第20話 入浴お色気シーンは至高

 満室だが、夏南汰さんが泊まっている部屋に子ども一人追加するぐらいなので、それほど問題にならなかったようだ。

 オーナーの息子特権ってすごいな。

 そして、僕らは今、混浴の露天風呂の中にいる。

 風呂場の奥に、露天風呂への入り口があったので、せっかくだしと入ったわけだ。

 僕と夏南汰さんと椿で。

 小学生が何をませたことをしていると思う方。弁解させてくれ。

 夏南汰さんと僕の性別は男だ。しかし、椿は女。小学生なら男湯に入っても、法律上は問題ないが、難しい年齢に到達すると嫌がられること必須だ。

 あと、殺人者がまぎれている可能性がゼロじゃない。子ども一人の行動は避けたい。

 だから、これは仕方がないことだ。

 椿が興奮しながら、堂々と夏南汰さんのほんのりと赤みを帯びた肌を凝視しているが、邪な理由じゃない。

 僕は、そう信じている。

「ふふふ……。おじさんの肌きれい。食べてしまいたいぐらい……ジュルリ」

 ……訂正、邪な理由『だけ』じゃないってことにしてくれ。

 含みはあるよ。うん……。

 湯気で微妙に隠されているが、口からよだれが垂れ流れているぞ、椿。

 僕は愛と欲望まみれの空気に耐えながら、湯に浸かった。

 ああ、気持ちいい。

 そして、景色もきれいだ。

 いやなこと……現在進行形のも含めて忘れてしまいそうだよ。

 目を閉じ、軽くトリップしていたときだったろうか。

 ガラガラガラ。

 風呂場の入り口が開く音がして、チャポンと妙に想像力をかきたてるような色っぽい音とともに誰かが湯に浸かる音がする。

 湯気もあったので、どんな人が来たのかわからない。

 混浴に来るのは、夢とロマンを追いかける男性か、羞恥心をなくした女性と決まっているので、僕は特に気にしていなかったはずだが、湯気の中から現れたシルエットに映る姿はあまりにも滑らかな曲線を描いていた。

「こんばんは」

 シルエットの持ち主は夏南汰さんよりは、年上っぽい感じの年齢不詳の大人の美女だった。

 漆黒の瞳には、深い輝き。鼻筋はすっきりとした端正な造詣の美貌。サングラスのない素顔に、青みがかった長い黒髪を団子状まとめているので気づくのが遅れたが、フォードのマスタングで来た場違いなほどに精悍で美しい女性。

 若竹さんだ。

 そんな彼女が──際どいところが湯気で見えないところが神がかっているが──生まれたままの姿でそこにいた。

「わっ」

 風呂だから裸でいるのは当然といえば当然だけど、美女が混浴に来るとは予想外だ。

「あ、こんばんは」

 普通に返したよ、夏南汰さん。

 度胸があるのか、無頓着なのか。

 ドギマギしている僕と違って、こういう美女に免疫があるようだ。

「都甲夏南汰さん、でよろしいのでしょうか」

「あっています。だけど、俺はあなたのことまったく見覚えがないのですが。どこかでお会いしましたか」

 ややとげがあるのは、警戒しているからか。

 小学生二人を守る大人の表情は険しくならざるを得ないだろう。

「いえ。私が一方的に知っているだけですわ。都甲さんのはかねがね聞き及んでおります。あなたに実際にお会いできて、非常に光栄ですわ」

 美女は意味ありげに含み笑いをする。

 その表情から、敵意がないことをアピールするために、わざとこのような場面に出くわせたのだと読めた。度胸がある女性だ。

 妖艶さと高貴さが入り混じった若竹さんは、裸でも、卑猥さよりも、神々しさを感じさせるほど堂々としていた。

「私の名は若竹韻です。普段はノンフィクション作家として生計を立てていますの」

 知的なオーラにあふれている。

 美人で頭がいいとは、どこの完璧超人なのか。

「それでも、俺に用があるとは思えないが」

「ご謙遜を。警察関係者と顔見知りになるぐらい、数々の怪異事件を解決してきたじゃありませんか」

 この新情報に僕は驚愕した。

 これが事実なら、幻想怪奇殺人事件にとって心強い味方だ。なんとしてでも一緒に行動してもらいたい。

 しかし、あまりの都合のいい展開であったため、疑心暗鬼気味の僕はある種の冗談にも思えてしまった。頭の中が情報と感情を整理しようとごっちゃになる。

 そんなまごまごしている僕とは正反対に、若竹さんはからめるような力強い視線を夏南汰さんに向けていた。

「単刀直入に申し上げますわ。私はこの村で起きている怪異の真相を知りたいのです」

「知ってどうする気だい?」

「もちろん。今回の事件のことは後で本にまとめて出版する予定です」

 ノンフィクション作家らしい答えだ。

 しかし、彼女の眼差しには曇りきった欲望の色は見えず、圧倒的な凄みと強い信念の光で輝いている。裸体であるというのに、無防備のはずなのに、いやらしさと弱々しさをまったく感じさせないのは、この眼力のせいなのかもしれない。

「協力したら、出版する本を自宅に送ってくれるのかい」

「それもさせていただきますわ。でも、出版前の原稿も気になるでしょう。伏せておいたほうがいい事実まで書き出されていないか、チェックしたくありませんか」

 若竹さんは微笑みつつも、抜き身の刀のような鋭い視線で夏南汰さんをとらえている。

 絶対に逃がさない。

 どんな手段を用いても協力させようとする意思がある。

「……わかった。協力し合おう」

 夏南汰さんは若竹さんの強い意志に同調したようだ。

 警戒心は消え、期間限定とはいえ、頼もしい協力者を得たことに安堵しているようだった。

「夏南汰さんならそういっていただけると思いましたわ」

 意味ありげな笑みを深めた若竹さんは、露天風呂から上がり、

「では、鶴の間に一時間後にはお訪ねしますので、よろしくお願いしますわ」

 軽くお辞儀をすると、出口へと手をかけた。

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