第13話 不祝儀敷
「そういえば、村長がなぜここに……。あ、昼飯時でしたね」
いつの間にか時計の太い針が十二時を指している。時間がたつの早いな。
「ええ。祭り前は、通年どおりここの食堂で昼飯を食べていますからね。あと二十分ほどでわれわれは神社に向かうので、食堂を利用するのはその後がいいですよ」
食堂は今、村人でいっぱいというわけか。
「ところで……これは、これは。先日はごあいさつが遅れてしまいましたが、都甲オーナーのご子息の都甲夏南汰さんにその姪御の椿ちゃん。本日は窟拓村にご足労いただきありがとうございます」
夏南汰さんが、窟拓旅館のオーナーの息子という事実が明らかになった。
「いえ。こちらこそ、予約いっぱいのところを無理いってすみませんでした。まさか十日前からいっぱいになっているとは思っていなかったので」
大イベントとはいえ小さな村のモノだからな~。油断したな。
でも、そんな前から満室になるとは、僕が思っている以上にこの旅館ははやっているのか。
「馬渡村長がキャンセルしてくれなかったら、部屋はありませんでしたよ」
「毎年この時期は村でいくつか前もって部屋を取っていますからね。その一部屋をキャンセルしたに過ぎませんよ」
そういえば例年の祭りでもそうしているらしいが、祭りが終わると村を上げて大宴会になり、男衆はだいたい倒れるまで酒を飲まされるそうだ。めんだし大祭では前夜祭でも飲まされ、ほとんど二日酔いか、ほろ酔い状態で、明日の神事に挑むという。効率が悪いと思うが、昔からのしきたりなので、深く考えてはいけないらしい。
そのため、今夜、田中さんは家に帰らない予定だ。
たしかに未成年を一人にして大丈夫なのか、とか、いろいろと倫理的につっこまざるをえないだろう。
だが、村の風習は絶対だ。
村のコミュニティーは、時として法的な思考を超越するときがある。
それに平和な村に僕のようなかわいそうな子どもの立場を理解するものは、ほとんどいない。むしろ、理解しろというのが無理だ。
田中さんの立場を考えれば、酒をしこたま飲みならがいつもどおりコミュニケーションをとるほうが、角が立たない。
平穏に暮らすには、ある程度の付き合いをこなしていかないとな。
居候の僕は小遣いを与えられ、晩飯代わりに出店に好きなように食べ、日が沈む前に家に帰って、適当な時間に寝るように申し付けられたわけだ。
ちなみに、僕の身を案じる刑事さんたちがその話を聞いて、十九時ごろに家に訪ねるから、一泊させてくれないかと田中さんに頼みこんだ。
田中さんは刑事さんの申し出に快く応じた。
そういうわけで、僕は十九時までには家に帰らないといけない。
実は言うと、祭りをまわるときも、刑事さんたちはいっしょに行こうと誘ってくれたわけだが、夏南汰さんたちとの先約があったので断った。
同い年の女の子とその保護者とまわるとしか言っていないけど。大人はそれで納得してくれた。
妙にほほえましいものを見るような目をされた。やはり子どもは子ども同士で遊んでいるほうが、自然だろうな。
「ところで、夏南汰君たちはどこの間に泊まっているのかい。よかったら教えてくれないか」
「鶴の間です。景色がよくて、いい部屋ですよ」
本当にいい部屋らしく、夏南汰さんの顔がほころぶ。
成人男性とは思えないぐらいの可憐で妖艶な笑み。
小学生男子児童の僕でさえ、思わず胸が高鳴った。
直視してしまったらしい椿はなにやら鼻をおさえているが、僕は見ていない。タラリと赤いしずくが流れているのなんか、絶対見ていないからな!
「え、鶴の間ですか……ええ。この旅館の景観はどこも素晴らしい眺めですからね」
夏南汰さんは気がついていないが、馬渡村長の顔に冷や汗がダラダラと流れている。
それに小柳川教授も何やら難しい顔になっている。
「よりにもよって、鶴の間か。不祝儀敷の……」
不祝儀敷とは。
葬式や寺院。または大広間などで使う配置。葬儀の時に敷く敷き方で、十字に敷かれている。縁起のいいものではない。
こっそりスマホで調べたものを簡単な形にしてみた。
オーナーの息子にそういう部屋を渡すものなのか?
