第37話 さようなら、やさしい人たち

「路敏君、いや、路敏。とりあえず、村長にはこぶしで決着をつけたらどうだ」

 夏南汰さんの性質を見たような気がする。

「ちょっと、夏南たん、なんでいつもそんな、好戦的なの」

「たしかに、話し合いですむなら、それに越したことないけど……できなかったじゃないか」

 夏南汰さん視点からだと、村長は聞き耳持たずで、襲ってきていたからな。

 道理で殺気に反応して迷わず撃つ、を実行したわけだよ。

「そもそも、瑞ぽよ。なんで、訴える手段として暴力というカードがあるか知っているか。現実はいつも早急な対応を求めてくるからだよ」

 うわぁ……真理だな。

 銃型のアーティファクトを愛用している夏南汰さんは、いままで血の気が多い選択をしなければならない場面が多かっただけなのですね。

 思わず、敬語を使ってしまうぐらいに、同情できる。

「でも、いい、のかな……」

 僕自身、あまり暴力が好きというわけではない。

 たしかに、夏南汰さんに泣きついたとき、理不尽な暴れ方もしたけど。感情的に人を殴るのはよくないことだと自覚している。

「そこははっきりしておけ。どうせ、彼らは逃げるからな」

 そうだ、供物としてその場にいるってことは、この世から消えてしまうのだ。

「殴って……これですべてを清算しておけ!」

「……それは、許せ、ということなのか、夏南汰さん!」

「いいや。許さなくてもいい。それは、田中君も言っていただろう。だけど、このまま何もせずに村長を見送れるか、路敏?」

「……でき、ないよ」

 それはそうだ。

 いくら村長が葵の一族の被害者とはいえ、悪意がなかったとはいえ、僕と、僕の家族に起きた悲劇の発端なのだ。

 何もせずに……は無理な相談だ。

「当たり前だ、路敏。家族を殺される理由を作った人物がいるなら、憎いに決まっている。たとえ、その人物が普段好青年であろうとも、尊敬できる人物であろうとも、過去につらいことがあって性格が歪んでしまった者でも……悪いことをしたら、悪いって言い返さないといけないし、場合によっては戦わなければならない」

 平穏のために戦い続けた男のアドバイスだった。

「といっても、これは俺の意見だ。もちろん、このまま言われるがまま、なんていうのも、なしだ。だから、路敏、君自身で決着をつけろ!」

 僕が……決着をつける……いや、つけなければならないのだ。

 たしかに事の真相と元凶は、妊婦にわざと『梅』を与え、村長に二十年前に殺された葵の一族であろう。だが、今、ここで僕が断罪したいのは、村長だ。

 迷いはなかった。

「……村長、歯を食いしばれ!」

 ゴンッ。

 僕は思いっきり、胴体に残っている村長の頭を殴った。非力な僕にしては力が出たような気がする。

「……こんなんじゃ、全然、足りないけど……僕は、村長、あんたみたいに、ずっと恨み続けたくないから、だから! だから!」

 せいぜいこんなパンチぐらいで、痛がって、後悔しろ!

「……今までに、一番痛く感じたよ、路敏君」

 僕が知っている普段の村長のあたたかい声がする。

「路敏君。私が言うのはおこがましいと思うが、これからの君に幸があるように祈っているよ」

 これだから、大人は汚い。

 憎まずにいられないことをしたくせに、僕にやさしさをくれる。僕を大切に扱ってくる。

 一見すると矛盾しているだろう。だけど、それが真実なのだ。

 村長が僕にしたことは重罪だ。だが、そこには悪意がなかった。むしろ、つらい現実を覆い隠そうとする善意があったのだ。

 だが、僕は知らないままで生きていけなかった。険しいものだとは予想していたが、ここまで悲しいものであったのかと、僕は正しく認識しきれていたわけではない。

 つらかった。

 恨みと憎しみで、どうにかなってしまいそうだった。

 だけど、だからこそ僕はこの一連の事件の真相に……ここまでたどり着けた。

 知った今だからこそ、僕は、自分なりの考えで、けじめをつけるができたのだ。

 それ以上の成果はないだろう。

「さよなら、緑の眷属……いや、馬渡村長、それに、田中さん! いままで、僕にやさしくしてくれて、憎たらしいけど、僕、うれしかったよ! ありがとうございまし……た!」

