第29話 合流
「田中さんの家で念のためにもってきた菓子はあるけど、野菜と果実、書物については、今の俺たちは持っていない。ここは一度地上に出てもってこないといけないな」
探索に新鮮な村の恵みを持ってこなかったからな。
「夏南汰さん、それはおかしくないですか。近くに田中さんが持ってきたものがあるはすでしょ」
「そうだね。説明不足だった。田中君があらかじめ供物をすべて持ってきていた。だけど、それは……」
若竹さんの鋭い視線に夏南汰さんの目が泳ぐ。
その先は、湖で。底には色とりどりのものが散らばるように沈んでいた。
「あ、もしかして、アレは……」
僕がさらに湖の底を注意深く見てみると、沈んでいるそれらはきれいに包装されたものばかりで、供物にふさわしい見た目のものばかりだった。
「地震によって、残りの供物は湖に投げ出されてしまったようだよ」
完成させるまで意識が保てないというのはこういうことか。
田中さんがうつらうつらとしていたところからすると、外に出て、新たに供物を購入するまで、人間としていられるかどうか、わかったものじゃない、ってことだ。
「地上にいると思う瑞ぽよに頼むっていう手も考えたけど、圏外だった」
ここ、洞窟だからか……。
基地局が設備されていれば別だけど、田舎の洞窟、しかも人が来ない神聖な場所に設置しているわけがない。
「……納得できましたわ。時間を取らせてごめんなさい」
「いや、こういうことは言葉で説明しないといけない。怠った俺のほうに非があるよ。それに、田中さんを完全に無力化させるだけなら、違う手もあるわけだし」
そういえばそうだ。
安全策をとるなら、緑の眷属にもダメージを負わせられる夏南汰さんの拳銃で、一発額を撃ち抜けばいいのだ。
「あら、なぜソレを使わないのでしょうか、夏南汰さん」
「子どもの目の前でするなんて教育上悪いだろう」
たしかに、トラウマ確定だろうな。
「うん。私、おじさんのそういうやさしいが大好きだから、おじさんのいうとおりでいいよ」
椿は即答か。
おじさん至上だから当然といえば当然だな。
僕としても田中さんの脳髄がぶち抜かれる姿を見たいわけじゃないし、できるだけ少しでも安らかに逝かしてあげたい。
エゴだってわかっているけど、センチメンタルな理由があってもいいはずだ。
「すまないね。今、この場で田中さんにとどめさしたほうが、憂いがなくなるってわかっているけど……それにちょっと気になることもあって、な」
夏南汰さんは夏南汰さんでまだ何か考えがあるらしい。
僕には見当がつかないが、勘や感情を優先しても罰は当たらないだろう。
「夏南汰さんがそういうなら、僕はソレでいいよ」
僕だってそうだから。
地底湖の神社を出て、僕らは地上に向かって歩こうとしたときだった。
「関口刑事ぃいいいぃい!」
女性の悲鳴が洞窟内で大きく響く。
「瑞ぽよ?」
「刑事さんの声でしたわよね」
「こんなときに……。若竹さん、あなたはすぐ外に出て、供物を準備してくれ。俺は瑞ぽよたちの様子を見てくる」
「……なら、僕も残る。簡単な応急手当てなら出来るし」
「私はおじさんのところにいるわ。私の足、遅いしね」
供物の買い付けだけなら、若竹さんに任せたほうが手っ取り早いだろう。
そう判断した僕たち子どもはこの洞窟に残ることを選択した。
「わかりましたわ」
「路敏君、椿、一応隠れていてくれよ」
こうして僕たちは若竹さんといったん別れ、瑞穂刑事の声がしたほうに進む。
僕たちが来た道からは反対方向だったが、進んでいくうちに点々と電灯が灯っている道にたどりつく。暗くはあるが、明かりを持ち込まなくても中を進むことが出来る。
「正規ルートはこっちだったって感じだな」
電灯の仕組みはわからないが、おそらく昨日の夜、鶴の間の地下室のものと同じものなのだろう。
途中、チラリと奇妙な鉄の扉が見えたが、探索は後回しだ。今は刑事さんたちが無事かどうか確認するのが、先決だからな。
「あ、夏南たん。どうしてここに」
目に見える範囲には瑞穂刑事しかいなかった。
ただ、すぐ横にどこまで深いかわからないが、大きな黒い穴があった。
「え、夏南汰がここに来ているのか。すまない、ロープみたいなものがあったらこっちによこしてくれ」
どうやら、関口刑事は落とし穴に落ちてしまったらしい。
「あ、はい。ただいま……あ」
スタッ~ズボオオオォォォォゥゥッッ!
夏南汰さんも落とし穴に落ちてしまった。
どうやら、ここの落とし穴は体重によって作動するらしい。
「あ……荷物ごと夏南汰さんが……」
「きゃー、おじさぁーんっ!」
子ども体重の僕と椿はこのとおり罠にひっかかっていない。
「いててぇ……椿ちゃん、おじさんは無事だよ。穴だけで助かったけど、思ったより深いよ、この穴」
単純な罠だが、這い上がるのには時間がかかるだろう。
ここでロスタイムはでかいな。
そういえば、ここに来る前の道に意味ありげな扉があったな。瑞穂刑事たちの安否を確認するほうが先だったからスルーしていたけど。
「瑞穂刑事、こっち」
「路敏君、なにかあるの?」
「さっき、扉を見つけた。たぶん、こういうときのために設置したと思う」
罠があるなら、味方が罠にはまったとき用の救済処置もあるはずだ。
僕と瑞穂刑事は落とし穴に落ちた大人と椿をその場に置いて、道中にあった鉄で出来た扉へと向かう。
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