「ハハハ。では、私は少し、女将さんたちと話したいことがありますので……」
馬渡村長が逃げるようにロビーから立ち去る。
数分後、なんか、目元が赤くした女性従業員の彩ちゃんがこの場を走り去っていったな。
そんなサービス業らしからぬ、なにかのドラマのような一コマ。
追いかけるのは女将さん。誰にでも間違いがあるのだから、今、そんな姿を客に見せないで、彩ちゃん~と近くにいる人なら誰でも聞き取れるような声でロビーにも響いたが、あえて僕らは聞かなかったことにした。
どうやら、馬渡村長は夏南汰さんたちが泊まれるよう、キャンセルした部屋が、縁起の悪い鶴の間であったとは知らなかったようだ。
いくつもの部屋を村名義で予約したというのに、よりにもよってその部屋にオーナーの息子を配置してしまうとは……と苦情を言ったら、ショックを受けた彩ちゃんが駆け出したというところか。
やれやれ。
僕はいたたまれない気分になり、下を向く。
「あ、今食堂に村人が集合しているということは、路敏君の保護者の方もいるのか!」
夏南汰さんが今の状況から少しずれてはいるが、良識がある大人の顔になった。
「うっかりしていた。保護者の方にはしっかりあいさつをしておかなければならなよね。格好良く言えるかな」
夏南汰さんって結構天然なところがあるよな。
小柳川教授、吹き出しそうになっているけど。
「小腹もすいてきたことだし、少し早そうだが、食堂に行こうか。久しぶりに田中君の顔でも見ようかね」
今の時間帯なら、ほとんどの村人は食堂だけではなく、思い思いの場所で休憩しているだろう。
「田中……さんですか。食堂にいるってよくわかりますね」
「いってみればわかるよ、夏南汰さん」
思わず、僕は苦笑いする。
あの光景を見れば食堂に時間ギリギリまでいる理由もわかるだろうから、あえてここで言わなくてもいいだろう。
──窟拓旅館・食堂エリア。
当初は新造だっただろうが、もう二十年ぐらい昔の話だ。
ところどころに使い古された後はある。
ほとんどの村人は食べ終わったらしく、今は一つの席しか人の気配がない。
しかし、その一席しか使われていなくても、これから料理を注文するのは戸惑うだろう。
わんこそばをすするような速さで、カレーが消費されている。
つみあがった皿の数で顔が見えないが、あの量をペロリと平らげるフードファイターは一人しか思いつかない。
「田中君。今日も相変わらずの食欲だね」
田中さんだ。
アシスタントには麻衣さんが控えている。
若々しい初心なカップルが寄り添っている。
「あ、教授、こんにちは。路敏君もいるね……えっと、後ろの人たちは誰でしょうか?」
「えっと。はじめまして、都甲夏南汰です。こっちは、都甲椿。椿ちゃん、こっちおいで」
田中さんと麻衣さんは、僕と同い年の女の子を見ると、ニヤニヤしだした。
う~ん……何か勘違いされているのかな、僕。
「こちらこそ、はじめまして。田中圭です」
「加々見麻衣です」
田中さんは村長たちと同じく半被姿だが、麻衣さんはジャージだ。高校か中学時代のものかわからないが、ネーム入りなのが、ああ、ここ田舎だわと瞬時にわかる。
巫女服に着替えるのはこれからだろう。
「ん。加々見さん? どこかで会いませんでしたか……あ、めんだし大祭のポスターの巫女さんでしたか。会った気になってしまいました」
カツラにメイクをしていたというのに、気づけたの、夏南汰さん。
「あ、はい。巫女役です。今日の神楽は、私が踊ります」
麻衣さん、人見知り激しいほうだからな。
夏南汰さんに声をかけられて、終始ドギマギしているよ。
こんなんで見知らぬ観光客の前で、踊れるのかな。ちょっと心配。
「む~」
椿の頬は膨らんで、全体から不機嫌、妬ましいというオーラが発せられている。椿、麻衣さんの本命はそこのカレーを飲み物のように食べている田中さんだから。一途だから。絶対お前の愛しいおじさんに手をつけないぞ。
この後、夏南汰さんと田中さんが大人の会話をしていたような気がするが、大体馬渡村長と同じようなとりとめないものだったし、僕が夏南汰さんたちと一緒に祭りを楽しむことに賛成してくれたところで用件が終わったようなものなのだし、なによりもメラメラしたどす黒い何かをまとっている椿のほうが気になって内容は覚えていない。
とりあえず、今日の昼だけで、カレー大皿五十杯分が田中さんの腹に消えていったのだけは覚えている。
本当に田中さん、豪快な食べっぷりだよ。
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