 緑精大神の『梅』がなければ、僕はおそらく妹の麗姫に出会うこともなかったし、僕自身も病死でこの世にはいなかっただろう。

 そういう意味では、馬渡村長がいなければ、僕はここにはいなかった。僕を悲しみの連鎖に引き込んだと諸悪の根源であっても、僕の命の恩人であることには変わらない。

 だから、僕は最後に……ありったけの感謝を述べた。

 僕が想いのすべてを大声にして出したときだろうか、神社の天井が、崩落した。

 天井が割れ、落ちる。

 地を震わす衝撃音。それは僕たちの間近。

 床に衝突しお互いに砕けあう。強大な土煙が舞い、視界が淀む。洞窟の天井面が崩れ、岩が神社に降り注いでいるらしい。

 あちらこちらで、同様の崩壊が連鎖的に巻き起こる。そして、村長と田中さんの真上には、大岩があった。

 もうすぐ落ちてくるというのに、馬渡村長と田中さんは安堵した表情でその岩を見つめていた。

「どうやら、おしゃべりもここまでのようだね。迷惑をかけて本当にすまない、路敏君」

「本当にこの短い間に大きくなったよ、路敏君……いままでありがとう」

 ……そして、さようなら。

 村長と田中さんはそのまま大岩に潰されて、僕たちの視界から消える。

 落ちてくる岩の轟音の中に、水風船を破裂したかのような炸裂音が混じって聞こえた。

「馬渡村長、田中さん!」

 田中さんたちの死を嘆く暇は僕らにはなかった。さらに神社が崩れる、今、僕らは早急に、神社の外へと走り、飛び出さなければならなくなった。

「ちっ。こっちは胴体に穴があいているっているというのに、な」

 夏南汰さんは軽く舌打ちしつつも、右腕で椿をしっかりと抱きしめ、左手で僕の手まで握ってきてくれた。

「少し息苦しくなるかもしれないけど、我慢してくれ、椿、路敏」

 椿と僕という俵を二つ抱え、ケガをしている人間とは思えないぐらいの速さで駆ける。

 逃げるのもプロ級だよ、夏南汰さん!

 なんとか神社から出られたのはいいが、神社を中心として降り注ぐこの岩雨から、まだ逃れきれたわけではなかった。

「きゃあぁああ」

「瑞ぽよ、騒ぐ暇があったら走るの」

 血走った椿の目がすごく怖い。

 愛するおじさんに俵スタイルで抱きかかえられていても、文句一つないのに、相変わらず瑞穂刑事には辛らつだね。

「もっと、離れないと!」

 岩雨が降ってこない安全地帯まで走らないと、と、死の危険から逃れようと必死に足を動かした結果、石造りの鳥居を潜り抜け、巨大な地底湖の端、この広大な空間への出入り口までたどり着けた。

 普段祈ったこともない神様が味方してくれているのではないかと思うぐらい、うまくいけたよ。

 いや、味方したかもしれないな。

 現に瑞穂刑事がずっと握っていた夏南汰さんのモデルガンの中から、ウサ公が飛び出し、姿を現した。神の使いであるこの小動物は鼻をヒクヒクさせると、終わったの、よかったねと言っているかのような顔つきをし、今度は赤染様を祭った摂社の中に潜るように消えていった。

 ここまで来ると、赤染様のお気に入りのウサギの加護が僕らを救ってくれたのではないかと思えてくるよ。

 ははは……うれしいね。助かったのだから。これ以上の喜びはないよ。ありがとう、ウサ公。

 僕は素直に感謝した。

「ああ……終わったよ……。すべて……」

 さらにもう一度、轟音が鳴り響いた。

 思わず振り向いたら、地底湖の水面が沸騰したように大きくあわ立っているのが見えた。容赦なく神社に振り注ぐ岩雨とのコラボレーションは、天地創造を思い起こさせる。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。

 神社が完全に岩に埋まってしまうと、地底湖はまた静まる。岩山として閉ざされた今、そこに神社があったという形跡は、ほんの一欠けらも残されなかった。

 あまりにも現実離れしていて、今まで起きたことは、すべて夢か幻かであるような気がしてくる。

 だが、これらはすべて現実に起きたことだ。

 緑精大神の神秘の象徴ともいえる地底湖にある神社が消失したことで、葵の一族の悪意から始まり、狂わされた緑の眷属よって引き起こされた悲しみの幻想怪奇事件の幕が降りたのだと、僕は実感できた。

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