第26話 緑の眷属は誰だ?

「緑の眷属か……」

 緑の眷族が実行犯だということはほぼ断定していいと思う。

 そして、僕ら家族を殺した緑の眷属は、殺すほどの動機がなかった可能性が高い。殺されたからそこに理由があると考えていたのに、真相はまるっきり逆だった。餓死寸前だったので、殺して、骨を食べてしまったという、弱肉強食の世界だ。

 僕にとっては非常にやりきれないのだが、事故と片付けられそうな話だ。

 だが、僕には、『あなたの願いどおり、あなたたち一家の惨劇を引き起こした犯人を探し当てられる機会をあげるわ』という赤染様のお言葉がある。

 だから、小柳川教授が提唱するように、緑の眷属は誰かの悪意によって現代社会によみがえったのはないかと思う。

 そうなると、誰がわざわざ妊婦に『梅』を与えるように仕向けたのだろうか。

 緑精大神か。

 いや、それはないな。

 殺人を行ったのは緑の眷属だが、事件自体はあくまでも、『人』のせいで始まったからこそ、僕たちを試している気がする。

 そうじゃなければ、神域に重要なことが書かれた古文書と道具がきれい書箱の中に残っているわけない気がする。

 そもそも、神が自ら望んで異変を起こし、人を試しているのならば、人の手によって書かれた書籍ではなく、自ら彫った石版でもおけばよかったのだ。

 だから僕は神がこの幻想怪奇殺人事件には関与していないと、ほぼ決め打つ。

「これからの方針は若竹さんが来てから決めるとして……あ」

「おじさん、おはよう!」

 バタバタと駆け込んできた足音。

 音のする方向へと振り向くと、そこには椿がいて、すばやく夏南汰さんに突進してきた。

「あぁ、おはよう、椿ちゃん」

「うふふ」

 夏南汰さんに抱きつき、朝からご機嫌な椿。

 もちろん、この後僕らにもあいさつしてきたが……おざなりだったな。

 おじさんに悪い印象を与えられたくないから、礼儀正しくしていますという建前がよく伝わってくる。

「あら、皆さんおそろいで」

 遅れてきたのは若竹さんで。

 青みがかった髪がシャワーを浴びた直後のようにしっとりと濡れていた。ボタンをすべて留めきっていないシャツの胸元からは、深くやわらかく温かな胸の谷間をあらわにしている。

「朝風呂か……」

 そういえば椿も風呂上りだな。

 一緒に朝風呂をたしなんでいたということか。

 いくら女性とはいえこんなときでも、となると風流だなっていやみに一つ二つでも言いたくなる。

 僕がそんな邪険のオーラを発しているのが、わかっているらしく、ふふっと若竹さんが笑う。

それはまるで、気が立った小動物を見るような目だった。

「身を清めないと、神域には入れませんのよ」

 葵の花以外にもそういえばそんな条件があったような気がする。

 そうか、若竹さんはあの鉄扉の地下室にほかに何かないか見てきたのか?

 僕はそこまで考えがいたらなかったことに恥じた。

「残念ですけど、書箱以外のアイテムは地下部屋にはなかったですわ。ですけど、いろいろ試してみることができました。浴衣以外ですと、これなら神域からつまみ出されませんでしたの」

 これは葵の花が描かれたブローチだった。

 花びら一枚一枚のしわが丁寧に描かれた、まるで本物の花のような精巧な造形である。

「デフォルメされたものはだめだった、ということか」

「そうですわね、夏南汰さん。あと、身を清めるという点も、入浴した日の内では有効みたいで。朝風呂をしてやっと入れましたわ」

 神域に行くのは大変なことなのだな。

「ただし、身を清めるに対して、緑の眷属は例外かもしれませんわね。捕まえて検証しなければわかりませんが」

 もしかして、あの絶えず体から出ていたドロドロ……身を清める効果があるのか?

 ないとは言い切れないのが、難しいところだ。


 ──あらかた情報を共有し終わると、僕らはこれからの方針を決めた。

 この幻想怪奇殺人事件の被疑者、緑の眷属探しである。

 最有力は一応窟拓旅館の従業員である彩ちゃんだ。アリバイがなく、従業員用のマスターキーを持っているので、夏南汰さんが泊まっている鶴の間にいつでもいけたそうだ。

 もちろん、そんな危険人物の捜索は刑事さんたちに丸投げする。緑の眷族かどうか確認できる鏡も関口刑事に渡した。ここで、瑞穂刑事ではないのは単純に彼女に渡すとドジって鏡を壊されそうだからだ。順当な判断だ。

