第6話 僕と遠い親戚と窟拓村
秘密、それは誰でも一つはあるもの。
しょうもないものから、墓場まで持っていかなければならない重大なものまで。人によっては大きく違うけれど、他人には知らせたくないものなんてたくさんあるわ。
わたしも、もちろんあるのよ。
秘密にしている、恋。
小さくてもレディですもの。
だから、ねぇ、おじさん。
世間の目もあってまだおおっぴらにはいえなくても、いいの。
おじさんに愛されているなら、それで、今は満足するわ。
◇◇◆◇◇
「……なんだ、これ」
僕は手にしているスマホの履歴をたどり、ひとつのとあるサイトのスレッド型掲示板にたどり着いていた。
お題は【それでも】気づかれにくくて泣きたくなる【恋はあきらめない】。
先生や幼馴染といった身近な人物に恋したため、なかなか振り向いてもらえないことに悩む、男女の語らいの場である。
その中で僕は近親への禁断の愛のコメントがあったので思わず、顔をしかめた。
「い、いや、まてよ。もしかしたら、血がつながっていないのかしれない。義理だったら、たしか法律上結婚できるってきいたことがある」
が、考え直す。
ちなみに、親違いの義理の兄弟姉妹も可能だ。
一般的な知識とは少し遠いような気がしないでもないが、ある程度の常識は僕の頭に残っていると思っていいだろう。
これは朗報だ。
生き返ってから、常識的な知識が希薄化している気がしてならないからな。
「ふぅ。目が疲れてきた。いったん休憩するか」
僕は持っている淡いピンク色のスマートフォンの電源を切る。
男である僕が持つには不似合いなソレ。
何でこんな女みたいな色にしたのかと、何も知らないやつに言われそうだが、僕にとっては家族との、妹の大切な形見なのだ。
しかもイヤホンジャックカバーは、ミニサイズの千代紙で鶴を折ってレジンで加工したもので、世界にたった一つしかない僕の手作りだ。
妹の誕生日祝いで気合と根性で作りましたが、何か?
少女趣味とか鼻で笑ったやつは、かわいい妹におねだりされたことがない、さびしい兄ってことでいいよな。
僕は手先が器用なので、ときどき妹にかわいくておしゃれな小物を作ってほしいと頼まれたものさ。クラスメイトたちの間で流行った手作りアクセサリーは僕がほとんど作ったな。妹は運動が得意だったけど、こういう細かい作業は苦手だったからな。
この折り鶴イヤホンジャックカバーもそのひとつってことだ。
僕と妹の家族愛に満ちている一品だというのが伝われば、それでいい。
「
故意で忘れたわけではないが、うらら……本名、北上麗姫。僕の二つ下のかわいい妹。守ってあげたかったのに、守れなかった妹。
なぜ、妹はあの場に残ったのか。
僕は、最後の「わたしが殺してしまったお父さんとお母さんのぶんまで、生き延びてね、路敏おにいちゃん」という言葉のなぞを解くため、妹の持ち物であるスマホの履歴を探っていたのだ。
「これといった成果はなかったけど、闇サイトや露骨に怪しいアンケートのページはなくて、本当によかった」
どうみてもホワイトな閲覧履歴に、妹が怪しいサイトに毒され洗脳されていなかったとわかったので、兄としてはホッとした。
もし怪しいサイトに引っかかっていたら、僕よりも先に警察が気づくだろうけど。このスマホ、一応、検分が終わったから返してもらったからな。
でも、僕自身の手で一つずつ可能性をつぶすのも大事なことだ。
僕は納得するために手間を惜しんではいけないのだ。
ちなみに妹のスマホは事件現場にあったものではない。学校に置き忘れていたものらしい。無用心だな。
だけど、事件に直接関係なかったからこそスンナリと手元に戻ってきた。それはうれしい。
家族の思い出が手元にあるのは、それだけで僕の心をあたたかくさせるから。
「あ、路敏君。眠くなってきたのかい。寝るなら、こんな縁側ではなく、部屋の布団の上のほうがいいよ」
今、僕に声をかけてくれたこの人は、僕の遠い親戚にあたる
窟拓山のふもとにある家で、一人暮らしをする十九歳の独身男性。村の役場に勤めている社会人一年生。なお、仕事柄、児童と接することが多く、村のちびっ子たちに人気があるようで、
親しまれている。
「縁側で寝ていたら、蚊に刺されてかゆいかゆいだよ、路敏君」
「え。この家には、蚊が繁殖しそうな場所がないのに?」
「たしかにこの家の庭は池どこか、水溜りも何もないけど。山から蚊はここまで飛んでくるからね。蚊の飛行距離をなめたらいけないのかもね」
このように、田中さんは不幸な事件によっていきなり来た僕にもやさしく接してくれている、温和な人柄の好青年だ。
一見すると優男なのだが、その見かけを吹き飛ばすぐらいのパワーファイターで、この前なんか道路脇の溝に脱輪した自家用車やトラクターを引き上げていたな。
どれだけ鍛錬したらそんなことできるのか。まったくなぞだ。
本人曰く、なにもしていないのに、なぜか小さいころからスポーツは何でもよくできたというぐらいの脅威の身体能力もちだという。
そんなよくできた人物だからこそ、警察からも僕の保護を頼まれたわけだが。
遠い親戚という世間体もあるが、なにより僕の身の安全のために、である。
北上一家殺害事件。
僕の父、母、妹が惨殺された事件だ。
