私はヒロインなのよ(1) ※聖女視点

 ――なによなによ!!


 中庭を出た後、オレリアは一人、怒りの形相で王宮を歩いていた。


 ――なんなのあの悪役ども! 被害者ぶっちゃって! 悪いのはそっちじゃない!!


 顔を真っ赤にして肩を怒らせるオレリアに、周囲の人々が驚きの目を向ける。

 だけど気にならない。そんなことよりも、先ほどの腹立たしい出来事で頭がいっぱいだった。


 ――あんな連中をかばうなんて、アンリもアンリよ! 私がヒロインなのに、どうして悪役をかばうの!!


 あれではまるで、オレリアの方が悪役のようではないか。

 悪いのは、ヒロインの座を乗っ取ろうとする悪役令嬢と、その取り巻きの方だというのに。


 ――あんなに怒ったアンリ、はじめて見たわ……!


 底冷えのするようなアンリの様子を思い出し、オレリアは身震いをする。

 繊細な美貌に浮かぶ、冷徹で感情のない、ぞくりとするような無表情は、魔王を倒したオレリアさえも怯えさせた。


 ――なによ……! ああいう顔は、悪役令嬢に向けるべきでしょう!? 私はアンリの恋人なのよ! 婚約者になるのよ!! 好感度だって、あんなに稼いだじゃない!!


 恐怖を振り払うように頭を振り、オレリアは荒々しく息を吐く。

 あれはきっと、なにかの間違いだ。

 だってオレリアは、ちゃんとゲームの通りにアンリを攻略したのだ。


 ――私が一番、アンリのことを知っているのよ! お気に入りキャラだったんだもの! アンリの性格とか、好きなものとか、心の闇とか! そういうの全部わかってるんだから!!


 アンリの設定は頭に入っている。

 彼はグロワール王国の第一王子として生まれながら、強すぎる魔力ゆえに父親に冷遇されていた不遇の王子だ。

 彼のトラウマは、悪役令嬢である妹の仕業で魔力を暴走させてしまい、母である王妃を殺してしまったこと。

 周囲はアンリを恐れ、妹も自分のことを棚に上げてアンリを責めた。

 このことから、アンリは自らの魔法を封印し、他人と距離を置くようになったのだ。


 ――でも、私はヒロインだから。


 聖女の力があるオレリアは、しかし、アンリの強い魔力にも耐えることができる。

 それを知って、アンリはオレリアに執着するようになるのだ。


 見かけは一見、心優しく繊細な王子様。

 だけど中身は、闇を抱えたヤンデレだ。

 その執着心が大好きで、この世界に転生したと知ったときも、迷わずアンリルートを選択した。


 ――ちゃんとヒロインとして、アンリの気持ちに寄り添ったわ。王妃のことも『あなたは悪くない』って慰めたし、魔力のことも『無理に抑えつけないで』って言ってあげたわ。『あなたは人殺しなんかじゃない』って決め台詞も、ちゃんと言ったのよ。


 オレリアは、トラウマを抱えたアンリが求めている言葉を、間違うことなく伝えて来た。

 オレリアがアンリを慰めるたびに、彼は苦笑しながら『ありがとう』と答えたものだ。


 ――私だけが、アンリの傍にいられるのよ……!


 悪役令嬢のせいでイベントの内容が変わることも、たしかに少なくなかったけど――オレリアがアンリの理解者で、唯一彼に寄り添える存在であることは、彼に伝わっていたはずだ。

 これがオレリアの勘違いでないことは、昨日の国王による婚約宣言が証明している。

 あの宣言が出た時点で、ハッピーエンドに向かうだけの好感度を得ているのは確実なのだ。


 このことは、あの卑怯な横取り女――同じ転生者である悪役令嬢だって知っているはずなのに。


 ――もう詰んでるくせに、見苦しいわ! さっさと断罪されればいいのに!!


 ふん、と鼻息を荒く吐き出すと、オレリアは足を止めた。

 彼女の前には、一つの荘厳な扉がある。


 ――いいわ、そっちがその気なら、私にも考えがあるもの!


 彼女が見上げるのは、王宮の中でも最も重要な場所。

 グロワール国王の居室だった。


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