付いた。

 そうだ、こんな田舎なら、この時間帯なら、セミ時雨で耳が痛くなるはずなのだ。

 なのに、僕は鈴の音だけしか聞こえなかった。祭の中でも聞こえた虫の声がまったくない。これは不自然だ。異常だ。いやな予感しかしない。

 日常から非日常。

 現実から怪奇現象へ。

 圧倒的な不気味な力によって切り替えられる感覚。覚えがある僕の体はブルリと震えた。

「なら、大人がいないとダメだろ。椿ちゃん、おじさん様子を見に行くから、じっとしていてね」

 正直、大人がついてもどうにかなるものなのか。

 しかし、夏南汰さんの言うとおり、人形みたいに線の細い椿では行き着くこと自体が心もとない。なれない格好で走ると足をくじくだろうから、ここにおいておいたほうがいい。

 当然の判断だ。

 僕と夏南汰さんは音のしたほう、それこそ獣道を通ってでもまっすぐと進む。

 獣道とはいえ、村人が利用する道なので、それなりに歩ける。鎌や鉈で藪を刈って進まないだけマシな部類なのだが、平らなではなくボコボコとした不安定な道なのでスニーカーの僕ですら走るのはつらい。

 それでも夏南汰さんは難なくついてくる。浴衣姿に下駄だというのに、スムーズに動き回る。

 大人だからか?

 それを差し引いてもすごい人だ。普通の人間じゃない。

 ある程度手入れがされているとはいえ、薄暗い雑木林。

 足を踏み出すだけでも恐怖はある。

 だけど、今は夏南汰さんが近くにいる。一人じゃないというだけで心を強く持てる。

 ギシ。

 不意に枝がなった音がする。

 強い風が時折吹き付け、葉をざわざわと揺らしているのか。

 同時に再び鳴き出す大量のせみの声。

 静寂じゃなくなった。止まった時間が動き出したような感覚。

 僕らはもう何かが起きてしまった後なのだとわかってしまった。

 それも最悪な方向に。

 日常へと戻ったのは、この悲劇から逃れるのはもうどうあがいてもできない。大切なものは取り返せないのだと訴えるかのようだった。

「ひぃ!」

 僕は短い悲鳴を上げた。

 音がした方向から色のついた液体から流れてきたのを見たからだ。

 赤い。

 赤い、鉄くさい……鮮血。

 頭の中では答えがわかっていたのだが、心が追いつかない。追いつきたくないと警報を鳴らしてくる。

 だが、この先の現実を知らないといけないと頭は判断する。

 血が流れていく先。

 そこには、壊れた神楽鈴の残骸もあった。

 僕が持っているのは一つだけなのだから、もう片方が見つかったと思えばいい。麻衣さんが右手に持っていたものか、左手で持っていたものか知らないけど。

 そんなものより、気になるのは鈴の柄に何かが付着していることだ。

 手だ。

 はっきり言おう、手首までしかない。

 柄を握っている切り離された手から、おびただしい量の血が流れているんだ。

 さらに、その近くにもう片手が見つかる。

 僕が殺されたときと同じく、両手が切り取られている。

 僕の両親も殺されたとき両手を切られていた。殺人者の意図はわからないが、なぜか、とどめをさす前に両手を切り、そして……。

 もし、同じような殺され方をしていたのなら……。

「そ、そんな……」

 僕は上を見上げ、その考えが正しかったことを知る。

 当たってほしくなかった予感。

 巫女装飾に身を包んだ人だったモノが、空中に揺れていた。

 男性か女性かをとっさに判別できなかったのは、この遺体は損傷が激しいため、とっさに誰なのかとわからないのだ。

 骨をきれいに抜き取られ、皮と肉塊だけとなった、人だったモノにされてしまったから。

 僕ら一家を殺害した殺人者は異常で、ただ、殺すだけではすまさない。まず生きている被害者の両手を切り捨て、ひるんでいる間に人から異形のモノへと堕としたいのか、ひどい細工を施しながら殺す。

 骨を抜くのはその過程の一つだ。

 どんな方法だったか。頭が思い出すのを拒否しているのか思い出せないが、ありえないぐらいの残酷な方法だったような気がする。

 骨が抜き取られ、皮と肉だけの異質な存在となったモノが、プラプラと風に揺れられるのは、胸元にがっちりと食い込んでいるフックのおかげだ。

 心臓を抉り出すぐらいに深く貫いている。殺された僕もこれが止めだったことは鮮明に覚えている。

 フックがぐさりと心臓に突き刺さった感触は忘れられない。

 すごい勢いで突き破られ、飛び出た自分の心臓をどこか他人事のように見ながら、意識が混雑して……僕は息を引き取った。

 僕よりも先に殺された父も母もそうだったと思う。

 見つけた当初、両親は家の天井に、まるで干しイカのように吊り下げられていた。ほぼ直感もあったが、着ていた服装からおそらく……という感じで、あの時は父と母だって認識したな。

 なら、この血まみれの巫女装飾の異様な死体は……。

「麻衣さんが……そんな、うそ、だ。うそだって言ってくれよ!」

 僕の意識があったのはここまでだ。

 途絶えたのは精神的ショックによるものか、それとも夏南汰さんによって意図的に気絶させられたのか。

 どちらにしろ、ここで思考がストップしたのはありがたい。

 親しかった人物が残酷に殺されたという現実から、目をそらすことができるのならなんだってよかった。

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