第11話 二人一組、一課のベテラン刑事とドジっこ眼鏡登場

 田中さんの家まで後数分。

 そんなとき、溝に埋まったシルバーの車を発見。日産のノートだな。グレードまではわからないけど。スポーツカーじゃないと興味が薄れる。

 車には誰も乗っていないが、近くでごめんなさい、ごめんなさい、申し訳ありませんと眼鏡をかけた女性が、年上のいかつい顔した男性に平謝りしていた。

 双方、黒めのスーツ。

 そしてどこかで見た顔だ。

「あ、刑事さん。おはようございます」

 間違いない。

 北上一家殺害事件担当の刑事たちだ。

 たしか、かたぎに見えにくい男性刑事さんは関口せきぐちたまき。ドジっこ眼鏡な女性刑事さんは古賀こが瑞穂みずほ

 常識的に考えれば、重要な情報に一番詳しい人たちである。

 それにしてもなぜ、こんな朝方に。事情聴取でもしに来たのか?

 この刑事さんたちはときどきこの村までやってきては、僕の様子を見に来る。未解決事件の重要な鍵としてという建前と、僕の体調を気遣っての本音は、熱意とやさしさに心がとろけてしまいそうだよ。

「デジャヴを感じると思ったら、前もこんなふうに溝にハマっていなかったですか?」

 小学生にまで呆れ顔で見られたことに、瑞穂刑事はさらに落ち込んでしまった。

 背中の火の玉と縦棒には哀愁が漂う。

「ああ。そうだな。だから、田中さんを呼んできてもらってもいいか、路敏」

「いいよ、関口刑事」

 田中さんなら、困っている人を見捨てないだろうし。

「田中さ~ん、また刑事さんが田んぼの溝にはまっているよぉ!」

「またかい」

「……また……」

 落ち込んでいる古賀刑事をしり目に、事情と聞いた田中さんはあっさりと承諾。

「まぁ、この村の車の事故の理由はだいたいコレだからね」

 田中さんは慣れた手つきで、車をヒョイっと持ち上げる。そして無事道路中央へ。

 毎度のことながら、すごい力だ。

 ちなみに、田中さんの窟拓村職員としての半分の業務は溝にハマった車を持ち上げることだと、前に馬渡村長に聞いた気がする。

「ふぅ。これで一件落着だね」

 窟拓村のパワーファイターは今日も今日とで、メイン雑用をこなしたのだった。

「よかったら、朝ごはん、一緒にしませんか」

 田中さんのお誘い。麻衣さんの作り置きはすごい量だけど、大丈夫かな。

 数日間暮らした僕は少し不安になる。

「ありがとうございます。あと、お弁当もってきたのでそれもあわせて」

 刑事さんも大量に食品買ってきてくれた。

 関取にでも食わせるのかと思うぐらいの量だ。

 だが、田中さんの前ではそれは間違っていない。

 どういうわけか、田中さんは中肉中背ながら、食べる量がすごい。もしかしたら、車を持ち上げられるほどのパワーは、すべて食事によるエネルギーによるものなのかと思うぐらいだ。

 田中さんと一緒に食事をしたことがある人間は、次は大量に何か食べ物を買ってくるようになるのも自然の成り行きなのだ。

「いいのですか。街のお弁当、なかなか食べられないのでうれしいです」

 刑事さんの持ってきたお弁当に目を輝かせる。

 典型的な大食いファイターに見えるだろう。

 しかし、大食いキャラになったのはつい数年前からで、子供のときはそれほど食欲はなかったという。

 歳をとるにつれて、エンゲル係数が指数関数。よく食べ、よく働く、好青年田中さんが形成されたという。

(はぁ。なら、なおさら……)

 僕は夕飯の残りをレンジで温めながら思う。

 麻衣さんが夕飯をよく作りに来るのは、田中さんの胃袋を完全掌握するため。味よし、量よし。もう、ここまでくれば応えろよ、田中さん。

 今日中にでも。ほら、大祭というイベントにかこつけてさ、少しロマンチックなことでもいえばいけるンじゃないかな。

「なぁに。こちらもいろいろと世話になっているからな。おい、路敏。お前もいっぱい食えよ」

 僕は、関口刑事が、あれを食え、これを食え、足りねぇ、もっと食べろ、だのとうるさく言ってくる、にぎやかな朝ごはんをそれなりに楽しんだ。

 いかつい顔だが、面倒見がいい刑事さんだよな。

「関口刑事の言うとおり、路敏君はもっと食べたほうがいいわよ。ほら、これも」

 瑞穂刑事が空になった皿を取り除いて、唐揚げを僕の前に勧めてくるのだが、前方をよく確認していなかったようで、しょうゆ差しにひじがあたる。

「あぶない」

 こぼす寸前、田中さんがすかさずフォロー。

 ナイスフォローである。

「きゃ、ごめんなさい」

 お辞儀をしようとして、一歩後ろに下がろうとしたら、近くの本棚に体ごと当たる。当たり所が悪かったのか、たまたま一冊の絵本がドジっこ眼鏡刑事の頭に向かって落ちようとする。

