第3話 『二の部屋・月』
イラストに描かれているのは黄色の服を着た白くて黒い瞳のウサギ。
花のときイラストをよく見ていなかったから、うららに助けられる形でチューリップをゲットしたからなぁ。
しかも、色指定。
情報の大切さを改めて感じましたね。
次の部屋でいろんなウサギがいたら迷うから、ちゃんと覚えておかないと。
僕はじっと見ていた。
うららも僕と同じくじっとプレートを上目づかいで見つめる。
かわいい。
僕が少しドアから目をそらしたときだった。
ドンッ。
いきなり、ドアが開いた。
「あで!」「きゃんっ!」
すぐ前にいた僕とうららはドアに顔面をぶつかってしまう。
これは痛い。
鼻から血が出た。
「いったい何が飛び出てきた?」
僕は鼻を抑えながらドアから出てきた物体を見る。
「……?」
そこにいたのは、黄色いエプロンを着た白いウサギだった。
月の部屋にスタンバイしていたのだろう。
小さな鼻をヒクヒク動かし、黒いつぶら瞳に時折ゆれる長い耳がかわいらしい。 瞳が赤ではなく黒からすると、先天的にメラニンが欠乏しているアルビノではないようだ。
このフライングウサ子……わざわざきてくれて、本当にありがとうございます。
どうして感謝するかって?
当たり前だろ、動くウサギを捕まえるのって大変なことなのだ。
僕は飼育委員会で得たスキルで、人懐っこいウサギを抱きかかえ、無事捕獲。
早速祭壇の月のエリアにウサギを置いた。
「……」
……しかし、何も起こらなかった。
うんともすんともいわない。
ただ、ウサギはオロオロしだした。
僕の顔を見上げたときからだ。
……そういえば僕の額と鼻はズキズキするし、鼻血がまだ出ている。
いたいけな少年がこんな顔をさらしているとはいえ、ウサギがそんなに戸惑うものか?
まさか、ドアから勢いよく跳び出たとき、僕にケガをさせたことに気がついたのか?
どちらにしろ、ウサギにしては感情豊かなお人よしである。
「おかしいな、イラストのとおりじゃないのか?」
気づかいができるウサギよりも、気になるのは祭壇だ。
前の花と違い一向に何のリアクションも無い。僕の頭の中はハテナでいっぱいになった。
「路敏おにいちゃん」
僕が首をかしげていると、うららが気まずそうにトントンと指で背中をつついてきた。
鼻血が出た僕とは違い、うららにはかすり傷ひとつもない。よかった。女の子の顔が傷つくのは正直心が痛むからな。
「どうした、うらら」
「たぶん……原因はこれ」
うららは僕の鼻を指した後イラストへと動かす。
「……あ!」
僕の赤い血が、イラストを汚したせいで黄色い服は赤いものへと変わっていた。
そんなに流したのか、僕。
いや、それよりもその法則からいくと、僕はウサギが今着ているエプロンを赤に塗りなおさなければならない。
それはこまった。
「何か、無いか」
まず目にしたのは、祭壇の上のチューリップ。
しかし、染料になるぐらい大量に摘んだわけじゃないし、そもそも、白とピンクだから赤ではない。
いっそ、血で染めるということも考えたが、刃物が無い状態では難しい。
「社に何かないか」
僕とうららは社を調べてみた。
あったのは、接着剤と、選外になったネームプレートイラスト用のブロック。
ちょう、団子、雪玉か。団子と雪玉の違いは串があるかないかぐらいだ。
……没になった理由はよくわかった。
そして、血で汚れたイラストをきれいにしてくれそうなもの……多目的クリーナーはなかった。あれさえあれば血の汚れぐらいすぐにきれいになくなるだろうに。
「せめて、絵の具さえあれば……」
塗りつぶせたのにね。
「やはりここは僕が血を流すぐらいしかないか?」
「プヒーィ!」
ウサギから。
て、いうか、お前、鳴くのかよ。
「プヒ、プヒヒ」
どうやら、僕に待ったをかけているようだ。
しかし、僕が犠牲にならないとうららが……。ちなみにウサギに血を流させるという発想はない。
祭壇に置くのは生きているウサギでないといけないかもしれないし。
人間の前に現れてくれた気前がいい心やさしいウサギを犠牲にするのは、さすがに僕の良心が痛む。
月の部屋に行って赤いエプロンを来た別のウサギを探すというのも考えなかったわけではないが、ウサギを捕まえるのは難しいということを知っている僕は、時間切れを恐れてその選択を選べなかった。
本当にウサギを捕まえるのは難しいからな!
僕では脱走し野生化したウサギを、丸一日追いかけても捕まえられなかった。
用務員さんの経験と実績と必殺虫とり網の術(命名・生物委員会のある先輩)がなければ、ぴょん太君(オス・三歳)の逃亡劇が終わらなかった。
そう、このエプロンウサ子が奇特なだけ。
「小学生の僕でも五十ミリリットルぐらいなら……」
余裕で赤く染められるだろうから、問題ないな。
刃物がないから、どこから血を出すべきか。ぐらついている乳歯を無理やり引っこ抜くか。
「問題しかないよ、路敏おにいちゃん」
うららも止めに入ってきた。
何で、だ?
一番効率のいい方法だと思うのだが。
そんな物騒な僕の考えを否定するものはほかにもいたようで……。
ドン!
社からすごい音とともに、小動物用の緋色の和服が出てきた。
これを着せろというのか。
ちなみに音の正体は、社の隠し扉が開いたものだった。そこに扉があったのか、知らなかった。
いきなりのことで驚いたが、出てきたものがナイスタイミング過ぎて怖いが……。
お前、抜歯から離れろ、てことか。
血なまぐさい発想しかなかった僕より、このポルターガイストのほうが良心的だな。
「……プヒ」
ウサギは露骨にいやそうな顔をしたが、背と腹には変えられないといわんばかりにドンと身構えた。
着せ替えてもいいよ、と全身でアピールしているようだ。
「……お言葉に甘えて」
ウサギが着せ替えに臆した理由はよくわからない。まぁ、服を着ること自体嫌がるペットは多いけどな。黄色いエプロン着て出てきたウサ子ちゃんが抵抗するとは思えないが……。
緋色が苦手なだけなのか?
赤なんて戦隊もののリーダー以外が好んで着るものじゃないって、とか思っているのか?
ウサギ社会のことはよくわからないが、お前、毛並みふかふかのスベスベでかなりの美ウサギだろ。
なら、緋色も似合うって。
メスなら特に。
この緋色の着物のあでやかな妖しさが加われば、たいがいのオスは悩殺されるぞ。
「あ、お前……オスだったのか」
はえていました。
どこに、と思ったやつは、調べろ。
僕がちゃんと言えなかったのは、察しろ。
僕の思春期は早いのだ。
「ウサ子ちゃんとか思っていて……ごめんな」
あまりのかわいさにメスだと決め付けていたよ、ウサ公。
心なしかウサギは顔を真っ赤にしながら、もう、好きにして、と投げやりになっているように見える。
ありがとう、本当に、ありがとうという言葉しか思い浮かばない。
ともかく僕はウサ公の全面的な協力のおかげで、緋色の着物を無事着せることができた。
月と書かれた祭壇に置くと、花のときと同じく、何かの起動音とどこかが開く音がする。
着せる服の種類ではなく、色が重要なのかよ。
判定のアバウトさに辟易しながらも、僕は成し遂げた。
「月はこれで終わりだな」
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