第22話 アーティファクト

「本当は事件が終わったら、すべてを忘れ日常に戻ることをおすすめだけど……無理だろうな。君の家族を殺した化け物がかかわっているからな」

 夏南汰さんは苦笑する。

 子どもなのにそんな重いもの背負っちまってと、思っているのだろうか。

「あら、夏南汰さんは敵の正体まで見当がついていましたの」

「ああ。あの化け物の名前はわからなかったが、緑精大神絡みだとはわかったぐらいだな」

「緑精大神ではないと」

「神相手なら、俺たちが無事なわけがない。麻衣さんを見て気絶した路敏君を支え、かばいながら戦えた。神の僕としても中級……いや、下級クラスだと判断する」

 僕が気を失ったとき、夏南汰さんは敵を、化け物を、目撃していたのか。

 怪奇案件に精通しているとは知っていたけど、戦いなれているとまでは思わなかったよ。

「路敏君は真相を知ったとき大変なショック受けるよ。本当はここで椿ちゃんと一緒に部屋でゆっくり寝て、今日のことはほとんど夢だったと思ってほしかったよ。だけど、君は……生き返った君は、決着をつけないといけないだろう」

「か、夏南汰さん。どうして……そのことを、知っている!」

 誰にも言っていない秘密のはずなのに。

 しかも、生き返ったということをいい歳した大人が信じれるのかよ!

「ふふ。いいことを教えましょうか、路敏君。幻想の世界は決してこの現実……わかりやすく言うならば、私たちが普段生活している正気の世界の向こう側なんて遠い場所にはないのよ。見えないだけで、どこにでもありえるものなの」

 息を吸う。

 そんな当たり前のように、幻想の世界は存在しているというのか、若竹さん!

「でも人間の微弱な精神は幻想の世界を受け入れて生きていけるほど、丈夫にできてはいないの。幻想は幻想として処理し、拒み、事実を書き換える。ソレをひどいとか思わないでね、路敏君。やわらかくもろい正気の世界を守るため、頑張っている人間は多いのだから」

 僕が今まで知らなかっただけで、こんなにも正気と狂気の世界の境目は薄く壊れやすいものだったのだ。

 そして僕は気がつく。わざわざ村まで来て僕を気遣っていた存在は、刑事さんたちは、もしかして……。

「まさか、関口刑事や瑞穂刑事は……」

「怪異系の事件を担当し、工作する部署に籍を置く公僕よ。この地域では捜査一課・特殊霊能班というのが正式名称らしいわ」

 そういう班があったのか。

 殺人事件などを担当する捜査一課であるが、特殊霊能班とまで伝えたら、まず胡散臭くて、協力されそうにないよな。

 しかし、必要な班であることは、怪奇的な体験をした僕ならわかる。

「瑞穂刑事はここの夏南汰さんと同級生のときから怪事件に巻き込まれてきたから、耐性と理解がありますからね」

 ふふっと笑う若竹さん。混浴風呂でも見たもとの同じ笑顔のはずなのに、影が増しているような気がした。

「若竹さんの言い方はちょっときついけど、大体あっているよ。実は、俺も誘われたけどさ。兄から預かっている椿ちゃんがいるから、帰る時間が不定期になりやすい仕事はちょっと、ね」

 警察関係は二十四時間体制だから。小さなお子様がいる家庭には厳しい。

 おじさん不足になると発狂する椿のために、やめたほうがいいと思う。

「たしかに俺の経験は捜査に、得物は怪異との交戦にむいているってわかっているけどね」

 夏南汰さんが懐からおもむろに銃を取り出した。

 もしかして……銃刀法違反!

「モデルガンですわね。市販されているものと大差ないようですが」

 あ、本物の銃じゃないのか。なら、一安心だ。

「でも、この仔……が宿ると違うみたいですわね」

 何を電波的な会話を……とは思った。

 夏南汰さんのもつモデルガンから、真っ白な長い耳が出てくるまでは……。

「プヒ」

 緋色の着物を着たウサ公の上半身が銃の中から鼻をヒクヒクさせながら、若竹さんになでられたそうに顔を向けている。

「赤染様主催のデスゲームの報酬のアーティファクトといったところでしょうか」

 下半身が銃の中に入ったままだというのに、ナデナデする、若竹さん。

 この人、僕が思っている以上に肝が据わっているようだ。

「プヒヒ」

 気持ちいいのか、目をトロンとさせているウサ公。

 かわいい。

 お礼をいうようにお辞儀をすると、その愛らしい姿とは無縁にしか見えない、モデルガンの中に戻っていった。

「ああ。こいつはある怪奇ゲームの景品になっていてね。赤染の祝福により、撃ち抜かれた相手は元の姿……あるべき姿に戻るという特性がある」

 そういえば、ウサ公に触れたゾンビはドロドロになったけど……。

 もしかして、あのゾンビは液状になるぐらい長い時間、あの空間に閉じ込められていたというのか。

 僕はあの試練にクリアできてよかったと改めて思った。

「俺は人間に化けた怪物と戦う怪異事件に巻き込まれることが多いからね。重宝しているよ」

 夏南汰さんの発言に、僕は背筋が凍りつく。

 現実では武器ではないが、幻想の世界に入り込めば立派な凶器になる、摩訶不思議な銃。

そんな都合のいい魔術的武器を持つことになった夏南汰さんは、どれだけ幻想怪奇な世界で戦ってきたのだろうか。

 夏南汰さんの強さの秘密の一端を知り、僕は心に重いものを感じた。

「さらに夏南汰さんの魔力をこめれば、下手な銃よりも威力は高くなるでしょうね」

 若竹さんの補足説明はさらに僕を凍えさせてきた。

 一般人から逸脱している存在。

 正直、恐怖で身も心も凍りそうだよ。

「この銃の引き金が引ける今、ここは正気の世界から外れてしまっている。そして、タイムリミットはおそらく緑精大神が村から出て行くまでの間。解決しないと、また同じような悲劇が繰り返されるだろう」

 同じような悲劇?

