第14話 奇妙な縁

 村人がいなくなってから、僕らの昼食が始まった。

 さすがにカレーは売り切れになっていたが、ハヤシライスやオムライス、お子様ランチは残っていたし、村特産の梅を使った、梅ゼリーもある。

 田中さんは甘いものとすっぱいものが苦手だから、甘口の食べものは売れ残っている。お子様舌の僕の好物と被っていないのはありがたい限りだ。

 緑色の涼やかでさっぱりした梅ゼリーはこの暑い季節にはもってこいの一品で、すごくおいしい。

 この梅ゼリーを食べるまで、僕、梅のことすっぱいだけ食べ物だと思っていた。

 だけど、この甘酸っぱい梅とプルプルのゼラチンのコンビネーションは抜群で、今となっては、こんなうまいものがあったのかって感動するぐらいだ。

「うん、この梅ゼリーはおいしいね」

 夏南汰さんも椿も大絶賛だ。

 窟拓村に来たら、食べないと損だよね。

「おじゃまします……あ」

 女性の声とともにガラガラと戸が開く音がする。

 どうやら新たに客が来たようだ。

 黒いスーツの二人組み。村人としても観光客としても珍しい組み合わせではあるが、僕は朝に出会った。

「夏南汰じゃないか。何でここに!」

「え、関口刑事に瑞ぽよ」

 双方、偶然らしく、驚いている。

「久しぶり、夏南たん。それと椿ちゃん」

 お互いあだ名で呼び合っているところから、どうやら瑞穂刑事と夏南汰さんたちは旧知の仲らしい。

 気さくにあいさつしているところから、友達以上の関係かもしれない。

「……プイ」

 椿は瑞穂刑事のことを一方的に嫌っているようだ。まぁ、おじさん好きの彼女からすれば、親密度が高い恋のライバルにしか思えないだろうな。

「おじさん、もうご飯食べ終わったことだし、浴衣に着替えよう!」

 グイグイと強く引っ張って上目遣い。

 あざといことをするね、椿。

「あ、そうだね、椿ちゃん。路敏君。着替えてくるから、待っていてね」

 でも、この手のやきもちは、かわいいよな。

 麗姫もそうだったからな……。ちょっと、センチメンタル。

「わかった」

 夏南汰さんたちは一時退出すると、刑事さんたちが近づいてきた。

「夏南汰が、路敏が行っていたいっしょに祭りを回ってくれる大人か」

「うん」

 関口刑事はむさいおっさんだが、その言動に、僕は安心感を得られる。

 いや、むさいおっさんだから気が休まるのだろうか。

 亡き妹と対極な存在のありがたみを知る日が来るなんて、人生わからないものだ。

「そうか。絶対夏南汰からは離れるなよ、路敏。あいつはいつもポヤポヤしている奴だが、妙に勘が鋭いところがある。危険からお前を守ってくれるはずだ」

 関口刑事は夏南汰さんのことを信用しているようだが、なんともいえない表情を見せる。

「夏南たんが悪いわけじゃないっていうのが、みそなのよね」

 瑞穂刑事も複雑な表情を見せるが、手元がおろそかになったので、しょうゆ刺しを転がしてしまった。

 いつもの調子で、いうのは変なのだが、あいにく僕は瑞穂刑事がしょうゆ刺しを一度も転がさずに食事を終えた光景をみたことがない。

 しょうゆ刺しがあると、瑞穂刑事は転がさずにはいられないのだろうか。ドジっこ眼鏡の生理現象なのだろうか。

「おちつきなさい」

 見事にフォローするのは、小柳川教授。

 まずは転がったしょうゆ指しをたて、これ以上しょうゆがテーブルの上に流れないようにする。

 次に被害をテーブルの上だけで済ませるために、ナプキン紙でせき止めて、床にまで落とさなくする。

 最後は店の人に頼んで台ふきを借り、あっという間にテーブルをきれいにする。

「は、はやい」

 とっさの判断でここまでスムーズに対処するとは。

 手馴れているのかな?

