勇者と聖女の婚約宣言(2)

 ――あくやくれいじょう?


 私は頭の中で聞いた言葉を繰り返す。

 聞き覚えのない単語だ。


「なんのことでしょう。……ええと、アデライト様、わかります?」


 私はいぶかしみつつアデライトを見やり――彼女の表情にぎょっとした。


「あ、アデライト様!?」


 アデライトの顔が蒼白である。

 目を見開き、顔中から汗が噴き出している。


「し、し、ししし知りませんわ!」


 う、嘘つけ――!!


「ぶぶぶ、ぶれ、無礼なことを言う小娘だわ!! わた、わたたた、私を誰だと思っていりゅの!!」

「アデライト様、噛んでます!」

「ミシェルは黙っていなしゃい! つ、つまみ出しなさい、こんな女……お兄様にベタベタなんかして!!」


 駄目だこれ。

 駄目だけど、止めないともっと駄目だ。周囲の視線が集まっている。

 このままでは、変わり者の汚名が離宮どころか王宮にまで広まってしまう!


「落ち着いてください、アデライト様! 今は祝いの席ですから!」

「いいえ、落ち着いていられるものですか! だいたいミシェル! あなたがいながらどういうこと!!」


 ――私……?


 どういうこと――と言われても、心当たりがまるでない。

 思わず首を傾げる私に、アデライトはまったく迷いなく――とんでもないことを言い放った。


「あなたお兄様と結婚の約束をしたでしょう!?」


 げほ、となにも飲んでいないのにむせた。

 ぎょっと目を見開き、私は信じられないと彼女を見る。


「どうしてそれをご存じで!?」

「だから安心していたのに! ミシェルのバカ! 知らないわ!!」


 安心ってどういうこと!?

 い、いや、それよりもアデライトの発言のせいで、周囲の注目がますます集まっている。

 フロヴェール伯爵家の娘がアンリ王子と結婚か、などと早くも誤解した声が聞こえて来た。


 だというのに、アデライト本人は周りの目などに見向きもせず、相変わらずオレリア様を睨んでいる。

 彼女は彼女で、微笑みながらもアデライトに明確な敵意を向けていた。

 睨み合う二人の横。いきなり渦中に放り込まれた私は、憧れの的であるアンリの結婚相手として、周囲の令嬢たちから憎しみの視線を浴びている。


 ――え、えええ……!?


 と怯えている暇もない。

 修羅場を遠巻きに眺める人々の中に、見覚えのある姿を見つけてしまった。

 この修羅場の中心人物――アンリが、こちらに向かってきている。


 ――ど、どうしよう……! い、いえ、まずは誤解を解かないと!!


 そう思い、慌てて口を開いたとき――。


「ち、違います! 結婚の約束はまだ――」

「誤解である」


 私の言葉を遮り、朗々と誰かが告げた。


 その声を、この国で知らない者はいない。

 いつの間にか私たちの前に来ていたのは、国王陛下その人だった。

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