第7話 窟拓村郷土資料館で同い年の女の子とその叔父に出会う
──窟拓村郷土資料館。
古民家を改築して作った資料館である。
味のある雰囲気に満たされているので、こんな田舎まで来る物好きな旅行者には好評だという。
ただ、常時開放こそされているが、蔵書はたいしたことはない田舎の図書室と、この村の歴史や民俗が詰められた展示室がひとつにまとめられているような所だ。
専門家の方の中では少し物足りないと思われるかもしれないが、田舎でここまでまとめ上げたというところに評価してほしいところである。
数点の農具と簡単な説明書きが置かれているケースを通り過ぎ、僕は本棚へと向かった。
「今日は何について読もうかな」
この数日間通い続けたこともあって、窟拓村についての大体の知識は頭に入れたつもりだ。
「明日は、大祭って聞いたし。ちょうどいいからそっちのコーナーに行ってみるか」
窟拓神社の由来や大祭のことが記されている本に手を伸ばす。
コツン。
手と手が触れ合った。
「?」
僕と同じぐらいの歳の線の細い象牙色の手。
地元の子ではないだろう。そもそもこんなさんさんと輝く太陽の下なら、村の同い年の子は大体山に探索しているはずだしな。
おとなしく本を読む子は雨の日でも珍しい。
「あ、ごめんなさい」
あわてて手を引っ込めるのは、カラスの濡れ羽色の髪を持つ、同い年ぐらいの、この田舎でも今までの人生の中でも現実では見かけたことがないぐらいの美しい少女だった。
なぜこんな辺鄙な村にこんな美少女が?
テレビの撮影が来るとは聞いてないし。
もしかして旅行者か?
「私の名は都甲椿。あなたは?」
「え……北上路敏だ」
思わずバカ正直に答えてしまったよ。
世間一般じゃ一家殺害で死んだ小学生の名を!
あ、同姓同名ってことで……いけるか?
しかし、苗字だけならまだしも、僕の名前って珍しい部類だからな。ごまかしきれるかな。
「ふ~ん。ずいぶん珍しいわね」
椿はそういうが、死人が生きているという感じでもなく、ましてや名前的なものといった感じでもない。
ならば、何が珍しいのか?
「私と同い年ぐらいの子がこういう本に興味を持つなんて」
たしかに。
漫画本や絵本ならまだしも、分厚い参考書を手に取る小学生は希少だ。
しかもジャンルは民俗学。学校の宿題で調べる以外、普通の小学生は見向きもしないだろう。
「私はおじさんが持ってきてほしいって言ったから探していたけど」
「おじさんの影響か。なんだ」
保護者同伴。
これは確実に旅行者だね。
「そういう路敏は?」
「僕は……学校の宿題だな」
とっさについた何気ない小さなウソ。
本当は、もしまた非日常に入り込んでしまっても的確に対処していきたいから、縁が薄いなじみのないこの村の情報収集をしていると、正直に話したところで、頭おかしいのではないかって思われるだろう。だから無難なものに差し替えたいのさ。
それに僕が世間をにぎわす北上一家殺害事件の被害者へと行き着かないようにしたい。
といっても、ウソがばれたところで、この真相に近づけるものか?
深読みしたところでどうなるってものじゃない。
僕が根っからの村の子ではないとわかるだけで、親戚の家に遊びにきたとかでごまかせられるから、たどり着けるわけがないか。
われながら疑り深い。
「あら、そう。なら、一緒におじさんの話聞かない? 私のおじさん、こういう話が大好きでね、難しくても私にわかりやすく噛み砕いて話してくれるの」
まぶしいぐらいの善意だ。
小学生が宿題でこの手の、僕の町について調べました的な社会科学習は、親や図書館司書の協力がないと苦労する。
まじめにするなら学習以外に交渉術が試される、宿題。
コミュニケーションの大切さを改めて知ることができるよ。
もちろん、ウェブページ丸写しという反則的な方法もとれるわけで。悪いとは思っていないよ。ただ、学習とはいつも答えが一つじゃないってことが、わかればいいンじゃないか。これからの人生、応用しだいでは強力な武器になりそうだ。
「いいのか。見知らぬ子供がいて」
「たぶん、大丈夫。おじさん、やさしいし」
どうやら、頭でっかちな学者タイプではないようだ。
子連れでこんな田舎まで来るやつは相当変わり者の物好きしかいないけどな。
「椿ちゃん。そっちでみつかったかい?」
すばらしいテノール声が聞こえると、人のよさそうな大人がやってきた。
少女の名を読んでいたところから、彼がおじさんなのだろうが……思ったよりも一回り若い。
カジュアルなファッションに身を包んだ、銀髪の青年だと誰が予想できる?
