第2話 『一の部屋・花』
「つうても、どういうゲームだ。ドア四つとイラストぐらいしかヒントがないじゃないか……」
ここはとりあえず、花から調べるべきか。
わざわざ一の部屋と書かれているわけだし。なぞ解きをするにも手がかりがほしいところだ。
僕は迷わず、春のドアノブを握り、開けた。
「うわっ」
視界いっぱいの桜、桜、桜。
たしかに、花だな。
「きれい」
女の子は無邪気に喜んでいる。
かわいい。
じゃなくて。
花を見たことでいやされ、精神的な余裕を取り戻した僕は、ふとある問題に気がついた。
「あんた、本当に名前も思い出せないのか?」
そう、僕と女の子はこれから、いっしょにふざけた神様のゲームに挑戦するわけだ。いつまでもあんた、と他人行儀で呼び続けるのもいかがなものだろうか。
協力し合う以上親近感あふれるような感じにしたい。
たとえば、名前を呼び合うとか。
「ごめんね。わからない」
「なら、呼ばれたい名前なんかないか。ほら、たとえば……タマとかハナとか」
これじゃ、ペットの名前だ。
しかもコテコテ。
ああ、もう僕のネーミングセンスはないのは認める。
認めてやるから、そんないかにも嫌そうな目で僕を見ないでくれ、名もしれぬ女の子。
だけど、名前がなくてもせめてニックネームのほうが、親近感が増すものだ。出会ったばかりだと思われる女の子に僕から名づけるとしたら、こんなセンスのかけらのないものしか浮かばないわけで。しょせんは他人事なのだから、といわれたら身もふたもないわけで。
ここはぜひとも、自身で名乗ってほしいところだ。
僕のにじみ出る必死さに気がついてくれたのか、それともセンスがない名前で呼ばれるのは嫌だと判断したのか。
女の子はまだ苦味が残る顔ではあったものの、薄桃色のちいさな口を開いた。
「う……。なら、うららがいい」
桜を見て、春うららからとったのか、よくわかる。
役所に出生届を出すとき、うららにどんな漢字を当てるか考える親はいそうだが、かりそめだし、時間制限があるらしいこのゲーム中では、これ以上、名に関しては考えないでおこう。
「わかった、うらら。よろしく、な」
「こちらこそ、よろしく路敏おにいちゃん」
改めてあいさつした僕たち。
お互い歳を忘れているのだが、僕の呼び名は『路敏おにいちゃん』になった。
かわいい女の子に呼ばれることもあって少し照れくさい気もするが、僕もうららもなんとなくしっくりきた。
「じゃぁ、いくか」
花の部屋には嫌な予感がなければ、危険なものも見当たらないので、そのまま一歩足を入れる。
フワリ。
桜の花びらで埋め尽くされた床は僕の足をやさしく包む。
「何か手がかりないかな」
今のところわかることは、満開の桜の木がすごく多く、この部屋がやたらに広いということ。
一本道に並んでいるので迷うことはなさそうだと、僕たちは桜の花びらが舞う中で奥へと進む。
「結構歩いたかな……」
突き当りがやっと見えた。そして一番奥にあったのはひときわ大きな桜。その下には小さな花壇。
植えられているのはチューリップだ。
赤、白、黄色、ピンク、ダイダイ。
いろんな色がきれいに咲いている。
「花しかないのか、ここ?」
花と題された部屋らしいといえば部屋らしいが。
僕があまりにも花が多くて、少しうんざりしてきたときだった。うららがあっと何かに気がついたようで、ひばりのようなかわいらしい声を上げた。
「どうした、うらら?」
「チューリップ……扉で見たの」
扉……あ、もしかして、ネームプレートに描かれてイラストか。
詳しく見ていなかったが、そういわれてみればチューリップが描かれていたような気がする。
「色はたしか、白とピンク。路敏おにいちゃん、お花さんがかわいそうだけど、ぬいていこう」
イラストに描かれていた花をピンポイントで摘む、うらら。
一応僕はこれ以外に何か変わっているものがあるか調べたが、何もなかった。チューリップを摘み終わると、僕たちは引き返す。最初の正方形の部屋に戻ると……、
「おわっ!」
僕は思わず、声を上げた。
何もなかったはずの部屋に、社があったなら驚くしかないだろう。
道中で見かけるような簡易的なものではなく、造詣が複雑で、しかも若干大きい。この部屋の天井すれすれの高さだ。
関係者立ち入り禁止のドアから取り出したのか、と最初は思ったが、ドアよりも大きいソレがスンナリと運び出せるわけがない。
そしてとても短時間で組み立てられるようなものじゃないということぐらい、この手の知識がない僕でもわかる。
わたし様というものが、神様であることを見せつけられたような、到底信じられないような出来事が確かにここにあった。
「瞬間移動でもしたのか!」
いやぁ、神様ってすごいな~。
これ以上考えても無駄にしか思えないから、わたし様という神様の社がスクランブル出張でもしてきたのだろうってことで、無理やりこの場を治めることにした。
と、いうことで、次に注目すべき点は社の前にある祭壇だ。
三つの区切りがあり、それぞれ雪月花の文字を書かれたソレ。ここに何かをささげよと強く主張しているようだ。
「とりあえず、一番左の春にチューリップを供えるか」
僕の言葉にうららはうなずくと、もっていた白とピンクのチューリップを左端に供えた。
すると、カチリとした音とともに、どこかが開いた音がする。
「……祭壇にイラストに描いてあるものをお供えすればいいのか」
僕はこのゲームの趣旨を理解した。
いきなり見知らぬ場所に閉じ込められたら、強制的にお使いイベントかよ。
なんの神様かしらないが、からかっているのか。記憶の何割か封じられてやることにしては、しょっぱいゲームだ。
壮大な前置きだったから、怖がって損したよ。
だが、死を暗示しているメモもあるので、とってつけたような暇つぶしゲームでもまじめにやらないといけない。
少なくても、こんな普通ではありえないことをやってのける神様だ。
人間の僕は逆らったら、ジ・エンド。デッドなバッドエンド直行と思っていいだろう。
世の中はいつも理不尽だな。
「じゃぁ、この調子で次は月の部屋に行こう、路敏おにいちゃん」
うららのかわいさにいやされながら、月と書かれたドアの前に向かう。
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