第32話 嵐の前の静けさ
再び、地底湖の神社。
僕たちは若竹さんたちと合流し、改めて供物の準備に取り掛かった。と、いっても、現役小学生である僕と椿は具体的にしたことはほとんどない。
そして、瑞穂刑事もそれは同じで。
むしろこの生来のドジっこ眼鏡に子どものたちの面倒を見させることで、儀式の準備中の神社であやまって供物ごと池ポチャというコント的なネタをやらかさないようにしたともいう。
しかし、何もしないというのは、心がざわざわするので何かはしたかった。そこで、関口刑事は、僕らに地震によって地底湖に落ちた供物の回収を言いつけたのだ。
つまり清掃である。神聖な儀式を行うわけなのだし、目に見えるものは片付けておくべきだろう。
「見事にぬれているな」
僕はぬれてだめになった包装されている部分をとって、一応中身を確認する。本は全滅だった。字が水によってにじみ、これではもう読めないだろう。
だが、ビニールに入っていたお菓子などは食べられそうだ。
「でも、これを食べられるかというと、気持ちの問題が……」
供物用に購入したものなのだし、小腹がすいたからと言っておいそれと食べていいようなものではないだろう。
「なら、とりあえず、そこの摂社にお供えしたら」
あったのか。
本殿しか見ていなかったから気がつかなかった。
お供え用のお菓子を無駄にしなくてすむならそれでいいと、僕と椿は瑞穂刑事が指す場所に向かう。
そこにはどこかで見た社が並んでいた。
「あ、もしかして……赤染様の、か」
摂社は僕を生き返らせたゲームに出てきた、スクランブル出張神社と瓜二つだ。
「もしかして……」
僕はお菓子をお供えしたその手で、摂社に触れる。
「どうしたの、路敏君」
神罰が下るような行為をする僕に瑞穂刑事が驚く。
「隠し扉もここにあるのかもしれない」
さすがに物理法則を無視し階段にトランスフォームしなくても、あのギミックがあってもおかしくはないだろう。
僕はウサギ用の緋色の着物が飛び出てきた隠し扉を、思いっきり引っ張る。
スー。
日ごろから使われているようで、すんなりと開いた。
「あ、中に何かあるわ」
すかさず横にいる椿が、見るからに怪しいつぼと市販の大学ノートを取り出した。
瑞穂刑事のうっかりで手がかりになりそうなものを壊されたら、たまらないからな。彼女はしょうゆビンをこぼしまくった姿が印象的なため、この手の信用は薄いのである。
「でも、この軽さから、つぼの中には何もないみたいね」
椿の言うとおりつぼの中身は空っぽだった。
だけど、大学ノートには文字が書かれている。
「で、ノートの日付は二十五年前からか……」
僕はパラパラとノートの内容を確認。
内容を読み解くと、いつ、誰に『梅』を何グラム渡したかと几帳面に記録されていた。
そして、二十年前から筆跡が変わっている。二十年前に葵の一族とそのシンパたちを殺した緑の眷属が書いたのかもしれない。
「……どうやらつぼの中には『梅』が入っていたみたいね」
椿は空っぽのつぼを元の場所に置き、隠し扉を閉める。
たしかに中身がないものを持っていても邪魔になるだけだしな。安置させるのが正解だろう。
「葵の一族の代わりに、『梅』を緑精大神から受け取り、人々に渡している者がいるということね」
村全体が葵の一族の代わりに神事を行っているので、誰が『梅』を受け取ったのか特定しきれていないが、このノートの今の持ち主こそが、彩ちゃんや葵の一族を抹殺した緑の眷属につながっているだろう。もしかしたら、当人かも。
僕はこの有力な証拠の登場に胸が高まる。
「あ……」
僕は田中さんの生まれる三ヶ月前ほどだろうか──田中家に『梅』を三グラム渡したという記述を見つけてしまった。
「田中さん……」
田中さんの親御さんはどんな気持ちで『梅』を受け取ったのだろうか。
もちろん純粋に子どもが五体満足で産れますようにと願っただろうけど、その結果が人外だ。何もかけることのない、健康的な赤ん坊であったが、やるせない。
「ん?」
ふと、僕はノートに書かれた氏名の中から、北上という苗字を見つけた。
……見ツケテ、シマッタ……。
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