第4話 『三の部屋・雪』

 僕とうららは雪とかかれた扉の前まで来た。

「今度は雪だるまか」

 赤いマフラーに青いバケツをかぶった雪だるま。

 小枝の手に真っ赤な手袋は典型的である。

 ウサギと違ってこれはドアを開けてやってくることはないだろう。

 僕は西にある『三の部屋・雪』の扉を開けて様子を見るまでそう思っていた。

 ここは神様が創った異様な空間ということを忘れていたよ。

「……」

 僕は扉の奥のソレを見たとき、思わずドアを閉めた。

 信じられない、信じたくない。

 脳が現実を受け入れるのを拒絶した。

「路敏おにいちゃん……」

 扉の向こう側を見てしまったうららの顔が青ざめ、震えている。

 正直、うららと同じぐらい僕も動揺しているのだが、僕よりも小さいこの子を守らなければという使命感によって、かろうじて耐えている状態だ。

「なん……なんっだよ、あれは……」

 雪の部屋。

 あたり一面真っ白な雪で覆われた雪国だった……ある一点を除けば。

 イラストに描かれていただろう雪だるまは大きな氷柱を囲んで踊っていた。

 問題は氷の柱の上にあったものだ。

 何があったのか。

 それについて語る前に話をいったん変えよう。

 モズのはやにえについて知っているだろうか。

 モズは捕えた虫やカエルをその場で食べないで、木にさしておくという奇妙な習性がある。

 これはモズの食事の仕方に原因であるようで、モズは足があまり発達しておらず、獲物を足で押さえてくちばしでついばむことをせず、木の枝などに獲物を刺してくちばしでそれをついばむという食べ方をするらしい。

 そのためエサを捕らえるととりあえず枝に突き刺すが、食欲があまりないと食べかけでエサを放棄してしまうので、はえにえが残るという。

 場合によっては再びお腹がすいたときにそれを食べることもあるが、干からびてしまうと手をつけないそうだ。

 モズとしては別に宗教的な理由があって、はえにえはしていないというわけだ。

 だが、あの雪だるまたちは違う。踊っていたところからすると儀式的な感情はあるだろう。

 そして、あの氷の柱に串刺しにされていたものは虫でもカエルでもない。

 人間だった。

 僕らと同じぐらいの小学生ぐらいの子供。

 はらわたが貫かれたその体は、ビクビクと動き、真っ赤な血と臓物を柱に巻き散らかし、飛び出しそうな目玉が恨めしそうに僕らを見ていた。

「んぐっ」

 扉をとっさに閉めたのは、その死に行く子供の目線から外れなければならないと防衛本能が即座に判断したからだ。

 あのメモにあった死とはこれのことなのか。

 真っ赤な血で汚れた氷柱。

 ぐったりとした肢体と僕らに向けた純粋な憎悪。

 目の当たりにした僕は、吐き気に耐える。

 いっそ胃を空っぽにしたら楽になるだろうが、うららに情けない姿を見せたくない。

 これ以上不安にさせたくない。

 その思いで、吐き気を飲み込む。

「……これから、どうしよう……」

 あの集団の中にいる雪だるま一体を持って来れそうかといわれれば無理だ。

 あいつらの戦闘技能がどのくらいあるかわからないが、戦うことは得策ではないと思う。

 じっくり見たわけではないが、あの……はえにえは突き刺された以外の外傷はなかったように見える。腹以外はきれいでなければならないのかもしれない。乳歯を抜歯しようとした僕を止めたところから仮定したから、間違っている可能性もある。そもそもあの大量の雪だるまに押し寄せられたら抵抗できずにつかまるのは目に見えてわかる。

 なら、どうする。

 イラストの雪だるまを見つめながら、僕は何かいい考えを出そうと必死になる。

「ぷぷ」

 僕の背中に何かもこもこしたものが跳びついてきた。

「なんだ?」

 チラリと見えるのは赤い布切れ。

 緋色の着物を着せたウサギだ。

 祭壇から離れていいのかよ……。と、不安に思ったが、どうやら一度置いたらいいらしく、何の音も聞こえてこなかったし、なによりあたたかい天然ラビットファーに凍り付いていた心がいやされる。

「うさぎさん、どうしたの」

 うららがウサギに話しかける。

 天使か。知っていた。

「ぷひ、ぷぷ」

 僕の背から飛び降り、こっちを見ろといわんばかりにウサギはぴょんぴょんと目的の物まで跳んでいく。

「これは……」

 接着剤と没イラストパーツ。

 そういえば、雪玉はイラストの雪だるまよりも大きく見える。

「雪だるまの上に雪玉をくっつけろということか?」

 いや、それだと……雪だるまを雪玉に詰め込んで拘束して供えなければならない、という解釈もできてしまうな。

「路敏おにいちゃん、もしかして、雪だるまを削って、雪玉をはめ込めんだほうがいいんじゃない」

 それだ。

 うらら、さえているな。

 問題はどうやってはずすかだよな。

 とりあえず触ってから考えるか、と僕は雪だるまに手をかけると……。

 ポロ。

 はがれた。

 あっさりと、はがれた(二回目)。

「……接着が甘かったのか」

 僕としてはうれしい誤算だけどさ。

 なんか釈然としないよな。

「さてと……」

 頭の中はモヤっとするが、それはそれと僕は黙々と付け替え作業に入る。

 雪玉のイラストに接着剤をつけて、扉に張るという簡単なお仕事だ。

 接着剤の説明書どおりなら、ものの十秒で接着完了だ。

 こんないい接着剤があるはずなのに、雪だるまはあっさりとはがれた。そういう細かいところに疑問がないわけではないが、それについて解明するひまがあるなら、ゲームをクリアしてこの場からさっさと出たい。出なければいけないと、雪だるまたちが行っていた儀式を見て僕は強くそう思うようになっている。