 小柳川教授の身近にもドジっこ眼鏡が生息しているのかもしれない。

「あう。ありがとうございます」

 瑞穂刑事のドジっこぶりにはあきれるしかないな。

 ここまで頻繁だと、集中力のせいだけではなく、眼鏡の度数が合っていないのかもしれない。とりあえず、事件が終わったらゆっくりと眼科に行って、診断を受けてほしい。

「それにしても、この村に刑事さんが来るとはね。何か事件でもあったのかね」

 村には事件はないですけどね……。

「あ、いえ……この古賀のやつが、こういうひなびた田舎が好きなのですよ。俺もその影響を受けて。休日には県内の村を巡っています」

「あ、はい。私、こういう田舎にあこがれています。いつか、田舎暮らししたいです」

 う~ん。

 何だろう、このとってつけたような理由。

 せめて、理由が逆……関口刑事が、田舎が好きで、その影響で瑞穂刑事も好きになったという順番のほうがしっくり来るのではないだろうか。

 僕は打ち合わせも何もない状態でいきなり演技したら、説得力が乏しくなることを学んだ。

「お若いのに珍しい。それとも最近は田舎暮らしにあこがれる若者が増えているのかね」

 さすが、民俗学の教授。

 怪しいとわかっていてもスルーする、大人の対応だ。

「まぁ、めんだし大祭の前後に事件や事故が起きやすいので、刑事さんたちがいるのは、ありがたいのことですがね」

 そういえば、教授が言っていた児童行方不明事件も、葵の一族火災事故も二十年前といっていたな。

「そうですね……」

 関口刑事は世間話に相槌を打ちつつも、その瞳には刀身のような鋭さがあった。

 何か、重要なことを知っているのか。

 しかし、子供である僕には伝えられるようなものではないのだろう。

 表裏が少ない関口刑事が口を閉ざしているのだ。まず聞けない。

「とにかく、路敏。夏南汰の側は安全だからな。絶対離れるなよ」

 それにしても関口刑事にしては執拗に念を押してくるな。

 だが、ここは言うとおりにすべきだな。それに夏南汰さんの側はなんとなく落ち着く。強いものに守られている安心感というか。夏南汰さんといれば元気がわいてくるような気がする。

 だから僕は深くうなずいた。

 そしてその思いは……食堂に戻ってきた夏南汰さんたちを見て、正直少し揺らいでしまった。

「……夏南汰さん」

 僕はじと目になった。

 純粋に祭りを楽しみたいから、村に来ていたのはわかっていたことだけど、なんか、これはないじゃないかというか。

 浮かれすぎているというか。

 地味な服装と好む夏南汰さんが、緋色の派手な浴衣を着てくるって予想できなかった。

 しかも品はいいものらしく、この筋の人間でなくても、一目で安いものではないとわかる。浴衣だけじゃなく、各帯もすごい。黒を主体とし、輝く銀色の線は銀髪と合わさっていてすごくきれいなのだ。

 似合う、似合わないで問うなら、間違いなく似合うけど、こんな田舎の祭りで来るような格好じゃないと思う。

「おじさん、すてき」

 一方、椿派というと黒い浴衣に身を包んでいる。少し意外だが、象牙色の肌によく似合っていた。夏南汰さんの浴衣と同じ赤い帯に、大きな椿の花もいいアクセントだ。

 フィット感と高級感からして、もしかしてオーダーメイドか。

 お前の父親金持ちなのかよ。

 夏南汰さんの父親は窟拓旅館のオーナーだって聞いたし。そうなのだろうけどな。

「あはは……そうだね。似合っているね」

 小柳川教授は、若い者同士、楽しみなさいと、僕らとわかれる気満々だし。

 僕だってこんな状況じゃなかったら、派手な格好の人と隣を歩くのは臆するからな。教授の気持ちは痛いほどわかる。

 そんなシャイな僕の心情を読み取った関口刑事ではあるものの。

「人を守ることに関しては、夏南汰は優秀だ。それに目立つ分だけ変なのが近づいてこないのかもしれないぞ」

 と、小さな声で僕の耳元でささやいてきた。

 関口刑事の言うことも一理ある。僕、己を納得させるために、うなずくしかなかった。

「ううう……。やっぱり派手だよね、この浴衣」

「これ、お兄さんから送られてきたものよね、夏南たん。ドンマイ」

 赤面している夏南汰さんをなぐさめるように、瑞穂刑事がぽんぽんと肩をたたく。

「ステキなのに~。でも、恥ずかしがるおじさん、かわいい、かわいい」

 椿……。

 姪っ子というところから、夏南汰のお兄さんとは、君のお父さんと考えていいのかな。

 父と娘は趣味が似るものだからといっても、これはちょっと……と僕も思います。

 ともかく、僕らは、刑事さんと教授にメチャクチャ微笑ましい目で見られる。

 少しいたたまれない気分になりながらも、食堂を出て、予定通り、僕らは大祭が行われる窟拓神社へ向かうのであった。

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