勇者と聖女の婚約宣言(4)

 アンリの表情は険しい。

 苦々しく国王陛下を見やり、どこか苛立ったように頭を振った。


「オレリアとの結婚のことは、すでに何度も話し合っているでしょう!」

「ああ、何度も話した。その結論は毎回、結婚するべきだということに落ち着いただろう?」

「俺は反対していました!」

「なにを言う」


 陛下は鷹揚に笑った。


「反対する理由がどこにある。オレリアを愛していながら、身分差を理由に彼女が傷つくことを恐れていたのだろう? だが、今この場で宣言すれば、誰も文句は言うまい」


 はっはっは、と笑う陛下を、アンリは唇を噛んで睨んだ。

 ゆらり、とアンリの金の髪が揺れるのを見て、私は反射的に身構える。


 ――まずい。


 アンリの従者として、長年仕えてきた勘が告げている。

 アンリの問題児たる理由――陛下に疎まれ、離宮に行った原因が、起こる気がする。


「俺は常々、他に愛する人がいると告げていたはずですが」

「オレリアをかばうためだろう。名前を出せば反発が出るから伏せていたのだと、周りから聞いていたぞ」

「周りとは誰です。俺は一度も、オレリアを愛していると言ったことはありません」

「そこまで徹底するほどに、彼女を守り通そうとしていたのだろう。だが、もう隠す必要はない。アンリ、私は父としてお前の気持ちをわかっている」


 父。

 その言葉に、アンリの表情が歪む。

 無理もない。だって陛下は、アンリを離宮に閉じ込め、勇者として旅立つ十六の年まで、一度も会いに来たことはないのだ。


「――父上」


 アンリの静かな声が、この騒がしい宴の場に、妙にはっきりと響いた。


 大広間の空気が変化する。

 人々のざわめきが途切れたから――だけではない。


 誰もが、もっと直接的に変化を感じたはずだ。


 ――風。


 屋内であるはずのこの場所に、どこからか風が流れる。

 それは次第に強くなり、アンリを中心として渦を巻いた。


「父上は」


 アンリが陛下を見据えて呟く。


「俺の言葉なんて聞く気がないんですね」


 風はますます強くなり、大広間を掻き乱した。

 ガシャン、とワイングラスの割れる音がして、あちこちから悲鳴が上がる。


 問題児だったアンリの悪癖を、この国で知らない者はいない。

 誰もが恐怖にかられ、我先にと逃げていく中――私はどうにか、アンリを止めようと呼びかける。


「アンリ様! お、落ち着いてください!」


 この場には陛下もいて、オレリア様もアデライトもいるのだ。

 巻き込んだら洒落にならない。

 アンリだってわかっているだろうに、まったく聞こえている様子はない。


 ――だ、駄目っぽい……!


「アンリ? ま、待て! まさかまた暴走しようとしているのか……!?」


 陛下が青ざめ、アンリから離れるようにのけぞった。

 その横で、アデライトが逃げる様子もなく、アンリに向けて声をかける。


「やっちゃえ、お兄様!」


 ――この、兄妹は!!


 これだから誰も世話係をやりたがらず、周りはいけにえに二人とも押し付けたのだ。

 そんな恨み言が頭をよぎった瞬間――。


 アンリを中心に、荒れ狂う嵐が巻き起こるのを見た。




 アンリの悪癖とは、つまりは感情の爆発だ。

 普通ならばただの癇癪で済むはずが――彼は膨大すぎる魔力を生まれ持っていた。


 魔力は感情に左右される。

 気持ちが昂り、怒りに我を忘れれば、普段は抑えている魔力があふれてしまうのだ。

 その結果が、これである。


 これまで、何度アンリの魔力に巻き込まれただろう――。


 そんなことを思いながら、私は嵐の中で意識を放り出した。

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