ポンコツ王女と作戦会議(3)
かつてはアンリとともに陛下に疎まれ、離宮に追いやられたアデライトだが、現在は王宮で暮らしている。
アンリが旅立つ二年前、アンリともども陛下に認められ、王宮に部屋を持つことを許されたからだ。
その王宮にあるアデライトの部屋で、私は丸テーブルを挟んで渋面を突き合わせていた。
作戦会議である。
「だから、さっきも言った通りここは乙女ゲームの世界なのよ! オレリアはヒロインで、私は悪役令嬢なの!」
作戦会議である、と思う。
「悪役令嬢はゲームの中の邪魔者よ! 特にお兄様ルートでは鬱陶しいくらい邪魔してきて、バッドエンド以外は全部私が処刑されて終わるの!!」
「ま、待ってください! 『おとめげーむ』というのがまずわかりません!」
「乙女ゲームは乙女ゲームよ! 理解しなさい!」
そんな無茶な!
「オレリアがお兄様と婚約したら、ノーマルエンド以上確定するの。つまり、私の処刑確定。だから、あの二人の婚約を阻止しないといけないの! わかった!?」
「わかりません!!」
まくしたてるようなアデライトの説明に、私は悲鳴を上げた。
作戦の前の基礎知識として『おとめげーむ』なるものの説明を受けているが、知らない単語ばかりでまったく頭が追い付かない。
意味不明の単語を次々と口にする彼女を見て、私は内心で頭を抱えた。
――アデライトが変なことを言い出すなんて、今に始まったことではないけど……!
唐突に意味不明なことを言い出すのは、アデライトが子供のころから変わらない。
特に幼いころは、周囲に理解されないことに癇癪を起し、大暴れしたものだ。
兄譲りの魔力もあったせいで、怒ると手が付けられなかったのを覚えている。
知らないものを懐かしがり、あるはずのないものを『ある』と言い、ふとした瞬間、妙に大人びた顔をして、寂しそうに俯く。
そんな彼女を、父である国王陛下はもちろん、使用人たちも気味悪がった。
誰からも遠巻きにされる彼女は、アンリと同じく孤独だった。
変わり始めたのは、彼女の言葉がただ支離滅裂なだけではない、とみんなが知るようになってからだ。
アデライトは、アンリが勇者として旅立つ日のことも、魔王退治の旅に加わる仲間たちの名前も言い当てた。
学者も知らない知識を持ち、熱を持つ粉や、氷よりも冷たい氷を作り出した。
きっと彼女には、未来を視る力があるのだ。
奇妙な言動も、未来として視たものを現実と認識してしまったためだろう。
わかってしまえば、なんてこともない。
アデライトは今も昔も変人ではあるけれど、むやみに人を困らせるような性格ではないと、もうみんなわかっていた。
――今だって。
「……アデライト様」
いらいらと頭を掻くアデライトに、私はそっと呼びかけた。
「その、『おとめげーむ』のこと、もう一度教えていただけませんか。アデライト様のお話を、きちんと理解したいんです」
聞き流したり、理解を諦めたりはしない。
子供のころから、アデライトはちゃんと聞けば答えてくれるのだ。
「……なによ」
アデライトは不機嫌そうに、どこか子供じみた表情で私を睨む。
「そういう言い方、ずるいわ。腹立つ!」
腹立つ、けど――と言って、アデライトはかすかに俯いた。
いつも自信満々な彼女らしくもない。彼女はどこか不安そうな顔をして、小さく口を開いた。
「これはお兄様にも言ってないのだけど……。ねえミシェル、あなた、前世って信じる? 私に前世の記憶があるって言ったら……信じてくれる?」
「信じますよ」
まるで子供のころのような――誰にも信じてもらえなかったころのようなアデライトの表情に、私は迷わず頷いた。
「アデライト様がおっしゃるなら、信じます」
その表情をしているとき、アデライトは嘘を吐いたことがないのだ。
私の返事に、アデライトはますます機嫌を損ねて、ぷい、と顔を背けてしまった。
「ミシェルのそういうとこ、嫌いだわ!」
……嫌われてしまった。
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