第15話 めんだし大祭の前夜祭
──窟拓神社。
東側の鳥居をくぐって入ると、提灯が迎えてくれる。点灯にはまだ時間があるが、列を組んで並んでいるよう飾られている光景は圧巻だ。
囃子の音も聞こえてくるところから、本格的にめんだし大祭が始まった……らしい。
しかし子供の僕には厳かで神聖な空気に満たされた豪華絢爛な舞よりも、ツーワンコインからで楽しめる買い食いやゲームだ。最安値は二百円、最高値は千円(路敏調べ。なお、神社で通常売られているお守りなどは除く)。
出店からは食べ物のいいにおいがして、食欲と購買意欲をそそる。
僕はまず全体を把握してから、モノを買うタイプだ。ブラブラと何かおもしろそうなものやおいしそうなものはないかなっと目星をしている。
もちろん、それは祭りを純粋に楽しんでいるからと……僕の周りにいる人物たちから意識をそらすためだ。
はっきり言おう。夏南汰さんと椿はそのあまりの美貌ゆえに全体的に浮いている。
撮影というファンタジー世界でしか許されない浮きっぷりだよ。
現に屋台を回っている最中、かなりの人にジロジロと見られている。
「うふふ。おじさん、きれい……ちゃんと残しておかないと……」
こちらは夏南汰さんの足元にスタンバイしている椿。一心不乱にスマホの写真機能を夏南汰さんに向け、ボタンを連打しているが、テレビでも出てきてもおかしくないぐらい可憐な少女の顔は健在だ。
「姪っ子がいるって大変だな……夏南汰さん」
たしかに、椿の言う通り、今の夏南汰さんの姿は男とわかっていても色っぽく、そして素晴らしいものだ。美の造詣に詳しくない僕でもそう思えるぐらい、ステキだよ。一種の芸術品だよ。場違いなほどにね。
「あ~、やっぱりこの背景は正解ね♪」
おじさんにぞっこんラブな椿が目をキラキラと輝かせている。おじさんが何気なく社交辞令で話しただけで、あれだけ機嫌を悪くした姪っ子。不特定多数に性的な目でこの色っぽいおじさんを見られたら、憤慨してしまうだろう。
だからこそ、椿は周りのほとんどは清き恋愛以外に興味がないおっさんに、リアル不倫には関心がないおばさんだらけの被写体として都合がいいこの田舎の祭りへ行くように誘ったのだろう。
椿にとってみればここは大好きなおじさんをより輝かせる都合のいい背景に違いない。
「はぁ……、すごいよ、椿。本当に、何と言っていいのかわからなくなるぐらいに」
旅の恥はかき捨てとはよくいったものだ。
浮いているとはいえ、常識範囲内だから特に問題はないけどさ。
僕は夏南汰さんの心情に同情するしかなかった。
「ははは。椿ちゃん、もう写真はこれぐらいでいいんじゃないからな」
おじさんは、恥ずかしがっているぞ。
ほんのり赤く色づく頬は見間違いじゃないだろう。
恥ずかしくモジモジしているシーンを撮りたかったからなんて宣言されたら、僕は何につっこめばいいかわからなくなるけど。
「うん、そうする」
一通り撮って満足しましたという椿の顔。
本当におじさんが好きなのだな、この姪っ子め。
「そろそろ、お祭りを楽しまないといけないと思っていたところよ」
「そうかい、そうかい」
椿の奇行を見てしまった僕は、少し投げやりな気分になっていた。
「祭りではしゃぐ愛らしいおじさんを心のメモリーカードに完全保存しなくちゃ」
「なんだ、それ」
はじめは何を言っていると思ったさ。しかし、その意味は椿がじっと夏南汰さんを凝視し、多少のブレはあったが、目を離すことはなかったことでわかった。その執念が気持ち悪い。
「ははは。椿ちゃん、じっとみているけど、そんなにりんご飴を食べたいのかい」
夏南汰さんは夏南汰さんで。
椿の視線は自分のものではなく、その奥にあるものだって決め打ってしまっているよ。
なぜ気がつかない。
は、まさか!
普段からなのか。
普段から椿にこんな熱視線を受けているのなら、感覚がマヒしてしまうだろう。
それなら……仕方がないか。
僕も大分椿の行動に毒されてきているのであった。
で……夏南汰さんたちと店をまわった結果。
今、僕は焼きそばを食べている。
一つ五百円と屋台では、オードソックスな品であろう。香ばしいソースとマヨネーズのトッピングは正義だ。
そして背中にあるのは、夏南汰さんが射的でとってくれたリュックだ。中にはこの祭りの中でゲットした景品がつめられている。僕自身が取ったのは、このリュックと比べるとしょぼいので割愛する。やんちゃな時期の子どもにはあったらいいな、という小物ばかりだから使い勝手はよさそうだけどね。
で、このリュックを手にした経緯は、夏南汰さんが射的で椿がリクエストした景品をあっさり撃ち落すと、あまった弾の処理をしたいから、僕にも何かほしいものはないかといってきたのだ。
せっかくだしと、取れなくても取れても損はしなさそうなものを頼んだ結果が、この背中の白熊が描かれたリュックだ。軽くて丈夫なナイロン生地で、ポケットが多めなので整理しやすく、こんないいものをもらっていいのかと思うぐらいだ。
しかもこれもたった一撃で撃ち落すのだから、腕いいな、夏南汰さん。五発中四発、命中。しかも命中した景品はすべて戦利品になるといういい腕を見せてくれた。
ちなみに景品をもらったときはの椿の顔は、それぐらいは許してやるという感じであった。
二番手にはやさしいのか。
それとも、やさしいおじさんを見るのが好きなのか。
射的の景品であったウサギぬいぐるみ型リュックを背負い、下駄をカランカランと鳴らしながら、神社の石畳を歩く姿はさまになっている少女はおじさんの愛くるしい姿を凝視することで悦に浸っている。
恋する女の子の中にはこういうタイプもいるのか。
勉強になるな。
僕観察による、女子の生態についての新たなレポートを胸に刻み込んでいたときだろう。
ガヤガヤガヤ……。
村人も観光客も一斉にある方向に動く。
行き先は神社の拝殿。
なら、答えは一つだ。
「そろそろ、祭りのメインイベントが始まるようだね」
めんだし大祭の見所。
緑精大神の降臨を歓迎する神楽舞。
僕は夏南汰さんたちに連れられるように、境内までやってきた。
知っている大人の近くにいるだけで、足取りが軽くなるものだな。スムーズにいけたような気がする。
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