 そして僕と椿は、夏南汰さんと若竹さんと一緒に行動することに決まった。

 あまり疑いたくないのだが、麻衣さんを殺した緑の眷属候補は村人全員だ。

 田中さんも馬渡村長も入っているわけだ。

 あの書箱に入っていた本によると四百年前から妊婦に『梅』を食べさせないようにしていたと記しているのに、旅行雑誌には積極的に妊婦に『梅』を食べさせようとする記事が載せてあった。

 その違いに悪意を感じる。故意に緑の眷属を増やそうとする人物がいると、徹夜で古文書を現代語訳にしたため、気力を使い果たし、就寝となった小柳川教授は警告した。

 緑精大神と窟拓神社について精通している民俗学者からのこの推測はほぼ当たっているだろう。

 教授、本当にお疲れ様です。ゆっくり寝てください。

 起きるころにはすべて解決できるようにがんばります。

 そう……悪意ある人間によってこの幻想殺人事件は始まったのは間違いないのだ。

 人の手によって真相を暴き、終わらせない限り、こん悲しい事件はおき続けてしまう。

 なんとなくではあるが、今の僕はそう思えてならない。

「とりあえず、田中さんには今日も夏南汰さんと一緒にいるって伝えたほうがいいよね」

 こういうとき田中さんが、スマホか携帯電話などといった連絡手段を持っていないことが悔やまれる。

 ずっと小さなこの田舎暮らしだったから、必要性を感じないといなかったことと、親が失踪したので苦学生だったということもあり、余計なものに一切金を使わなかったかららしい。最近は給金があるし、僕の操作を見ながらあったら便利そうだなと考えが改まったようで、いくつか商品と電話会社を調べていたな。めんだし大祭が終わったら、ショップに一緒に見に行こうかなんて軽く約束していた。

 当分この約束が果たせる気がしないな……。

「それもそうだね。関口刑事、田中さんがどこの間にいるか知りませんか?」

「ああ。それなら、亀の間だったな。村長と一緒にいたから覚えている」

 もっとも、関口刑事が最後に田中さんを見たときは、酔いつぶれて布団をかぶって寝ていたそうだ。

「じゃぁ、行ってくるよ」

 僕たちは刑事さんたちと別れ、亀の間に向かった。

 正直、田中さんに会うのはもうちょっと遅くしたかったのだが、保護者に何も言わずに行動するのは、一般常識的によくない。胃が少し痛み出したのだが、腹をくくるしかないだろう。


◇◇◆◇◇


 ──亀の間。

 食堂の一番近くに位置し、酔いつぶれた若い衆を放り投げるのには最適な間らしい。

「都甲君に路敏君か……朝からどうしたのかね」

 間にいる村長が扉を開き、僕らを招き入れる。すると室内に充満していた酒気の残りかすが、僕らの鼻を襲い、頭をグラッとさせる。

「すごい……酒のにおい」

 椿は露骨にいやな顔をする。

 酒を飲まないお子ちゃまにはこの酒の香りのよさがわからないもの。当然、僕もわからず、アルコールと男くささに眉をひそめ、保護者である田中さんに今日の予定を伝えたら、即効でこの場から去ろうと決めた。

「おはようございます、村長。田中さん、いませんか」

 ここでやっと僕が保護者にあいに来たという考えに思い至ったらしい村長は、瞬きをすると、目をそらした。

「田中君か……。すまない、今はどこにいるかわからない」

「どうしてですか」

 村長は申し訳なさそうな表情で、声のトーンも落し気味に経緯を告げる。

「麻衣君のことは知っているだろう。彼女が死んだこと知った田中君はショックを受けて、どこかに行ってしまった。もちろん、私は引き止めたが、田中君は押しのけてしまってね……。まぁ、田中君は成人男性だし、大丈夫だとは思うが……」

 田中さぁあああぁああぁああああんっぅううう!

 これが平穏な田舎特有の危機管理能力のなさだよ。

 骨が主食の緑色の化け物が襲い掛かってきます……なんて正直言っても信じてもらえないけどさ、この村に殺人者(ただし人外)がいるからな。

 警察が山狩りしているけど、犯人が捕まるまでは安全じゃねぇよ!

 一人行動は絶対避けるべきだろう。

「典型的な死亡フラグ……」

 やめて、椿。

 本当にそうなったら、やばいから。

 いろいろあったが祭りは引き続き行うと決まっているので、田中さんは打ち合わせのため旅館に戻ってくる可能性が高い。行き違いになった場合も想定して、村長には伝言と連絡を頼んだ。村長は携帯電話を持っているので、田中さんが着たらすぐ連絡してくれるそうだ。そこは、うれしい。

 とにかく、僕たちは田中さんが建てた死亡フラグを全力でへし折るために、旅館から出ることにした。

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