王妃の反旗(3)

 そのまま、アンリを探すこと数時間。

 すっかり日が暮れるまで離宮中を駆け回っても、アンリの姿を見つけることはできなかった。

 アンリが離宮に来ていることは間違いないのに、部屋を訪ねても姿はなく、居場所を聞いて追いかけても、私たちがその場に着いた頃にはいなくなっている。


 現在も――――。


「お兄様! 待って!!」


 離宮の裏手。人気のない建物の裏側でアンリの背中を見つけ、アデライトが慌てて声をかけた。

 だが、アンリからの返事はない。

 振り返ることすらなく、逃げるように建物の影に消えていく彼の姿に、私は認めざるを得なかった。


 ――避けられているわ……!


 前々からわかってはいたけど、やはり明らかに避けられている。

 アデライトを避けている――というわけではないだろう。

 彼がアデライトを避ける理由はないのだ。

 となると、彼が逃げている相手は――――。


 ――やっぱり、私のことを……。


 嫌いになってしまったのだろうか。


 他に好きな人ができたから、私と会うのが気まずいのだ――と思っていたけれど、ここまでくると「ただ気まずい」だけとは思えない。

 もう顔も見たくない、近づいても欲しくない、関わりたくない。

 そう思われているとしか、考えられない。


 ――こんなに嫌がるアンリと、話をしたところで……。


「……アデライト様」


 さらにアンリを追おうとするアデライトに、私は遠慮がちに声をかける。

 アデライトは、なんとかアンリに私を会わせようとしているようだけど――これでは、『取り返す』どころか、余計に嫌われてしまうだけだ。


「もうやめましょう。アンリ様も嫌がっておいでですし」

「なに言ってんのよ!」


 しかしアデライトは、まったく話を聞いてくれない。

 消えたアンリを追いかけ、私を引きずるようにして走り出す。


「ここまで来て大人しく変えるなんて、私の気が済まないわ! 絶対に捕まえてやるんだから!!」


 あっ、目的変わってる!

 こうなるともう、アデライトは止めようがない。

 猪のように勢いよく走りながら、ふんふんと鼻息も荒くこう告げた。


「こうなったら実力行使よ! これ以上逃げられないように、足止めしちゃえばいいんだわ!!」

「足止め、って、なにをなさるおつもりです……?」


 嫌な予感に、私はおそるおそる尋ねた。

 アデライトの視線の先には、逃げるアンリの後ろ姿がある。

 どうやら袋小路らしく、戸惑った様子で彼は一度立ち止まった。


「もちろん」


 そのアンリの足元に向けて、アデライトが手をかざす。

 ぶわっと強い風が巻き起こったのは――魔力が放出されているからだと、経験で知っている。


 嫌な予感が確信に変わる。

 長年仕えてきた私の勘が告げている。


 ――これは、大変なことが起こるわ!!!


「物理的に、足元を壊すのよ!!」


 ――や、や、やっぱり――――――!!!??


 このお姫様は! 「やんちゃ」という言葉では済まない!!


「アデライト様! 待って待って! 相手はアンリ様ですよ!!?」

「お兄様なら直撃しても死なないわ!」

「そういう問題じゃありません!!」


 私はそう叫ぶと、慌ててアデライトの前に割って入った。


 アンリの妹なだけあって、アデライトの魔法もとてつもない威力がある。

 たしかに、アンリならば直撃を食らっても死にはしないだろうが――さすがに無傷というわけにはいかないだろう。


 そうでなくとも、ここは離宮の一角。

 他に人がいる可能性もあるし、建物にも被害が出る。

 そもそも一国の王女が、十六になる淑女が、そんな子供じみた大暴れをするものではない!


「ちょ、ミシェル! なにするの! 危ないじゃない!」

「危ないのはアデライト様です! 魔法を止めてください!!」

「こ、こうなるともう止まらなくて――――あ」


 あ。


 と気が付いたときには、時すでに遅し。

 アデライトの手の中の魔法がみるみる大きくなり――――目の前で弾ける。


 ――――その、直前。


「ミシェル!!!!」


 悲鳴じみた声が、私の背後から響いた。


 誰かが私の肩を掴む。

 強い力で引き寄せ、腕を回し――守るように、ぐっと抱きしめた。

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