打ち出の小づちをめぐって

「お前……、なんのつもりだ」


 桃乃介が今までとはまるで別人のような虚空に向けて言った。今の彼は、猫背で自信のなさそうだった彼ではない。自信に満ち溢れ、悪意ある笑みを浮かべている。


「いやあ、打ち出の小づちをこの手に握ることができる日が来ようとは……感激ですねぇ」


 ねちっこい話し方をする虚空。その様子をただ眺めている桃華に、大地がまた別のメモを見せる。


『気付かれないうちに、早く逃げろって』

「だって、打ち出の小づちがないと、元の世界に帰れないんでしょ」


 桃華が大地の後ろに回り、耳元でささやく。すると、大地は小さく息づいた。その時、虚空の様子を見た萌木が彼を指さし大声で叫んだ。


「あー!! 今更だけど、おじさん、とーちゃんの親戚の人っ! 一族から追放されたって聞いた!」


 すると虚空が暗い笑みを浮かべる。


「やっと気づいたか。お前の父親は、まったく気づいていなかったようだ。追放した一族の人間の顔を覚えていないなど、追放した意味が本当にあるのかを疑うよ」


 彼はそう言うと、打ち出の小づちを掲げて言った。


「これでぼくの長年の夢が叶う。やっとやっと……!」

「何をしている、かかれっ」


 桃乃介は、部下たちに叫ぶ。彼の部下は慌てて虚空を捕まえようとした。しかし、大きな鉄くずの破片が、部下たちに襲い掛かる。


「なっ」


 部下たちが鉄くずを避けた先に、大きな大きな鬼が立っていた。銀色の髪が美しい。その鬼は、虚空を守るように彼の前に出た。そしてさらにその後ろから、幾人もの鬼が出てくる。虚空は勝ち誇ったように言った。


「さあて、鬼を退治するのがお仕事の鬼塚家の力量、ここで見せてもらおうか」

「あれは……」


 桃華が思わずつぶやく。鬼の銀色の髪には見覚えがあり、そして彼女の知る銀髪の持ち主は、姿を消していた。


「……蒼真」


 大地の口から、桃華の思っていた言葉がもれる。ショックを受けている桃華の目に、隠れ蓑と対となる存在、透明になれる笠が落ちているのが目に入る。場所は、鬼のすぐ近くだ。


「あいつ、鬼に変身している間、笠で身を隠してやがったんだな」


 大地が悔しそうに言う。その時、紅太がよろよろと虚空に近づいているのを桃華は視界の端でとらえる。


「桃津さん、危ないっ」


 桃華の鋭い声に、直季が動いた。彼は、さっと紅太と鬼の間に体を滑り込ませると、自分の剣で鬼の一撃を抑え込んだ。


 ぼーっとその様子を見つめる紅太。考えるより先に、桃華の体は動いていた。大地の制止を振り切り彼女は、地面に落ちていた隠れ笠をひっつかみ、そして急いで紅太をそこから連れ出そうとする。その時、大地の声が遠くから聞こえたような気がした。桃華が振り向くと、背中に衝撃が走る。


 紅太と桃華は地面に転がった。隠れ蓑と笠が脇に落ちる。二人の前に立ちふさがっていたのは、虚空だった。


「いやあ、君たちには大変世話になったよ。僕が出会った中で、打ち出の小づちまでたどり着けた桃太郎は、君たちが初めてだ。おかげさまで、無事にぼくは打ち出の小づちを手に入れられた」


 そこで言葉を切り虚空は桃華に向きなおった。その手には、剣が握られている。切っ先を桃華に向けて、彼は高らかに言った。


「なぜ君の仲間になろうとしなかったか知ってるかい? ぼくは、君が女だってすぐにわかったからさ」

「ちび男が、女……」


 信じられないと言った様子で紅太が言う。その言葉は、急いでこちらに距離を詰めていた大地にも聞こえる。桃華は紅太に申し訳なさそうに言った。


「それでなくても、ショックを受けてるのにごめんなさい。私、確かに男と偽って桃太郎やってた。でも、玉には桃太郎って書いてあった。それは本当なの」


 桃華が玉を差し出してみせる。虚空は言った。


「桃太郎は男と相場が決まってる。女なんかが桃太郎になるなんて、もってのほか。……雉飼、お前もとんだホラ吹きと手を組んだもんだなぁ」


 大地は、一瞬戸惑ったように動きを止めた。桃華は、大地を振り返り言った。


「ごめんね、大地さん。あなたは勇気を出して自分のことを告白してくれたのに、私はそれができなかった。何度も伝えようとは思ったけれど、結局勇気が出なかったの」


 桃華の言葉を、大地は静かに聞いている。桃華は続けた。


「早めに伝えようと思った。でも、一緒にいる時間が心地よく感じられればられるほど、伝えにくくなっちゃって。結局、他の人にばらされちゃった。自分の口で伝えるより、人から聞く方がよっぽどしんどいことだって、分かってたのに」


「しょせん、お前が見繕った人間なんてその程度なのさ。残念だったな」


 虚空が言って、剣を桃華に振り下ろそうとする。


「ま、お前の代わりにこの偽物はぼくが始末してやるよ」


 桃華は強く目をつぶった。すると、頭上で金属同士がぶつかる音がした。顔を上げると、萌木が桃華に振り下ろされようとしていた剣を、剣で受け止めていた。


「ちょっと、雉の兄さん何してんのっ!」


 萌木のとがった声で大地がはっとする。彼はさっと桃華を抱きかかえ、その場を離れる。しかし十数歩離れたところで何かに気付いたように、警戒した顔をして彼女を両腕から押し出した。桃華は勢いよく地面に転がる。


「雉の兄さんっ!?」


 萌木の金切り声を聞いて、桃華は立ち上がった。一瞬何が起きたか分からず、桃華はぼう然とそこに立ち尽くす。彼女から数メートル離れたところで、大地が倒れていた。そしてその傍らには、銀色の髪をした鬼……――、蒼真が立っている。その手には、昨夜桃乃介からもらった毒が塗られた短剣が握られていた。









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