第31話 遺言

 ところで、関口刑事と瑞穂刑事がこの神域までこられた訳は、地震のおかげだったそうだ。

 ただし、僕たちのように出来立てホヤホヤの穴から来たのではない。

 あの鶴の間の地下室をよく調べていたら、土の色が違う場所を発見。ちょうど照明から影になるところだったので、わかりにくかった。若竹さんが見落としても仕方がない場所だったらしい。

 怪しい場所は調べようとスコップ片手に掘ろうとしたら、地面が揺れた。その勢いで、土が崩れ、人が一人通れるほどの穴ができたという。

 もしくは、もともと穴があったのだが、見つからないように土を被せていたのかもしれない。

 とにかく進んでみようと、穴に入ってみたら、延々と奥まで続く、深く長い洞窟だったわけだ。

 洞窟内部には点々と電灯が灯っており、暗くはあるが、明かりを持ち込まなくても中を進むことが出来たので、落とし穴によって、関口刑事がはまってしまうまではスムーズに進めたという。

「すまんな」

「ふぅ、助かった」

 関口刑事と夏南汰さんを無事に救出したところで、僕たちは情報の共有と今後の行動について話し合うことにした。

 なお、椿は夏南汰さんについた土を払うのに忙しいため、口を閉ざしている。

 おじさん欠乏症にはなっていないが、夏南汰さんに引っ付いているものすべてに嫉妬しているのではないかと思うぐらい、それはもう熱中していたよ。

「……」

 関口刑事は瑞穂刑事から手帳を受け取ると、朗読する。洞窟の中に響く男性の声。短時間で情報共有を兼ねているとはいえ躊躇なさすぎである。

 もともと強面がますます険しくなっていくのは正直恐ろしかったが、そんなことより、気になることがある。

 田中さん以外の緑の眷属とは、誰か?

 二十年前の事件を引き起こした凶悪な緑の眷属の正体とはいったい……。

「でも、わからない犯人探しよりも、まずは目先のことを片付けるほうが先よね」

 瑞穂刑事の言うとおり、目に見えている問題である儀式のほうを念頭に入れるべきだな。

 彩ちゃんを殺した犯人を探すのはひとまずおいておこう。

「それに、えっと、若竹さんだっけ。彼女に供物のことをまかせっきりというのもよくないと思うの」

 そういえば、若竹さん一人、地上に向かわせていたな。

 故意じゃないとはいえ、相談なしに話を進めると、後が怖いような気がする。

「よし、地上の警察におおまかのことを報告するか」

 関口刑事のほうはなれた手つきで、電話の電波が届かないところで重宝されるトランシーバーを操作しだした。

「夏南汰、なにかほかに注意点はないか」

「あ、それなら若竹さんにも連絡してくれませんか」

 夏南汰さんが真剣なまなざしで、関口刑事に伝言を頼む。

「若竹さんから村長に協力を求めるように伝えてください。供物には特定の装飾が施されていましたから、詳しい人の協力が必要になるかもしれません。何より田中さんのことについて、知っておいたほうがいい」

 夏南汰さんの顔の真剣さがさらにました。

 覚悟を決めた男の顔とはこういうものなのだろうか。

「小柳川教授じゃなくていいの?」

「古文書の解読のため徹夜した方にこれ以上無理をさせてはいけないよ、瑞ぽよ。それに……」

 夏南汰さんの手には、彩ちゃんが残した手帳がある。

「二十年前行方不明になった小柳川教授のお子さん早紀ちゃんは、葵彩香の代わりに死んだようなものだから」

 葵の一族が奇怪な火事で全滅したはずなのに、なぜ彩ちゃんだけが生き残っていたのか。それは、彩ちゃんと同い年の子どもの小柳川早紀が彩ちゃんと当時誤認されたからだ。

 彩ちゃんの手帳から、事件当初、たまたま親に連れられ村の祭りに来ていた早紀と遊んでいたという。子どものいたずら心で、その日彩ちゃんが着るはずだった巫女装束を友達になったばかりの早紀に着せ、周りの大人たちを驚かそうとしたらしい。

 しかし、大人たちは逆上した緑の眷属に殺され、巫女装束を着ていたために『葵彩香』と間違えられた早紀も一緒に殺され、燃えされた。

 彩ちゃんは生き残ったものの、緑の眷属を見た恐怖で記憶を失い、放浪。後に警察に保護され、女将さんの親戚のところに養子と迎えられ、生きてきた。どんな運だといいたいところだが、村との縁は切れなかったようだ。

 そして一年前、小柳川教授と出会い、彼の実子が行方不明であり、早紀であると知ると、記憶を取り戻した。彩ちゃんは一族の仇である緑の眷属を神の元に返そうと、探っていたという。

 すべては一族の仇を取るためと、自分の身代わりとなって死んだ早紀とその親である小柳川教授への贖罪のため。

 頑張りすぎて、疲労困憊状態が続いていた。

 そんな日々の中、小柳川教授がいつも気遣ってくれていた。やさしさにふれ、心が何度もいやされたようだ。しかし、そのたびに罪悪感に押し潰されそうになる。

 すべてが終わったら、小柳川教授に謝ろう。

 許されないことだとわかっているが、謝って、謝って、謝り倒したい。

 許されるなら、小柳川早紀の墓で手を合わせたい……。

 そんな彼女の半生と願いが手帳に残されていた。

「たしかに小柳川教授にこのことを説明するには、タイミングが悪いわよね」

 瑞穂刑事も夏南汰さんの意見におおむね賛成している。

 切り刻まれた彩ちゃんの死体を見たこともあって、同情心を強く示している。

「小柳川教授に限らず、彩ちゃんのことについては伏せましょう。今話しても……村人をいたずらに怖がらせるだけでしょうから……」

 夏南汰さんは周りのことをひどく気にかけている。

 昨日、鶴の間に泊まっているとロビーで言っていなければ……村長が彩ちゃんを注意することはなく、彼女は無謀にも一人行動をとらなかったかもしれないからな……。

 彩ちゃんの死体を直視した僕ではあったが、しょせんは他人事だと思って、周りの人の気持ちを深く考えていなかったようだ。軽く自己嫌悪だよ。

 確かに僕は自分のことや、殺された家族の真相を探るだけで、頭の中はもういっぱいだ。だけど、僕はこの村に来て、助けられた。一つ、二つなんて少ないものじゃない。両手ではもてないぐらいの恩を受けたのだ。

 そんな村に忍び寄る魔の手。

 事件を解決しないと同じような悲劇が二十年後のめんだし大祭でまた起きるというのなら、僕は阻止したい。

 そして、この幻想怪奇の真相は関わった人間だけが知っていればいいと思う。

 昨夜の若竹さんの言葉を借りるなら、やわらかくもろい正気の世界を守るため、ということだ。

「そうだね、夏南汰さん」

 どこで小柳川教授の耳に入るか、わかったものじゃないから、彩ちゃんの死について当分は村に報告せず、僕たちだけの話にしていてもいいだろう。

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