「まったく、注意深く周りを観察しろって、言っているだろうが」

 今度は関口刑事が落ちてきた絵本を絶妙なタイミングで取った。

 すごい。

 一つの危機を脱したらと思ったら、次の危機。その危機を察知して補い、助けるってどれほどの訓練を受けたらできるようになるのか。

 僕は計り知れないものを感じた。

「まったく気をつけろ、古賀」

 関口刑事は何を思ったのか絵本をしげしげと見ると、パラパラとめくりだした。

「関口刑事……?」

「すまない、田中さん。キズがないか確かめてみたのだが……」

「あ、これは私が幼稚園児の時にもらったものなので、元からあちこちキズがついているのですよ」

 しかも古いためか、今にも壊れそうな絵本である。田中家の本全般は劣化していて、だいたい壊れる一歩手前のものが多い。そのため、僕はこの絵本を始め、本棚の本には手を付けていない。壊れてもいいと田中さんがいいと言っていても、実際壊れるとまずいからな。

「私としては古賀刑事が大事にならなくてよかったです」

 本棚には絵本以外にも、辞書や百科事典や並んでいたからなぁ。

 当たり所が悪いと痛いだけではすまされない。

「本当にすみません、田中さん」

 今度は周りもちゃんと確認した上で頭を下げる瑞穂刑事。この完璧な姿に、普段から余裕を持って行動すればいいのにと思った。

 そう、思ってしまうぐらいに……この後、いろいろと日常生活に関するナイスフォローを見たような気がする。ちなみにカウントはとっていない。片手の指を折って数えられるだけ……を過ぎるぐらいだからな。

 このドジっこ眼鏡刑事が。

 僕と刑事さんたちと田中さんの家での楽しい朝はこうしてあわただしくも平穏に過ぎていった。



◇◇◆◇◇


 ──窟拓旅館。

 何で僕が旅館にいるのかって?

 一番の理由は麻衣さんが作りおきしてくれた料理や刑事さんたちが持ってきた弁当……朝食のうちに田中さんの胃袋にすべて片付けられてしまったからだ。

 田中さんの食欲にはいつも驚かされるよ。休日ではあるが、めんだし大祭のため、実行委員の田中さんは準備のため朝から大忙しだ。僕にかまっている余裕はない。そこで、昼食は旅館の食堂で好きなもの食べてね、と食券を渡してくれた。

 そう、この旅館は食堂前の食券を購入すれば、いつでも魅力的な料亭の味が楽しめる、窟拓村の人気グルメスポットでもあるのだ。

 育ち盛りの僕のことも考えてくれているよ。

 刑事さんたちはいくら平和な田舎とはいえ、子供一人でうろうろしているのに難色を示したが、旅館先には旅行に来ている同い年の女の子がいるはずだから、もしかしたら会えるかもとこぼすと、いい顔で親指を立てて見送ってくれた。

 う~ん。何か勘違いされた気にもなるが、まぁ、旅館にいけるのはいいな。

 昨日の郷土資料館よりもわかりやすい情報が手に入るかもしれないし。

 実際、夏南汰さんがいなかったら、僕はあの中の資料でめんだし大祭についてまとめきれたかどうか。むしろ、できなかった可能性が高いな。

 資料館は子供向けというよりも民俗学専攻の学生向けだからな。そこは仕方がない。でも、小柳川教授の書いた資料本は結構おもしろかったから、また読んでみたいな。

 知識不足の僕だと噛み砕くのにかなり時間がかかりそうだけど。

 そうこう考えているうちに、旅館に到着。

 現時刻、十時。

 昼飯にはちょっと早いので、僕は窟拓村についてめぼしい情報はないかとロビーへと足を運んだのだ。

 あとは、子どもでも簡単に読み解ける資料がありますように、と祈るだけ。

 その祈りが通じたのかロビーに着いたらすぐに窟拓村に興味を持った旅行者向けの資料はすぐに見つけられた。

 なぜなら、数枚の展示パネルに、観光用にまとめた壁にポスターや写真が並んでいるからだ。

 近くの町のイベントや、県庁所在地近くの博物館美術館の案内。そして日ごろから村の住民が集う場所だからか、村の行事については一通りそろっている。

 とくに本日のメインイベントめんだし大祭についての様々な情報が公開されていた。

 見やすいし、わかりやすいな。

 ふと目に留まるのははめんだし大祭のポスターの巫女装飾の麻衣さん。化粧をしているので、すぐには気が付かなかったが、あの愛らしい顔立ちに、そん色はない。

(麻衣さん、きれいだな……)

 いつもと違う麻衣さんの姿にドキドキしていると、不意に声をかけられる。

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