僕が想像したおじさんと違う。
(あれ、どこかで見たような……)
特徴的な容姿に僕は首をひねる。
どこかで見たような気がする。だが、思い出せない。
「もちろん、おじさん」
僕が手をはなしていることもあって、椿は目的の本を取り出し、おじさんに手渡す。
「でね、おじさん。この本、このこも、読みたいって」
お、おい。そこはもう少しオブラートでいってほしいところ。
ストレートすぎると対応をどうすればいいか迷うよ。
案の定おじさん困った顔しているよ。
「あ、あの。宿題で知りたいことがあって……一緒に読みませんか。僕だけじゃうまく読み取れそうもないですし」
よし、これならどうだ。
一緒に調べるという大義名分できたのではないか?
「いいのかい」
おじさん、いい表情だ。
本当にこういう民俗学的資料が好きな人なのだな。
「はい。あ、僕の名前は北上路敏といいます。よろしくおねがいします」
「礼儀正しい子だね。私の名は都甲夏南汰。椿の叔父だよ」
ああ、だからおじさんなのか。
見た目年齢が異常に若いということもないようだ。
「えっと……じゃぁ、夏南汰さん。一緒に読みましょう」
苗字だとどちらかわかりにくいし。ここは名前で呼び合うのがベストだろう。
血縁系関係がない僕が、夏南汰さんをおじさんと呼ぶのはなんとなく失礼な感じもする。
「そうだね、路敏君」
はっきりいって、夏南汰さんの読解力と教授力は人並み以上だった。
ものすごくわかりやすい。
こういう人が教師に向いている気がするが、残念ながら彼は先生ではないらしい。ちなみに免許は持っているようだが、倍率が高かったこともあるし、適性が合わなかったという。
まぁ、学校の先生は、生徒四十人分の学習指導といろんなものがついてくるからな。
学習に積極的な生徒だけ教えるのは楽だけど、まったく興味がないことを教えるのは苦労するものさ。
義務と趣味では入りやすさが違う。
僕も医学系は興味あるが、ほかのものは並か、それ以下だ。麗姫がいなかったら、女の子の心理なんかまったく興味を示さなかっただろう。
そんな、並しかないはずの好奇心を刺激する教え方に僕は舌を巻く。
おかげで情報がいつもより頭に入った気がする。
では、改めて、窟拓神社についてわかったことをまとめよう。
・窟拓神社は、
・二十年に一度、めんだし大祭が行われる。
・めんだし大祭のときのみ、緑精大神が降臨し、神域に入ることが許される。
・めんだし大祭の
・めんだし大祭が無事終わると、緑精大神からお礼に『梅』がもらえる。
・『梅』には無病息災のご利益がある。妊婦が食べると元気で丈夫な赤ちゃんが生まれることから、安産祈願でも使われることもある。
夏南汰さんはその中で不思議に思ったところは、この『梅』はかつて長子以外の胎児が、無事生まれるようにと使われていたという点だという。
普通は長男こそ無事に生まれるようにと願うものだからな。
だいたい長男以外の人間は、雑に扱われるか、死ぬまで家のために奴隷のごとく働かされる。
実際、結婚もできず、世間との交流すら許されずという極端な因習があったぐらい、長子以外の扱いは道具に近い。今の僕たちからすれば非人間的にも思えるが、一つの村社会を継続するためにやむをえない部分もあったので、現在の地点から善悪で判別してはいけない。
古い忌まわしい因習を廃絶したという点だけを評価すればいいだろう。因習とはいえ、長い間続けられたものをパッタリとやめさせたというなら、並大抵のことではない。
「ふ~ん。『梅』、ねぇ……」
椿が興味を示したのは、神から送られるごほうびアイテムだ。
女の子はこういうオカルトグッズ、好きだからな。
「この、緑精の『梅』のことだろうね」
夏南汰さんがバックから取り出したのは、よく見るフルカラーの旅行雑誌。資料館の本はモノクロ写真だから、わかりにくいから、見るならカラーのほうがわかりやすいね。
隠れた名品らしく、厳かに取り上げられているが、写真で見る限り普通の青梅と変わらない。
すみっこには妊婦に安産祈願に食べさせるものとして簡単な説明がある。あっさりしているが、旅行雑誌ではここまで簡略化されても仕方がないか。
分厚い参考書が三百ページ強あるのに、窟拓村について雑誌が取り上げているは三ページ未満。
情報量が圧倒的に違う。
「初穂料は五千円か。ごく一般的だな」
ともかく、興味深い情報が手に入った。
参考書に感謝しながら、僕らは本を閉じる。
そういえば、題名をよく読んでなかったな。
また読むことになるかもしれないから、覚えておこう。
なになに……「地域民俗セクション・窟拓神社と緑精大神」。シンプルだから手に取りやすかったな。
著者は小柳川民雄……あれ、この名前に聞き覚えがあるような。
喉まで出かかっていながら、なかなか思い出せない。なんか悔しい。
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