エンディングイベント開始(6)
もっとも、そう簡単に上手くいくはずはない。
「アンリ! 待っていたわ!!」
披露宴の会場についた途端聞こえた声に、私は体を強張らせた。
声の持ち主は、もちろんオレリア様だ。
現在の城の状態から、いったいなにが待ち受けているかと思ったけれど、披露宴会場は意外にも『それらしい』様子をしていた。
会場となったのは、魔王退治の旅にアンリを送り出し、また帰ってきたアンリを迎えた大広間だ。
普段から儀式や祭礼で使用されるこの部屋は、今は披露宴に相応しい華やかな飾りつけがされている。
部屋の奥に見えるのは、王都の民に姿を見せるためのバルコニー。さらに先には、鮮やかな空と、すでに集まり始めている民の姿も見られた。
大広間内には、いくらか戸惑った様子の国内貴族が数人と、にこにこと嬉しそうな陛下がいる。
他にはアンリの旅の仲間である剣士クロードに賢者マリユス。それから、見覚えのない高貴な雰囲気の人々が何人か、入ってきた私たちに目を向けた。
この国では見ない服装をした人々に、私は眉をひそめる。
――あの方々は、外国から招いた来賓……? でも、どこの国から……?
「……マルティナ君、彼らに見覚えあるかい?」
一段の最後尾。護衛たちの陰に隠れて、コンラート様が小声で私に話しかける。
かすかに眉間にしわを寄せる彼に、私は首を横に振った。
「私は覚えがありません。グロワールと親交があるなら、一人くらいはお顔を拝見したことがあるはずなのですけど……」
「私も見覚えがない。少なくとも、ソレイユと国交のある国ではないようだな。――アデライトはどうかな。見覚えはあるかい?」
「んん……」
コンラート様に水を向けられ、アデライトは甲冑の奥でかすかに唸った。
「どこかで……スチルの端っことかで見たことがあるような……」
スチル――というのは、乙女ゲームの用語だったはずだ。
そうなると、ゲームの中に出てくる国ということだろうか。
オレリア様の伝手だろうか――と、私は再び彼女に目を向けた。
オレリア様は、披露宴の中心で、賓客たちの注目を集めながら立っていた。
身に付けているのは、髪色と同じ青銀のドレス。化粧は以前に見たよりも鮮やかで、彼女の美しさをよりはっきりと描いている。
月のようだとうたわれる、大人しい印象は見られない。
人々の視線の中、自信を持って胸を張る今の彼女は、思わず目を引かれるような強い魅力があった。
……まるで、女王かなにかのように。
「アンリ、よかった。ちゃんと間に合ったのね」
オレリア様は、私たちには見向きもせず、まっすぐアンリだけを見ていた。
「手紙が遅れたことは陛下から聞いているから大丈夫よ。不手際があってごめんなさい」
そう言いながら、オレリア様はアンリへと歩み寄る。
魔王となり、城を変えた彼女の行動に反射的に身を固くするが、なんということはない。
彼女は拍子抜けするほど無防備に、アンリの前で立ち止まるだけだ。
「もうあとはエンディング――じゃなくて、披露宴だけよ。いくつか見てないイベントはあるけど、エンディングに影響ないから関係ないわよね。これで、私とアンリは幸せになれるの」
ああ、と私は息を吐く。
アンリを見つめ、期待する目。彼と幸せになれると疑わない態度。
もしかして、この方は今も――。
――魔王になったこと、気が付いていないんだわ。
だから、胸を張っていられるのだ。
アンリに嫌われるようなことをしてしまったと、自分でもわからないのだ。
無自覚なまま魔王に侵食された彼女の姿に、私の胸がずきりと痛む。
魔王の変化は、あまりにも悲しくて、残酷だ。
「アンリ、婚約者の件はびっくりしたけど、私は疑っていないわ」
微笑む彼女の目は、アンリだけを見つめたまま。
こちらから、アンリの表情は見えない。
離れて見守る私には、なるべく酷な終わり方にならないようにと、祈ることしかできなかった。
「私、アンリがそんな不誠実な人ではないと知っているもの。レーゼ氷の洞窟で私に『好きだ』と言ってくれたあなたのことを、私は信じているから」
うっとりと告げるオレリア様を横目に、アデライトが私を突く。
「……ミシェル、あれ、イベントのセリフ。『私は疑ってないわ』から全部。エンディング前の最後の選択肢」
「イベントの……?」
「レーゼ氷の洞窟って、前に私がドワーフを送り込んだ場所よ」
それって、大勢のドワーフたちと裸で温めあったという雪山の洞窟のことだろうか。
……そんな状況で、アンリが『好きだ』なんて言うだろうか?
言わないだろうということは、強まっていく魔力の風でわかった。
聖女への同情心も――アデライトの言葉に、少しほっとしてしまったずるい心も忘れるほどの、凍てついた風だった。
「…………」
アンリは無言だったけれど、大広間を吹き抜ける風は、言葉以上にその感情を教えてくれる。
周囲の護衛も、アデライトも、コンラート様さえも息を呑む。
ただひとり、怯まないのはオレリア様だけだ。
「だから、私を傷つけたかもしれない……なんて気にしないでいいのよ。それより、披露宴を始めましょう。お客様を待たせてしまったわ。――さ、アンリ、こっちへ」
明るい笑顔のまま、彼女はアンリに向けて手を差し出した。
アンリは私に背を向けたまま、その手を取るように一歩足を踏み出し――。
「ついにこの日が来るのね。嬉しいわ、アンリ……」
頬を染め、目を細めるオレリア様の声を聞かず、そのまま彼女の横を通り過ぎた。
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