第9話 帰り路と窟拓村の祭り限定巫女
再び大通り。
行きは駆け足だったが、帰りはゆっくりと歩くことにした。
なので、いろいろな景色が見えてくる。
田んぼと畑だらけの村の風景に、夕焼けのグラデーション。
電柱には、窟拓神社開催のめんだし大祭についてのお知らせのポスターが貼られている。
資料館で文化と由来をかじったことで、じっくりと見てみる。
ポスターに書かれていることは、観光客へのアピールが主立ち、世俗的な部分、踊ったり、屋台が立ち並んだりとにぎやかな雰囲気で統一されていた。
明日の前夜祭のメインイベントは巫女の舞らしい。ポスターの中心にこの村独特の巫女服を身にまとい踊っている女性の写真が張られているところから大体想像はついていた。
視線を下にかえ、説明文を読むと納得できた。
舞は緑精大神を招くために必要な儀式だという。
この村で選ばれた年頃の娘が、数ヶ月前から練習、準備しているので、毎年本格的な舞が見られるらしい。
気合が違う。
なお、近年は村に娘が少ないので、ここ数年同じ人が舞を披露しているという。
「あら、田中さんの家の路敏君じゃない。こんにちは」
うわさをすれば影がさすのか。
今年も巫女に選ばれた
「こんにちは、麻衣さん」
歳は十八。ハツラツとした、明るく元気で素直な現役高校生だ。しかも家庭的で、お菓子だけではなく料理全般が得意な、いまどき珍しい絵に描いたようなオカン系美少女だ。
セーラー服姿でヘルメットをかぶり自転車通学とは、なんとも田舎らしい。
「今日はずいぶん早く帰ってきたね」
「明日は大祭ってところもあるからね。部活を休んで帰ってきたの」
万全の態勢で臨むのか。
思ったよりもまじめな人だな。
「そ、それでね。圭兄さんは今、家にいる? よかったら夕飯作ってあげようかなって……。出来立てはおいしいから、ね」
いや、違った。
恋愛脳の導きのほうだった。
麻衣さんは田中さんにほの字らしく、ご飯を作りに来てくれるありがたい人である。
僕はその恩恵のおかげで、健康的な食事にありつけるといって過言ではない。
実際やってきた初日、田中さんは料理ができず、カップラーメンオンリーだった。育ち盛りの僕にはきつかった。せめて菜っ葉をつけてほしかった。
料理ができない男たちにとって、麻衣さんの存在は女神といっても過言ではないぐらい頼りになる。
「この時間なら田中さんは家にいるはずだよ」
明日の大祭の準備は午前中に終わったはず。後は祭り本番に備えて英気を養っているはずだ。
胃袋をつかまされた僕は、あっさりと田中さんのプライバシーを売るのであった。
「それに麻衣さんなら、いつ来てもうれしいって田中さん、言っていた」
ぜひとも麻衣さんには今日もおいしい夕飯を作ってもらいたい。
「そ、そう」
チョロい。
それにしても顔をピンク色に染めた麻衣さん、かわいいな。
小学生のガキのクセに色気づいたこと思うなんて、生意気かもしれない。だけど、そう思うしかないぐらい麻衣さんは魅力的なのだ。田中さんもまんざらではないのはウソじゃない。
だけど、田中さんにはあるトラウマがある。
実は田中さんがあの家で一人暮らしをしているのは、両親が数年前に突然失踪しているからだ。それゆえに、愛する家族が急に自分を置いていってしまうという恐怖があるらしい。
麻衣さんとの恋愛関係に、今一歩踏み出せないのはそんな悲しい思い出のせい。
やさしい人にはいつも悲惨な過去があるものだが、やるせないな。
田中さんには幸せになってほしいものだ。だから、田中さんの過去を知っている、尽くしてくれる系の女性がいいと思うのだが……。
もちろん、僕に先にも言ったとおりのメリットがあるからだけどな。おいしいご飯は何の苦労もなしにありつけないものなのさ。
◇◇◆◇◇
そんなこんなで、田中さんの家に到着。
麻衣さんは家に常備されている女性もののエプロンをすばやく身につけ、台所に直行。冷蔵庫と相談しだした。
食品は採れる野菜以外はだいたい車で片道三十分かかるスーパーで一週間に一度買ってくる。
もしくは、学校帰りに麻衣さんが買って持ってきてくれることもある。冷蔵庫は二人の所有者がいるので中身は忠実しているといっていいだろう。
キッチンには、女性にも使いやすい小型の包丁やかわいらしいマスコットがつけられた料理器具、麻衣さんの私物は結構ある。
信じられるか。これでも、付き合ってないという。
小学生の僕でもここまでくれば、田中さんにはトラウマを乗り越えて、責任とって式場に行けと叫びたくなる。
もしものときは役所で結婚届をもらってきて、印鑑をスタンバイさせてやろう。なに、子供のすることだ、笑って……押してくれるさ。
子供らしさを武器にして応援するしかないなと、気分はもうやり手の仲人だ。
僕がこの家を出るとき……北上一家殺害事件が風化か解決したとき、まだこんななぁなぁな関係のままだったら、お祝いの名目でやるしかないじゃないか。
「ただいま。お、いいにおい」
田中さんだ。
車で戻ってくる音がしたから、どうやらスーパーで買い物していたらしい。
「田中さん、おかえりなさい」
「おかえり、圭兄さん」
家主を向かいいれるのは居候の務め。
麻衣さんには料理に集中してほしいので、僕は積極的に玄関までお出迎え。
「この声は麻衣ちゃん。今日も麻衣ちゃんが来てくれたのか」
弾む声。
田中さんも麻衣さんのこと好きだな。これが両片思いというところなのだろうか。
だったら、さっさと告白して、見ている観客をほっこりさせろよ、じれったい。
「そうだよ。男所帯の貧相な献立の救世主は今日も着てくださったぞ」
「ハハハ。耳が痛いな」
長期保存が利くレトルトに缶詰、即席めんはまぁいいだろう。
買ってきた惣菜は、から揚げ、フランクフルト、トンかつ……もののみごとに肉しかない。
大好きだけど、好物だけど、これだけじゃだめだろ。
「まったく。田中さんの食事はカップラーメンと肉しかないのか」
それしかないだろうと賛同する方は多いと思うが。
「しかし、肉がないと食べた気になれないからな。最近何を食べても腹減るし。もっと多く食べないといけないと思うのだが」
「肉だけで満腹感を得られるわけがないだろう、田中さん。こんなんだから、肉ばっかりになるンだよ」
ふっくらホクホクのお米も大事だ。
新鮮な野菜をふんだんに使ったサラダと、植物繊維たっぷりのお吸い物がないと、成長期の子供にも働き盛りの大人にもやさしくない。
体はいつも主食、副菜、主菜をおさえたバランスのいい食事を求めている。
「ご飯できたわよ」
ピーという炊飯器の音が合図だった。
僕たちの夕飯はこれからだ。
ちなみに麻衣さんが家に帰るころになったら、田中さんが遅いからと車で送っていたぜ。
こういうところが紳士的だよな。
そう、いくら平和な田舎でも夜は怖い。いや、むしろ電柱の明かりが少ないから、余計怖いか。
真っ暗闇の道を一人で歩くほど心細いものはない。
そんな思いを麻衣さんにさせるわけにはいかないと、田中さんは気遣い、送るのだ。こりゃ好感度が高くなるだろうなぁ。
ははは……はよ、結婚しろ。
僕は明るい部屋で一人、テレビのリモコンをいじりながら、田中さんと麻衣さんへの恋へのエールをひたすら送るのだった。
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