「めんだし大祭の最中に起きる事件。時代の違いもあるのだろうけど。緑精大神が授けるという『梅』は、人にとって扱いきれない力である、と俺は思う。その力が何なのか。それについては残念だが、決定的な手がかりがないから特定できない」

 そうか、二十年前に火災で亡くなったという葵の一族、未解決の児童行方不明事件のことを言っているのか。

 いくらめんだし大祭の準備などで村の警備が薄くなっているとしても、大祭の年に二回連続で不幸な事件が起きているとなると何かあると考えたほうがいいか。

「そうですわね。しかし、原因は『梅』と見ていいのですか。物象が少ない今は、背景が見えませんよ」

「だけど、これからいく先で見つかればいいと思う」

 若竹さんは拍子抜けらしく、ややあきれた顔がするが、夏南汰さんはまだ何かつかんでいるようだ。真相に至るまでの何か、とまではいかないだろうが、期待していいという顔で答える。

「あら。行き先は決めていましたの。こんな夜中だというのに……コンビニぐらいしか開いてなくて?」

 ちなみに、窟拓村のコンビ二は七時に開店して二十二時に閉店。駐車場がやたらに広いという田舎あるあるである。

「これから、開けるよ。この畳の下の、ね」

 畳をはがしていくと、その下から床下収納のような、下向きについた扉が出てきた。葵の花の模様が彫刻された鉄の扉だ。

 サビなどが付着しており、相当古いものであることがわかる。

「こ、これは……」

 僕は、部屋を軽く片付けていたとき、畳に違和感があったのを気のせいだと言いくるめて、こんな重要なものを隠し通そうとした夏南汰さんに疑惑の目を向ける。

 僕のことそんなに信用できなかったのかって思ってしまう。

 すると、夏南汰さんは僕を落ち着かせるため、ポンポンと頭をなでてきた。

「いや~。この部屋に入ったときから俺もいやな予感はしていたよ。こういう縁起の悪いのは気になるから、普通の敷き方に配置しようとしたら、見つけてしまってね」

 こんな状況じゃなければ、入る気はなかったと。

「……僕、畳を動かそうとしたあとがあるといったとき、あんなに否定的だったのに……」

 若竹さんが来る前のあの畳に関してはなんの疑問もありませんなという会話は演技だったわけで。

 なぜそんな演技をしたのか、僕にはわからない。

「盗聴器の類はないか、調べてからじゃないと本当のことは言えないからな。椿も察してくれたし。本当、よくできた姪っ子だよ」

 夏南汰さんの握っていた盗撮・盗聴器発見器を見せてくれた。旅先で事件に巻き込まれることは多かったから持ち歩いているモノらしい。準備いいな。

「今回は殺人事件まで起きた。なら、こんな怪しい部屋を探索するなら相応の準備をしておかないと」

 ……本当に夏南汰さんはこういう怪事件に慣れた人なのだな。

 僕の貧相な発想力では、みすみす敵、ここでは殺人者の巧妙なワナにかかって真相がつかめないどころか、下手をするとデッドエンドになるところだったに違いない。

「ちなみに、盗聴器はあったぞ。今はつぶしているが……。そこで、若竹さん、あなたは扉の前で待っていてくれないか」

「あら、一緒に探索しなくていいのかしら」

「たしかにこの扉の向こうが空間超越とか、実は外とつながっていて、うっかり敵とご対面という可能性があるけどさ。それよりも出入り口は確実に確保しておいたほうがいいと思う。勘だけどね」

 初対面の人物だよな、若竹さんって。

 異様に信用度が高くないか。

「……まぁ、いいですわ。その代わり、探索にあまり時間をかけないでください。資料があったら、すぐ持ってきてくださいね」

「ああ。じゃぁ、路敏君、いっしょに行こうか」

 もしもの荷物もちに僕が指定された。

 こんなあからさまに怪しい地下。調べたくなる場所だから、いいけど。旅館の浴衣のままでいいのか?

「あ~。このまま、このまま。動きづらいだろうけど、必要なことだ。理由は……まず、神事を行い、神域に入る者は、身を清めた後に、葵の花か葵の花を模したものを身につけておかなければいけない。そうしないと神域に入れない……というところからかな」

 旅館のロビーのポスターで見たことある。普段の僕だったら、こんな怪しい場所に伝承に縛られ動きづらい格好で行くなんてと鼻で笑ったかもしれないが、今は幻想世界のターンだ。僕は怪異に慣れている夏南汰さんのいうとおりにした。

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