第5話 『関係者以外立ち入り禁止』
「え、なに」
「カチッ、という音だけじゃない……だと……?」
僕たちの背後。
それは、北面の立ち入り禁止。
南京錠で閉ざされた扉に鉄扉の内側からものすごい力で打ち付けられているようだ。
轟音のたびに扉が変形していき、今にも壊れてしまいそうだ。
「な、なにっ!」
そして扉にわずかな隙間ができたとき、人間の子供の小さな手が出てきた。
ただし、血まみれだ。
よく見れば、床には十二指腸が垂れ流されている。
「まさか、はえにえになった子供のものか」
ゾンビか。
ゾンビにでもなってしまったから、僕らを襲ってくるのか。
不死系モンスターにありがちな、生きている人間にたいする嫉妬から来る暴力。ただし、受けた相手は死ぬ。そして、ゾンビは感染し……やったね、仲間がふえるよ。
救われない連鎖すぎて笑えない。
「冗談じゃない」
大きなうなり声も鉄の扉の向こうからはっきりと聞こえる。
ヤバいな。
「ぷぷ!」
ウサギの鳴き声。
振り向けば、あの高い天井がポッカリ開き、さらに高くなっている。
「まさか……上に行けというのか」
どうやってと思う前に、社が螺旋階段に変形。どんな材木と仕組みを加えれば、こんなカラクリになるのか!
摩訶不思議な現象にあっけに取られる、僕。
そしてこの階段は一番上の光へまでつながっていた。
「路敏おにいちゃん、急ごう」
鉄扉だというのに今にも破られそうだ。
大至急、行動を決めなければならない現状。
目の前にトランスフォームしてできた、あからさまに怪しい階段だろうが、上るしかない。
出口があの光の先にあることを信じて、な。
僕はそう決めて、うららの手をとって、ウサギを抱きかかえた。
ウサギをほぼ反射的で腕にまわして支え持ったのは、なんやかんやで助けてもらっているからだ。置いていって、扉の向こうから出てくるヤバイやつらの餌食になってしまったら、目覚めが悪い。
「行くよ」
全速力で僕とうららは螺旋階段を駆け上がる。
何段か上がったところで、ガコン、ガン、ゴォオオンと鉄扉のけたたましい断末魔が耳に響く。
役割を失った南京錠は転がり落ち、突き破られた腹からでてきた十二指腸の上にホールインワンしクッションの代わりになったのか。金属状のものが床に落下する音はなかった。
「ちっ」
階段の隙間から見えたのは、僕の予想通り、腹を突き破られ
ぺたぺたと足音を立てて迫ってきている。
通常のゾンビよりも足が早くないか?
腹の中のものなくしている分、体が軽いのか。通常の腐った動く死体ではなく、軽量化に成功した動く屍の違いをこんなところで発揮しないで欲しい。
「きゃあ」
「下を見るな、振り向くな、逃げるしかない、うらら」
下のゾンビの大群を見て動揺したのだろう。足がもつれて倒れた、うらら。
僕は今にも泣きそうなうららを叱咤する。
「でも、でも……」
あ、本格的に泣き始めてしまった。
ドジったな。
僕よりも幼い女の子にいくら焦っていたとはいえ、怒鳴るように言ってしまったのはいけないよな。
怖がっている心に余計な負担をあたえてしまった。
「ごめん、うらら」
僕はうららのこぼれる涙を軽く指でぬぐう。
「あの光まで一緒に行こう。で、元の世界に戻ったらいくらでも泣いてかまわないから、今だけは走ってくれ、うらら」
「路敏おにいちゃん……」
僕にもし妹がいたら、という前提でなぐさめたわけだし、いいよな、これで。
女の子としてはもう少しキザな言葉のほうがよかったのか。残念ながら僕の語学力ではこれが限界だ、うらら。
これで立ち直ってくれ。
「うん。わかったわ」
うららは立ち上がり、僕の手を強く握った。
よし。
ゾンビたちが追いつく前にどうにかして僕とうららは駆け出すことができた。
「はぁ、はぁ」
周りをよく見る余裕がなかったから気がつかなかったが、上に行くにつれ、白から黄色、そして桃色へと階段と壁紙が色づいている。
花と月の部屋での要求をクリアしないと天井が開いていなかったのかもしれないな。
順番どおりに祭壇にお供えしてよかった。
「あと少し」
息切れし、今にも足がとまりそうな体に無理やり動かす。
迫り来る、ゾンビ。
後数歩なのに、だめなのか。
ぞっとするぐらい冷たい手が僕の肩に触れた、その時。
「ぷひー!」
胸元のウサギが鳴く。
するとゾンビの手が瞬く間に溶け出した。
「え……」
溶けていく手、腕、体……肉体だったものが液体へと変わっていく。
「ウサ公、まさか、赤染様のお気に入り……って」
雪だるまが輪になって歌っていた歌詞を思い出す。
とかして、とかして……ゴックン。
溶かしているのは見たが、ゴックンとはどういう意味か?