僕はわたし様の不思議な力でよみがえったことで、病院のベッドでスヤァとできたわけだ。
そこまでいたるまで現実でも大変だっただろう。
実際、僕は死亡判定を受けていた。
その状況はある程度予想できる。
たしかに基本的には、死亡判断は医師しかできない。
しかし、救急隊でも死亡判定ができる場合がある。
明らかに体が千切れている、ミイラ化、白骨化、死後硬直、死斑、全身が腐敗しているなど、誰が見ても死亡していることが分かる場合や観察結果から死亡が明らかな場合には「社会死」といって、救急隊でも「死亡」と判断をして警察に引き継ぐこともある。
最終的に僕はどんな遺体になっていたかはわからないが、事件当初の本来の僕の体も、家族同様悲惨な状態だったと思われる。
だが、今の僕はわたし様のゲームに勝ったごほうびで、こうして五体満足でよみがえったわけだ。
いろんな変化は神様の不思議な力によって、全員が「最初からこうだった」と思っているらしい。そのため、僕は死亡判断を誤られ、生存している人間を救急隊が不搬送としてしまったケースということでおちついた。救急隊のみなさま、および関係者のみなさま、お騒がせしました。
だが、世間に出てしまった情報まで撤回、さし替えることはできなかったのか、北上一家は全員殺害されているという本来はあっているけど、大誤報になってしまったものが世間をにぎわせてしまっている。
ならば、僕は生き残っていましたと流せばいいじゃないかと思う方もいるだろう。
それだと僕はまた狙われてしまうかもしれない。
一家死亡だったから、僕の顔写真は公開済み。ネットでもその画像はアップされていた。僕自身が麗姫のスマホで確認した事実だ。どう考えても、僕たち一家の写真は世界中に拡散されているだろうね。
生き残りはしたものの家族の非業な死を目の当たりにした、いたいけな少年が、再び通りすがりの凶悪殺人鬼のターゲットにされたら忍びないってことだ。
警察は事件が解決するか、事件が風化するまで表向き撤回せず、情報を規制するらしく、僕をできるだけマスコミの目が届きにくい田舎の親戚の家に待機させたわけだ。
僕の心の負担も考えて、ね。
僕自身、問題があるのだ。
事件による精神的なショックもあって、僕の記憶は虫食いだらけ。いわゆる記憶障害というわけだ。
あのゲームの部屋で記憶が混乱していたのは、赤染様によるものだと思っていたら、それだけではなかったようだ。
完全に疑ってごめん。
状況的に、父、母の死に様を直視してしまい、僕も本来は死ぬほど体を引き千切られたわけだから、そりゃ、頭や精神がおかしくなるぐらいのダメージを受けるよね。
僕が統合性のない記憶に悩まされる、精神疾患もちになるわけだよ。
はぁ……。
一応、メンタルクリニックを受けて、改善しているようだけど。
まだまだケアが必要な情緒不安定な少年。
それが僕の現状だ。
病院に通院していることに対しては、家が医院で、物心ついたばかりの幼少期は病弱で、三年前までは入院と退院を繰り返した僕自身は苦痛を感じてはいない。
むしろ病室の消毒液のにおいと真っ白な空間が日常である僕には、ゆりかごのような心地よさを得られる場所だ。実家にいるような安心感だよ。
ただ、周りはどう思うか。どっからどう言い訳しても、厄介なガキである。
そんなわけあり問題だらけの僕を引き取ってくれているのが、田中さんなわけだ。
田中さんが快諾してくれて本当に助かったよ。いい人っているものだなってしみじみ思ったね。田中さんにはもう足をむけて寝られないね。
(そんな田中さんの献身もあるけど……)
今にでも崩れそうな僕の精神が正気を保っていられるのは、光の中で聴いた言葉、「あなたの願いどおり、あなたたち一家の惨劇を引き起こした犯人を探し当てられる機会をあげるわ」だ。
あの言葉を信じれば、近いか遠いかわからないが、事件の真相が明らかになるはずなのだ。
いや、明らかにしてみせる。
僕は麗姫のスマホを握り締める。
そう、北上一家殺害事件は、ただの殺人事件ではない。
あのわたし様という神様が出題したゲームと同じく、神がかりな力を持つものによる犯行。
幻想怪奇殺人。
事件の詳細こそは思い出せないが、じゃないと説明できないほど、人の手で行える暴力から逸脱した、不可解な惨劇だったということだけは僕の脳に叩き込まれている。
信じられないぐらいの力で両手を奪われた感触は、思い出すたびに寒気がする。
僕はそんな非日常に巻き込まれているのは確かなのだ。
「あ、田中さん。これから町に出たいですが、いいですか」
寝るというのもかなり魅力的なのだが、惰眠をむさぼるよりも先に情報収集だ。
空回りしようが、それしか僕にはできないし、考えられない。
「そうかい。どこに行くつもりだい」
「郷土資料館に」
僕はスマホをもって、田中さん宅を出た。
一人で行動を許されているのは、周りの村人のほとんどが血のつながった親戚という小さな村だからだ。親戚ゆえに垣根が低くなり、村人は村全体が庭という感覚をもっている。
一般的には少しおかしいと思われるだろうが、僕としてはその田舎特有の感覚のおかげで村の中では自由に行動できるので、ありがたいと思っている。
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