ポンコツ王女と作戦会議(1)
昔からこうだった。
アンリの持つ魔力は大きすぎて、人の身には余る。
特に幼少期は感情の制御ができず、たびたび暴走を起こしていた。
国王陛下はアンリを疎み、王妃様の住まう離宮に押し付けた。
だけど、魔法に長けている王妃様でさえアンリの魔力は手に余り、使用人たちも恐れて近寄りたがらない。
そんなアンリに差し出された私は、正真正銘の生贄だ。
伯爵家の三女で、特別な才能も美貌もない。体つきも、痩せがちで貧相だと自覚がある。
父であるフロヴェール伯爵も早々に私を役立たずと見限り、『あわよくば王家に縁が持てるかも』くらいの気持ちで、死んでも構わないと送り出したのだ。
その結果、私は何度もアンリの暴走に巻き込まれ、実際に死にかけたこともあった。
そうでなくとも、周囲から孤立したアンリは気難しい性格だった。
いつの間にかアデライトの世話係まで兼任し、問題児の兄妹と過ごした、離宮での十年間。
投げ出したくなることも多々あったけど――。
それでもアンリに仕え続けたのは、伯爵家のためなんかではない。
ただ、私がアンリの力になりたかったからだ。
――……あれ。
過去の記憶が遠ざかり、見慣れた天井が目に入る。
眠っていたのだろうか。急な現実感に意識が追い付かず、私は呆けたまま瞬いた。
窓からは、朝らしい陽光が差し込んでいる。
だけど、それを遮るように、二つの影が私の顔を覗き込んでいた。
――アンリ。アデライト。
今にも泣きそうな表情の、兄と妹。顔立ちの似た二人は、表情までよく似ている。
――……そういえば、昔もこんなことがあったっけ。
まだ離宮にいたころ、兄妹喧嘩に巻き込まれて気を失ったことがある。
あのときも、こんな風に――。
「ミシェル!」
安心したように顔を歪ませ、二人は揃って声を上げたのだ。
「ミシェル、すまない。また君を傷つけて……」
安堵とともに、悔いるように顔をしかめるのはアンリの方。アデライトは、言葉より行動が早い。
がばっと私に抱き着くと、そこでようやく悪態をついた。
「バカバカ、ミシェル! あんなので倒れるんじゃないわよ!」
それならアンリを止めて欲しかった――とは言わない。
ぐすぐすと泣くアデライトの背を撫でながら、私はなんとなく状況を理解する。
――私、気を失っていたのね。
アンリの帰還を祝う宴席で、私は彼の魔力暴走に巻き込まれた。
そこで意識を失った後、誰かが私を部屋まで運んでくれたのだろう。
そう思いながら、見慣れた自室をみまわそうとして――。
私をじっと見つめるアンリと、目が合った。
アンリの青い瞳には、深い憂いが浮かんでいる。
昨夜、宴席で見せていた明るい表情はない。思いつめたような暗い顔で、彼は私を見ていた。
「ええと……アンリ様……」
居心地の悪さを覚えながら、私はアンリに呼びかける。
従者として、無事に帰ってきてくれたことの喜びを伝えたいと思うのに――。
――き、気まずい……。
今のアンリに、とても浮かれた言葉をかけられない。
そうでなくとも、二年前の約束があり、昨夜のオレリア様との婚約の話もあるのだ。
どこに会話の糸口を掴めばよいのかわからず、私は当たり障りのないことを口にした。
「お、お久しぶりです。無事に帰って来ていただけて……嬉しいです」
「……」
「アンリ様?」
アンリは答えない。
一度、なにか物言いたげに手を伸ばすが、それもすぐに引っ込めてしまう。
――うう……。
無言の時間がいたたまれない。
アデライトはこの空気に気付いた様子もなく、私にしがみついたまま泣き続けている。
部屋にいるのは私たちだけで、どこにも逃げ場はなかった。
「あの」
「……俺は」
口を開いたのは、ほとんど同時だった。
私は反射的に口をつぐんでしまうが、アンリは少しの間を置いて、静かに言葉を続けた。
「俺は、君に触れる資格がない」
引っ込めた手を、アンリは固く握りしめる。
節くれだった勇者の手は、細身だった二年前とはずいぶん変わった。
私の知らない手だ。
「求婚はなかったことにしてくれ。このままだと、俺は君を傷つけてしまう」
「え、ええ? アンリ様?」
戸惑う私に対し、アンリは重たく息を吐き出した。
「本当にすまない。――君が無事でよかった」
それだけ言うと、アンリはそのまま私の部屋を出て行ってしまう。
残されたのは、私とアデライトと――居心地の悪い、重い空気だけだった。
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