その答えもすぐわかった。
液体へと完全に変わったゾンビは、階段から垂れ流れ、落ちていく。
その順序は、口にした飲み物が下にある胃袋に向かっていく現象によく似ていた。
「ともかく、この場は逃げる。ありがとう、ウサ公!」
このチャンスを無駄にはしないと、僕は出口と思われるあの光に勢いよく突っ込んだ。
すると、あたたかい光に全身が包まれる。
もしかしてゲームに勝てたのか?
「おめでとう、路敏おにいちゃん」
うららの声に僕は振り返った。
そして僕はあることに気づいた。
必死になって逃げていたため、手を握っていたはずのうららがいなくなっていた。
「ぷぷ」
ウサギも僕の胸元からいつの間にか離れていた。
代わりに抱えているのはうらら。
「わたしが殺してしまったお父さんとお母さんのぶんまで、生き延びてね、路敏おにいちゃん」
さらに僕は気づいた。
うららがゾンビの大群のそばにいて。
楽しそうに、うれしそうに、手を振りながらこちらを見て笑っていることに。
「な、なにを言っている、うらら。それに両親を……父さんと母さんを殺したなんて、冗談でも言っちゃいけないだろ……あ!」
僕の意識が薄れていく。
同時に脳内にこんな言葉が送られた。
「おめでとう、路敏。あなたは生き返ることができるわ。わたし様に感謝しなさい。あなたの願いどおり、あなたたち一家の惨劇を引き起こした犯人を探し当てられる機会をあげるわ」
その言葉を最後に僕の意識はプツリと途切れた。
そして、次、目覚めたときには白い天井。
清潔感あふれる白い毛布に包まれ、僕は起き上がった。
「あれ……僕は……なんで病院にいる? はっ!」
目が覚ますと同時に頭の中に大量の記憶が流れ込む。
そして、僕は思い出す。
体ごと吹き飛ばされる感覚。
両手に走る強烈な熱さ、そして全身の痛み、薄れゆく意識。
遠くで妹の悲痛な泣き声。
ああ、自分は死んだ。
そう、僕は両親をむごたらしく殺した化け物に、両手首を引き千切られ、死ぬまで無残にいたぶられたはずなのだ。
その事実を僕はすんなりと、しかし衝撃をもって受け止めた。
「……でも、僕はゲームに勝てた……だから」
僕はあの部屋での出来事を、ただの夢だとは思えない。
まだショックで記憶があやふやのため、僕たち一家を殺した化け物がどんな顔をしていたのかまでは思い出せないままだが、殺されて一度死んだはずの僕の体は、傷ひとつない状態で回復している。
通常じゃありえない。
神の試練を乗り越えた者だけの、特典にしかいいようがない、この奇跡。
「すげぇよ……神様っていうのは……」
なくしたはずの両手で自分を強く抱きしめる。
ドクンドクンと心臓が規則的に鳴っている。
生きている。
僕は……間違いなく生きている。
僕こと、北上路敏は、わたし様、もとい赤染様という神様のゲームに勝ち、死の道理をくつがえした。
その結果、僕は世間をにぎわす北上一家殺害事件の唯一の生き残りとして病院に担ぎ込まれていたのだった。
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