第34話 弾丸は真実を撃ち貫く
……瑞穂刑事に抱きついて泣いた目のほてりが、ある程度ひいたころだろうか。
関口刑事が、田中さんへの最後のあいさつの時間だと、僕たちを本殿に呼び寄せた。
「田中さんにお別れ……僕、言えるかな……」
麗姫のような笑顔がいいのだろうか。
そんなことを考えながら、僕たちは儀式が粛々と行われている、地底湖の本殿の中に入っていった。
「おじさん」
さっそく、椿は夏南汰さんを見かけると同時に駆け出す。
(……本当に椿は夏南汰さんが好きだな)
そんなおじさんしか見ていない少女のウサギリュックの中に、彩ちゃんやその一族一派を殺めたと疑われている緑の眷属のノートを入れているとは誰も思えないだろう。
ノートを見つけた僕だって、椿が両手で持つよりも、リュックの中のほうがいいと詰め込んだところを一部始終見ていなかったら、信じられないよ。
椿は夏南汰さん以外、基本塩対応だからな。
「それにしても……犠牲者が一人出てしまうなんて悲しい事故だったわね」
若竹さんが声をかけてきた。
少しすねているような表情をしているのだが、なぜだろうか。その答えが思い浮かべられない僕は、とりあえず、若竹さんの言葉を鵜呑みにして、返事をするしかなかった。
「そうですね……」
事故、か。
確かに田中さんと麗姫の場合は、不慮の事故だ。
ただし、彩ちゃんを殺した緑の眷属は、まだ村の中にいるはずだ。
「でも、若竹さん……」
僕はこの衝撃的な事実を若竹さんに話そうとして……臆した。
いらない混乱を与えてしまうのではないかと。でも、若竹さんに何も話さずじまいではだめなような気がするのだ。
二つの考えが僕の頭の中で拮抗し、どっちつかずに揺れ動いている。
う~ん、う~ん、どうしようと複雑な思いは顔にまで表れてしまったらしく、若竹さんがフフフっと微笑を浮かべだした。
「路敏君。あなた、見ないうちにずいぶん感じが変わったわね」
「え、あ……そうですか?」
「少なくても、田中さんの前で号泣していたときとは比べられないぐらいに、たくましくなったわ。私がいないうちに何が起きたのか気になるところだわ」
勘が鋭い人だな。ノンフィクション作家の方々はみな、そういう人たちなのだろうか。
あいにく、僕にとって若竹さんが初めてだから、なんとも言えないけど。
そして、僕は気がつく。
(そうか、若竹さんは、僕の『変わったこと』を見逃したことに不服があったのか……)
成長記録ってやつなのかな。
ならば、彼女の知的好奇心を満たせるような答えをすればいい。
……しかし、作家が望むぐらいだぞ。
僕の頭のコンピュータがはじき出した答えは……うん、無理だった。
理系男子が文系女子に満足してもらえるような殺し文句を考えるのに何日もかかるというのに、このわずかな時間に今まで起きたことをまとめられる、すばらしい語彙力が僕にあるわけがないのである。
「ごめんなさい……詳しくは、田中さんを無事送り出してからでいいですか」
そうだよ。短い間とはいえ、いろんなことがありすぎた。
今から僕だけで若竹さんが納得するぐらいの説明をしていたら、田中さんの最後の瞬間にまで立ち会えそうにないだろう。
「ええ。今日中に話してくれるなら、大歓迎よ」
若竹さんの表情は喜色満面へと変わる。
ほう。どうやら、この対応でよかったようだ。後は事が終わり次第、瑞穂刑事を引き込めば、なんとかなりそうだ。僕がどう成長したかを、一番近くで見ていたのは瑞穂刑事だし。
「……若竹さん、少しいいですか」
僕が瑞穂刑事のことを思ったからだろうか。今度は、瑞穂刑事自ら、若竹さんに声をかけてきた。
「あら。何かしら」
大人の女性同士の会話か。
お邪魔虫にならないように、僕は距離を置いた。
そして、ふと右斜め上にいる馬渡村長のほうに目を向ける。
(……教科書をみたいな無駄のない動きだ……)
馬渡村長は手馴れた手つきで、包装した供物を緑精大神への神饌を、手順どおりに配置していた。
ただただ無心に。
そう思えたのは、彼の目には何も映っていないからだ。
喜びも悲しみも儀式の最中には必要ない、と頭の中でスイッチを切るように感情を封じた目。
大なり小なり神事を行うものはすべて、このような目で作業をするものなのだろうか、と考えてしまう。
一見すると冷徹に見えるそれは、必要なことだってわかっている。だけどなんとなく悲しいと思うのは、僕にやさしくしてくれた田中さんを、この世から送り出すために行っているものだからなのか。
「これで仕上げだ」
村長が最後の書物を置き終えると、祭壇がほのかに光りだす。
この不思議な光は下界の供物を天に昇らせるための仕様なのだろうか。僕はそう結論付けることで、目の前の超常現象を受け入れた。
「田中君……」
村長の目にはいつのまにか感情の色が戻っていった。
(あ……)
そして、おもむろに、眠っている田中さんに近づいていく。
スースーと寝息を立て、今はおとなしくしている田中さんだが、いつ目覚め、暴走して襲い掛かるかわからないので、近づいて欲しくない。
だけど、村長だって、田中さんに最後の言葉の一つや二つ送りたいのだろう。
察した僕はこのまま黙って見守ることにした。
僕、田中さんがいなくなることが、つらいと思う人は僕だけじゃないのだということ、村長の今の目と様子を見てやっと思い出したよ。
「まさか、田中君が化け物だなんて……。信じがたいが、その腕はそういうことなのだな」
田中さんの腕は緑の眷属の腕のままだ。
思考が化け物よりになってきているのか、人間に擬態することが億劫になっているようだ。
村長はむき出しになっている醜い異形の腕に指を這わせて、顔を伏せる。その顔には暗い影が射す。
(馬渡村長……)
僕はなんと声をかけたらいいのだろうか。
まるで家族のように接していた年下の仲のいい男女が、そろいもそろっていなくなる。女は殺され、男は完全な化け物になる前に神の元に送る。
これが田中さんの願いをかなえる最善策だとしても、やるせない気持ちでいっぱいになる。
死者が出た時点で、物語のようなきれいなハッピーエンドはありえないとは、わかっていても、だ。僕は近づいているこの終わり方にもやもやする。
「すでに犠牲者二人も出ているのに……田中君までいなくなってしまうのか。さびしいね……」
あれ?
僕は村長の言葉に強烈な違和感を覚えた。
村長は知らないはずの事実を知っている。なぜと、尋ねる前に、不意に僕の体が浮かぶ。
腰には大きな手。関口刑事のものだ。
振り向くと、みな、村長から距離を置いていた。
夏南汰さんにいたっては、銃を構えている。
「いったい……なにが」
「これを見ておけ、路敏」
関口刑事が取り出した鏡。人間に化けていようと緑の眷属を映し出すソレには、奇怪な生き物が神饌の儀の壇上に二体も映っていた。
「ま、まさか……」
一人は田中さんだってわかっている。なら、もう一体は……と僕が視線を鏡の中の人物から、現実の人物に向ける。そして同時に、夏南汰さんが引き金を引いた。
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