 だって、そうだろ。まずあんな猟奇的な儀式を中心に、輪になって踊るものたちと平和的に分かり合えると思えるか?

 思えねぇよ。

 思えるやつがいたら、少なくとも僕とは気が合わないだろうな。

「これでいいかな」

 後は雪だるまたちに気づかれずに扉を開いて、適当に材料の雪をゲットするだけ。

 雪玉はここでゆっくりと作ればいいだけだしな。

「あの雪だるまたちが儀式を行っていればいいンだが……」

 なお、気づいている方はいらっしゃると思うが、僕のこの遠い言い回しはわざとだ。僕らと歳が変わらなさそうな子供が生きたまま突き刺さっていたという事実から目をそらしたいので、できるだけ言葉を選んでいる。

 そして、無力な僕らはあの子を助けることはできない。

 見捨てるなんてなんてひどいやつだろうと思われてしまうだろう。

 だが、はえにえの子を仮に僕が雪だるまたちから救っても助からないとわかっている。

 医者の息子だから?

 確かに僕は医療系の知識は豊富なほうだ。

 だけど、それだけじゃない。

 わたし様という神様が僕たちの記憶をいじっているという不思議な現象も合わせて、冷静に考えた結果だ。

 記憶をいじれるということは、意識もある程度刷り込ませることも可能だろう。

 僕があの子が助からないのが当然だと判断するのは儀式なら仕方がない、必要なことだって割り切ってしまっているからだ。

 たしかに儀式という言葉は、異常な事態から逃げにくくし、罪の意識を軽くし、心の安然のために必要なものだ。だが、今の世にこんなに馬鹿正直に信じられるかといえば違うはず。

 そう頭で理解しているの、この心は儀式というものに強い説得力を感じるのだ。

 あんな野蛮で冒涜的な儀式でも、だ。

 そこから、僕は儀式に対しては寛容な心を刷り込まされていると考え付いたのだ。

 そして時間切れになったとき……おそらくあの雪だるまたちの儀式に強制的につき合わされるだろう。もちろん、はえにえ役で。

 だけど、僕は何の疑問も持たず、儀式なら仕方がないとあきらめ、あっけなく受け入れるだろう。

 そして、新たに生きるか死ぬかのこのゲームに強制させられた奴を見て、憎しみを一方的に抱く。

 ……恐怖しかない。

 ゲームにのらなかったときの血の結末を知ったこともあるが、それ以上に刷り込まされた心にも、だ。

『おマヌケさんを救うわけがないでしょ』

 僕のパーカーのポケットの中にあったメモの内容を抜粋してみた。

 あの子が救えないということは、そういうことと納得してしまう心が怖い。

 価値観が強制的に変えられてしまっている事実。

 本当にこれは神が与えた、命がけのゲームなのだな。

 僕はここに来てようやく納得できる説明がつけられたよ。

 なぁ、わたし様。あんたはかなりひねくれているンだろうな。

 だけど、あんたはちゃんとゲームと趣旨を教えたところからすると、悪辣ではないンだろうな。

「あとは部屋の雪をかき集めるだけだな」

 僕とうららはそっとドアに近づき、耳を押し当てる。

 雪だるまたちがノリノリで踊っている音と、歌が聞こえてきた。

 先ほどはショッキング映像に全意識を持っていかれていたので気がつかなかったが、雪だるまたちは歌っていた。

「気まぐれな赤染様は、赤が好き。だけどもっと好きなものがある。今日も月の間で着せ替えさせて遊んでいる~」

「お気に入り。赤染様のお気に入り。だから危害を加えれば、逆鱗に触れる。とかして、とかして、ゴックンよ~」

 神をたたえる歌というよりも、童謡に近い。

 赤染様が、おそらく僕らをここに連れてきたわたし様でいいのだろうか。

 まぁ、そんなことよりも雪だ、雪。

 僕はそっと扉を開け、雪だるまたちが夢中になって踊っているのを確認すると、地面の雪を両手いっぱいにかき集めた。

 冷たい。

 そして、リターン。

 扉をきっちり閉めたら、早速雪玉作りだ。

 こうやって丸めて……ニギニギ、ポンポン。はい、できた。

「こんなものか」

 僕が雪玉を祭壇に置いた、その時、

「あ」

 突然、背後からガァアアンという金属をたたきつけたような轟音が鳴り響いた。

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